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英雄の唄

 

 〜時は少し巻き戻り、とある凡人ソロ探索者が耳の化け物と大森林で死闘を繰り広げている頃〜



 現代ダンジョンバベルの大穴


 第一階層 東区


 大湖畔にて




「ふんふんふんふん、ふーん」


 喜びの歌。音程が絶妙にあっていないその音が透明な空気に染み渡っていく。


 鼻唄の主はひとりの女性だ。


 癖っ毛の強いセミロングの金髪、光を受けてまるでその金髪自体が輝いているようにも見える。蒼空を転写したようなアーモンドの形をした碧眼がぱちくりと瞬きをした。


 十人がすれ違えば八人は振り返るだろう、小さな顔に備わったそれぞれのパーツはまるで精巧に造られた人形のようにも見えた。


 身長は大体、175センチと女性にしてはかなり大柄の方だ。しかし、そのスラリとした体格は肩幅が狭く、数字ほど大柄には見えなかった。


 無骨なデジタル模様の緑の迷彩服が彼女の異質さを後押しする。


 彼女はその桜色の薄い唇を猫のように引っ込めて上機嫌そうに鼻から唄を鳴らしていた。


 pppppp、ppppp


 彼女のポケットから軽快な電子音が鳴る。彼女は両手で持っていた釣竿を片手に持ち直し、端末を取り出した。


「お電話ありがとう、でも今は休暇中です。[52番目の星]アレタ・アシュフィールドにご用がある方はまだ別の日にお願いしまーす」


「休暇中にダンジョンに侵入するような馬鹿は、休暇中とは言わん。馬鹿者め」


 電話からため息とともに女性の声が聞こえる。彼女の担当サポーターである女性の声だ。


「そんなことはないわよ、アリーシャ。休暇というのはその個人が最もリラックス出来る状況の事を言うの。病院のベッドの上よりアタシには、この地下に広がる素敵な異世界のほうがずっとリラックス出来るの」


 彼女は釣り糸を垂らしたまま、軽口を軽快なは操る。湖畔の水面にはなんの揺らぎもない。まるで鏡のように静止し、天井の光石から降り注ぐ光を反射していた。


 電話口の向こうから、ため息がまた聞こえた。新人の頃から彼女の担当であるこの妙齢のサポーターがもしストレスが原因で禿げたり、太ったりしたならば恐らく原因は自分なのだろうと彼女はぼんやり考えた。


「はあ、体の調子はどうなんだ?」


 ぼそりと電話の向こうのサポーターが呟いた。彼女はニィと笑い


「アリーシャ、ちょっと待っててね、一旦切るわ」


「はあ? おい、待て、アレーー」


 抗議の声らしものを無視して、彼女が端末の電源を切る。


 彼女はそのまま釣竿をその場に置き、端末のインカメラを起動した。全体が映るようになるべく腕を伸ばし遠くへ端末を翳すと


 パシャリ。シャッター音を再現した電子音が静かな湖畔に響いた。


 写真を確認する。


 きちんと()()()()()()()()()()()この写真を見たアリーシャの深い溜息が簡単に想像出来た。


 ニヒッと笑い、彼女は写真をメッセージ付きで送信する。


「タイトルは、どうしよ」


 頰に指を当てて、目を瞑りながら唸る。ファンが見ればクラリとくるような仕草だ。


「きーめた!」


 彼女はパパパと残像が残るような素早さで、メッセージをうった。


[釣果ゼロ! 討伐イチ!]


 写真の中には満面の笑みでピースサインをしている彼女。そしてその背後に舌をだらりと垂らして白目を向いている鰐の顔が写されていた。


 彼女が立っている足場は、つい先ほど彼女が仕留めた[怪物種35号]湖畔ワニの背中だ。驚くべきはこの湖畔ワニの体長。優に十五メートル。これは日本の奈良の大仏に匹敵するサイズだ。この怪物は、大湖畔地区の主として恐れられていた。


 バベルの大穴が現出する前に、世界各国で起きた謎の事件。腹を食い破られた鯨の死体が砂浜に打ち上げられるというその事件の犯人として現在広く知られている怪物でもあった。


 生態系の主の亡骸の上で彼女はまた鼻歌を歌いながら、釣竿を拾って釣り糸を垂らし始めた。


 鰐の死骸には至るところに穴が空いている。鱗を剥ぐに留まっているものから、肉を抉り、内臓に届いていそうなものなど大きさは様々だ。


「ふんふんふーん、ふんふーん」


 喜びの歌の鼻唄が水面に沈んでいく。霧がうっすらとかかる静かな湖畔。そこに浮かぶ巨大な怪物の亡骸の上で金髪碧眼の美女が釣りを嗜むその姿は、只人から大きく離れた光景だった。


 まるで神話の一枚絵のような光景の中で、彼女の鼻唄は続いていく。


 pppp、pppp。


 すぐにまた電話がかかってきた。


 この付き合いの長く、男運の悪い事以外は欠点のない年の離れた友人が電話口の向こうで眉間を抑えながら受話器を握っているのが容易に想像できた。




最後まで読んで頂きありがとうございます!

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