混合部隊、合流。
ニカっと笑う彼女の元へ十数人のの迷彩服に身を包んだ人間が駆け寄ってくる。
彼女と同じ無骨な緑色のデジタル模様の迷彩服に身を包んだでいる。
だが、その姿は異様なものだった。
皆が、背中にリュックサックを半分にしたぐらいのバックパックを背中に備え、そこから伸びるチューブに繋がったガスマスクによく似た被り物をしていた。
十人程のガスマスクの兵士達が規律の取れた動きで、横一列に並ぶ。端的に言ってその姿は不気味だ。無機質なガスマスクの双眼が彼女に集中する。
「アシュフィールド特別少佐に敬礼!」
列の一番右にいる大柄なガスマスクが声を張り上げる。彼の野太い声が響いた瞬間、一秒の差もなくガスマスクの兵士全員が彼女に向けて敬礼の姿勢をとった。
「ご苦労様です、みんな。アシュフィールド特別少佐、合流しました」
彼女も敬礼を返す。表情こそ緩やかなものの、その敬礼の指先に一切の弛みはなかった。
右の大きなガスマスクが声を張る。
「敬礼やめ!」
同時にザッと、全員が敬礼を解き手を後ろで組んで待機した。
「隊長、久しぶりね。一ヶ月ぶりくらい?」
彼女が先程から号令をあげている一番大柄な男へ声をかけた。隊長と呼ばれた男が隊列から一歩踏み出し、彼女に答える。
「はい! 正確には一ヶ月と十七日です、特別少佐殿。また共に任務に就ける事は光栄であります!」
ガスマスクのフィルター越しの掠れた声が張り裂けるように響いた。その勢いに彼女が苦笑しつつ
「アタシもよ、隊長。頼りにしてるわ。まだまだおはなししたい事はたくさんあるのだけど……」
彼女はガスマスクの集団の向こう側、停めてある車両の方をチラリと見た。
「了解致しました! すでにクラーク特別少佐も車内でお待ちです! ご案内します」
「ソフィもいるの? アリーシャからは聞いてなかったから驚きね」
隊長と呼ばれた男に彼女が返す。仮にもこれは救援任務だ。その救援任務に普段は参加するはずのない人物の名前が挙がった事に彼女は驚く。
「は、なんでも今回の任務はクラーク特別少佐も非常に興味があるとの事で……、組合を通じてクラーク特別少佐から参加の打診があったそうです」
隊長がガスマスクの隊員達を、車両の列の方へ移動するようにハンドサインで指示しつつ、彼女の問いに答える。
彼女は隊長と並んで歩きながら車両に向かう。このガスマスクの隊長と並ぶと女性の中ではかなり背の高い方である彼女も小柄なサイズに見えてしまう。
金髪碧眼の美人と、百九十センチを超えそうなガスマスクをつけた男が並んで歩く姿はどこか現実離れした光景だった。
「それにしても、特別少佐殿。お体の方は大丈夫なのでしょうか? いえ、先程の見事な跳躍を見れば、一目瞭然ではあるのですが」
彼女と隣り合わせに歩きながら隊長が問う。
「ええ、ありがとう隊長、問題ないわ。なかなかのジャンプだったでしょ?」
「それはもう。特別少佐殿がオリンピックに出れば合衆国の金のメダルは確実に倍増するでしょうな」
「アリーシャには内緒にしてね、ほら、なんていうか彼女、うん多分、怒るだろうから」
違いありませんなと隊長がガスマスクの中で笑っているのが彼女にはわかった。
「隊長、今回の任務は合衆国軍人としてどう思う? 一緒にあの壁画の探索任務に就いたあなたの意見が聞きたいのだけど」
彼女の雰囲気が少し引き絞られた事に隊長が気付く。マスクの中の緩んだ口元を引き締めて質問に答えた。
「は、今回の報告を聞いた上で、単刀直入に申し上げるのなら、出来すぎかと存じます」
「出来過ぎ?」
彼女が隣の隊長を見上げるように視線を向けた。角度的にまるで睨まれているようでいて、上目遣いのような。隊長は心のシャッターを押しまくり、後で隊員に自慢しようと心に決めた。そして平静を装いつつ答える。
「はい、出来過ぎです。あの壁画を見つけた途端に壁画に描かれていた怪物らしきものが現れた。それこそ、この三年間一度も目撃証言の出なかったものが。そしてそれは早速探索者を襲っているという。まるで物語が動き出したように私には思えてなりません」
「隊長、あなた結構ロマンチストなのね」
口元を彼女が抑えて、クスと小さく笑った。隊長は心の録画機能を起動し、次の部隊運営の予算案にガスマスクに録画機能をつけることを嘆願する事を決意していた。
少なくとも、彼女、アレタ・アシュフィールドが部隊に在籍している間には必ず実現させようと隊長の心の中には蒼い火が灯っていた。
「申し訳ありません、小さい頃から映画が好きだったもので……。映画といえば特別少佐殿。アレは一体?」
隊長が、車両の奥、大湖畔を指差す。ここからでも見えるあの湖畔ワニの亡骸を指差していた。体長十五メートルを超える鰐。たしかにB級映画の題材としてはあつらえ向きだろう。
「あー、アレはその……。そう、指定探索者として大湖畔の調査を自主的に行っていた結果よ。とても有意義な探索だったわ」
彼女は隊長の方を見ずに早口で答えた。隊長は小さく、なるほどと呟き、それ以上は何も聞かなかった。
彼がこの混合部隊の隊長にまで上り詰めた理由は、その兵士としての高い能力とは別に、意外と世渡りが上手い部分も大きな理由として存在していた。
そして、二人は車両の所まで辿り着いた。黒い塗装を施された大型のジープタイプの軽装甲車両だ。ルーフ部分には機関銃が備わっており、一目で兵器だとわかる。同じタイプの車両があと三台。そして、少し離れた所には緑色の塗装をされた戦車が静かに鎮座していた。
「隊長、あれは?」
彼女のスッとした細い指が戦車を指した。
「クラーク特別少佐の要請で用意しました。なんでも一瞬で要望が通ったみたいです」
「ソフィが? ふーん」
彼女はしばらく戦車を見つめていたがそれ以上は何も言わなかった。
「特別少佐殿、こちらの車内へ。クラーク特別少佐もすでに乗っておいでです」
隊長が装甲車両の後部座席ドアのほうへ彼女を促した。彼女は誘導に従い、そちらへ向かう。
「では私はここで。先頭車両に搭乗していますので、何かあれば車内無線で呼び出して下さい。こちらの車両の運転手は、クラーク特別少佐の補佐官殿です。水入らずというやつですな」
「あら、あの子もいるのね。わかったわ。ありがとう、隊長ここまでエスコートしてくれて」
ニコリと彼女は隊長に向けて笑いかける。ガスマスクの隊長は小さく一礼して、別の車両へ駆け出していった。
物凄い速さだ。
あの人物もあそこからここまで跳べるのではないかと彼女は思った。
まあいいか、と彼女は車両のドアノブを引っ張る。重たい金庫のようなノブががちゃりと音を立てた。フラップに足をかけ一気に登って、座席へ体を滑り込ませる。
すぐに隣から、女性の声が聞こえた。そちらへ彼女が顔を向けると、座席のアームレストに左肘をつき頬杖をついた一人の女性が目に入る。
絹糸のようなきめ細かい短めのストレートヘアは血のような赤い色に染められている。その赤い髪の毛よりも更に紅い左眼が彼女の碧眼に写り込んだ。
「やあ、キミ。アレタ・アシュフィールド。元気そうでなによりだよ、一ヶ月ぶりくらいかな?」
「久しぶり、ソフィ・M・クラーク。正確には、一ヶ月と十七日らしいわ」
お互いが形の良い口角をニヤリと上げた。
この時代における最も新しい英雄がこの車内に揃う。とある凡人ソロ探索者を救う為の豪華なメンバーによる救援任務が始まろうとしていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
また明日。