理解されざる者
「ソフィ、ごめんってば。アタシが悪かったから」
そっぽを向いたソフィの肩を掴みながら彼女が謝る。彼女が語りかけてもソフィは何も言わずに無視を続けていた。
「あちゃー、アレタさん。先生いじけたら長いんで、しばらくそっとしておいてあげてくださいす、お腹空いたら喋り始めますんで」
犬か何かかな、と彼女は思いながらもしぶしぶソフィの肩から手を離し、ちらりと顔を向けた後、自分の座席に深く座り直した。
彼女が、ソフィの語りを茶化す形で止めたのは訳があった。
時折、ソフィには狂気にも似た何かが宿る事がある。先程の興奮もその一つだ。
この年下の友人は危うい。と彼女は感じていた。
その完全記憶能力をはじめとした優秀な頭脳と探索者としての特異な才能は、ソフィ・M・クラークという十八歳の少女を指定探索者という世界でも数少ない貴重な存在へと押し上げた。
しかし、その代償としてその頭脳と才能はソフィから社会性や思いやりなどといった周りの人間とうまくやるための情動を取り上げてしまっていたのだ。
またその珍しいアルビノと言われる見た目もソフィと社会の溝を深くしていたのだろう。基本的にソフィは、自ら人間関係を構築する事はない。その事が更に、この少女を少しづつ歪めていっているのだろう。
彼女と、ソフィの付き合いは長い。三年前に探索者制度が誕生し、全世界に広まった時からの付き合いだ。
二人は探索者として新人の頃から非凡な存在だった。すぐに頭角を現し実績を残した二人は互いの存在を知る。
どうやって友人になったかはあまり覚えていない。ただ、探索を共にした事がきっかけだったはずだ。
一年前にとある探索者と二人だけの班を組んだと聞いた時は驚き、喜んだ記憶がある。ようやくソフィが、自ら友人の輪を広げたのだと感動すら覚えた。
ハンドルを握る、グレン・ウォーカーとは上手くやっているらしい。今日も二人のやりとりを見ればそれがわかる。
ただ。彼女はソフィと会うたびに胸の中に焦りのようなものを感じていた。先程の盗聴器などの件もそうだ。ソフィと社会の距離はあまり変わっていない。
社会はソフィ・M・クラークのその特異さを恐れ、ソフィは社会の狭量さを憎む。グレン・ウォーカーという相棒を得た事で更にそれが加速しているのではないかと彼女は感じていた。
「アレタさん」
彼女の思考を止めたのは運転席から聞こえたグレンの声だ。
「その、なんていうか。うまく言えないんすけど、ありがとうございます」
「なに、急に? アタシ、グレンに何かした?」
「いえ、僕じゃなくて、先生にっす。アレタさんみたいに先生に接してくれる人、他にいないっすから。さっきのだって、先生は本当はアレタさんが単純に茶化したりした訳じゃないってわかってると思うす」
ねえ、先生。とグレンが後ろを振り返らずに話す。語りかけられたソフィはピクリとも動かない。
「だから、アレタさん。これからも先生の友達でいてあげてください。僕じゃあ助手になれても友達にはなれないんで」
「そんな事ないと思うけど。友達に条件なんてーー」
「あるっす」
指定探索者として、数々の危険な探索、凶暴な怪物、それら全てを下してきた彼女の背筋に冷たいものを感じさせる昏く、重い声が聞こえた。一瞬誰が、その声を出したかは分からなかった。
「あっ! すみません! なんか生意気ないい方しちゃって。その、僕的にはやっぱ、有名人は有名人同士でつるむのが一番なんじゃないかな的な?」
まるで先程の声を誤魔化すように、グレンが声を明るくあげる。彼女は誤魔化された振りをして、笑顔を作る。
「……っ。そうね! アタシとソフィ、たしかに仲良いもの」
「そうっすよー、指定探索者同士の仲良しコンビなんてずるいっすよ。しかも二人とも超美人なんすから。無敵かって感じで」
先程のあの暗い声は本当にこの軽快に喋る青年の声帯から出たものなのだろうか。まだ彼についている悪霊が話したと言われた方が納得出来る。
しかし、それと同時に理解もできた。なぜグレン・ウォーカーはソフィ・M・クラークの助手足り得るのか。
答えは簡単。彼が先程あると言った条件だ。グレン・ウォーカーには、ソフィの友人の条件こそ持ち合わせていないが、助手になれる条件は満たしているのではないか。
その条件が例え、あまり良いものではなかったとしても。
「無敵……ね。そうね。そうだといいわね」
自分の声に力がないことに彼女は心の中で驚いた。今から大切な仕事だと言うのにこれではいけないと彼女が気をとり直そうと、顔を両手で覆った。
ポポポポポポ。ポポポポポポ。
少し、間の抜けた電子音が車内に響く。車内にいる三人全員の目つきが鋭いものに変わった。
一応、軍属である三人は知っていた。この電子音が緊急性を要するものであることを。
最後まで読んで頂きありがとうございます!