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車内、探索者、三人

 

 どぅるるるおおおる。


 車両がぶるると身震いしたかと思うと、体の骨に浸透していくような重低音が鳴り始めた。大容量のディーゼルエンジンがアイドリングを始める。


「アレタさん、お久しぶりっす。さっきのジャンプ凄かったすね!」


 運転席から快活な青年の声が上がる。


「やあ、グレン。久しぶり。見てたの?」


「ええ、車内からそりゃもうバッチリと! やっぱ指定探索者ってすごいっすね、人間技とは思えないっす」


 運転席に座っている青年が彼女のほうへ振り向いた。


 黒い短髪を刈り上げたソフトモヒカン。日焼けしたその肌は、綺麗な小麦色になっている。男性にしては小さめの卵型のフェイスラインに、それぞれのパーツがバランスよく配置されていた。


 碧眼が整った顔立ちを更に際立たせている。彼女の碧眼とは違い、その色は少し暗めのダークブルーとなっている。彼女のそれが紺碧の空を写したものだとするのなら、彼のそれは深い海を流し込んだような瞳だった。


「もしかして、先生もあんな大ジャンプが出来たりするんすか?」


 彼は彼女の隣に座っている人物へ話しかける。


「ワタシが出来るわけがないだろう。あんなバケモノ染みた事が。助手。キミ、まさかこの前教えた酔いの特徴、個人差についての講義をもう忘れたのかね?」


 不機嫌そうな声で彼女の隣の人物。ソフィ・M・クラークが答える。


 齢十八歳。最年少の指定探索者。この現代ダンジョン、バベルの大穴において、最も多数の発見を成し遂げた合衆国が誇る指定探索者の一人。


 その功績は書籍となり、多数の探索者達に愛読されている。中でも[ダンジョンに対する考察]は単一の書籍として、全世界で一億部以上売れている大ベストセラーの著書でもある。


 アレタ・アシュフィールドの美しさを眩しいと表現するのなら、ソフィ・M・クラークの美しさは妖しいと言えるだろう。


 赤く染まったショートボブの髪こそ、染色されたものだがその左眼の紅は彼女本来のものだ。その真紅の瞳が、彼女の白い肌に映える。死んだ雪原のような怖気が走るほどに美しい白い肌。唇まで色素がなく、粉雪を顔にまぶしているようにも見える。


 長い睫毛すらも、雪に塗れたように白い。髪の毛も染色していなければ真っ白になるのだろう。


 アレタと違い、その表情からはどこか幼さを感じる。美人と言うよりは美少女といった表現が正しいだろう。


「ひえっ、いやそんな事はないっすよ先生! 純粋な学問的な興味っす、興味!」


 ソフィの紅瞳に睨まれたグレンが言い訳のようにまくし立て、運転席のほうへ首を元に戻す。


「そうか、心広く寛容なワタシでも昨日説明した内容を忘れられていると流石に腹がたつ。そのような事がなくて安心だよ」


「そうっすよ〜、先生の右腕たるボクが忘れるわけないじゃないっすかー。あ! 車が動き始めたみたいっすね! じゃ、ボクらも動き始めまーす」


 まるでごまかすように、グレンと言われた青年が運手を始める。エンジンが回り始め、車輪が駆動を始める。


 彼女は、シートに体を預けた。フロントガラスの方を見ると、前に同じ軽装甲車両が見える。車列に加わりこのまま目的地を目指すのだろう。


「……アレタ、体の方は本当に大丈夫なのかね?」


 隣に座るアルビノの美少女、ソフィが彼女を見つめながら話す。左の紅い瞳が彼女を観察するように向けられる。


 彼女はその睨みつけられているような瞳に対して、笑って答える。


「もう、なーに? ソフィがそんなに心配するのなんて珍しいじゃない、余裕よ。ソフィも見たでしょ? きちんと酔いもコントロール出来てるし、体の痛みもないわ」


「……ならいいんだ。ただし、アレタ無理はしないでくれ。勇敢で蛮勇なところのあるキミだ。隣で見ているこっちの気にもなってほしい」


 ソフィがそう呟いて、視線を前に戻した。この年下の友人も彼女の事を心配してくれているのだろう。口が悪く、目つきも悪い。おまけに素行もあまり良くない為に世間からは尖った評価や偏見で見られがちな友人の事を彼女はとても気に入っていた。


「ソフィ」


 彼女が、ソフィの名を呼ぶ。こちらを向いたそのアルビノの少女のほうへ彼女はすっと、揺れる車内の中で一切バランスを崩さずに体を寄せた。


 ぎゅっと、彼女はソフィの肩を抱き寄せ、自分より頭一つ低い場所にある彼女の顔を自らの胸に抱く。


「ありがと、ソフィ、心配してくれて。でも大丈夫よ」


 雪のように白い肌の温もりを彼女は軍服越しに感じた。この生意気で賢く、生意気で素直なじゃない変人の友達のことが彼女は好きだった。

「ならいい」


 つぶやきが聞こえ、抵抗していたソフィの力が抜ける。彼女の胸に体重がかかる。


 彼女はゆっくりと優しくソフィの頭を抱き寄せ撫でた。赤い髪の毛はシルクのようにきめ細やかで、液体のように指を通していく。将来、ソフィに伴侶が出来たのならその男は幸せだろう。こんな美しい髪を持つ女性は珍しい。


「アレタ」


 胸の中に抱く、ソフィからのつぶやきに彼女は耳を傾けた。


「アレタ、胸が薄くて痛い」


 ………


 一瞬の沈黙の後、車内に指定探索者、ソフィ・M・クラークの小さな悲鳴が鳴り響いた。


 まるで子猫が絞め殺されたような声だったと後に、ソフィの補佐官である、グレン・ウォーカー上級探索者は語った。


 作戦の行程に問題はない。車両の列は大森林へと向かって行く。




最後まで読んで頂きありがとうございます!


また明日

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