決着の時
アルファからブラボーへ、[星]と合流した。これからポイントへ向かう。
一階層のとある無線内容
上手くいった。予想通りだ。
掌に包まれ、隠れていた地中から這い上がる。エレベーターの上昇のようにほんの少し腹に溜まる重力を感じた。
掌が柔らかく開く。目の前では狙い通りに釣れた化け物が巨木から突如生えた木の枝に突き刺さっていた。
「作戦成功。死ね」
「そこが、お前の墓標だ。耳の化け物。」
俺の目の前で耳の化け物は次々に現れる木の根により、まるで縫い物のようにその体を貫かれ、巨木に縫い付けられていく。
「趣味の悪いアップリケだなおい。」
全て事が順調に進んだ事により、自分が饒舌になっているのが分かる。酔いが更にそれを加速させていく。
耳の化け物が身じろぎをしようとするも完全に木の根で体を巨木に縫い止められてていた。
「こんなにも上手くいくとは思ってなかったよ。本当に気づかなかったのか?」
簡単な作戦だ。作戦と言っていいかどうかも微妙な子どもだましなやり方。
あらかじめ探索者端末に俺の声を録音しておき、適当な場所に放置。その声で化け物を釣り確実に木の根と枝で拘束するという賭けにもならない簡単な方法だった。
「そうだよな。耳だもんな。どう見てもお前は目なんかついていない。音だけで判断しているはずだ。」
耳の化け物には視界がないという仮定のまま、進めたこの作戦は結果的にはまった。思えばヤツが躱した木の根の攻撃はどれもその素早さから風切り音がしていたはずだ。
ヤツはその風切り音で根の動きを把握して動いていたのだろう。
「座頭市だな。まるで。」
木にくくりつけた端末は粉々になってしまったが仕方がない。俺の臓物が粉々になるよりはマシだろう。
化け物の足元から新たなる木の根が現れる。巨木を一周、二周、化け物を巨木に縛り付けるようにぐるぐると絡みつく。
幾重にも幾重にも重なり続けて、既に化け物の姿は見えない。巨木に縛り付けられ、厳重に縛られ続けた化け物はまるで蓑虫のようだった。
俺は掌の上から飛び降りる。同時に掌を構成していた木の根がばらけた。
あまり近づきすぎないように、だいたい八メートル程までで止まる。
蓑虫のように重なった木の根が蠢く。このまま放っておけば間違いなく、この耳の化け物は拘束を解く。同じ手は二度と通用しないだろう。
「半日もない短い付き合いだったが、これで終わりだ。地獄に落ちろ。」
俺は左手に握る翡翠に意識を集中させる。俺の意を翡翠が受け止める。どこか遠くから理外の常識では解明出来ないあやしい力が流れ込んできた。
*さあ、人間。力を貸してやる。耳を滅ぼせ。
*腕を振り下ろすのだ
軽い耳鳴りと共にまたあの声が頭に響いた。言われなくてもやるさ。
「じゃあな、耳の魔物よ」
左手を掲げ、縦に振り下ろす。
大森林が鳴った。ありとあらゆる樹木が軋み出す。理外の力が森の在り方を変えていく。この広がる巨木の森。大森林の全ての樹木、根、葉。これら全てがこの瞬間、俺が握る翡翠にひれ伏す。
頭に響く声が、言葉を紡ぐ。
口が勝手に動き始める。だが決して不快ではない。俺はその操作を受け入れる。
*これこそが我が力。其の偉業をここに再現せん。業を担うは其の残滓たる只人。
「再現するは樹木の蹂躙。人の歴史の始まり」
*見よ、ひれ伏せ。其の威光をここに。
「これこそが人の力。万物の長。光に見初められし其の奇跡」
*「約定で結ばれし我ら。別たれるその日までここに、物語を奉る」*
とんでもない重みを持つ力が、翡翠に集まって行く。左拳が緑色に光り輝く。皮膚を透かし、血管が見えるほどの光量。
体に良くないだろう。おそらく。
そして、光がフッと止んだ。
「弾けろ!」
叫ぶ。ヤツに殺された人間の分まで。喉が裂けても構わない。おまえだけはここで殺す!
土砂崩れが目の前で起きたのかと思うほどの轟音。木が砕ける大きな音が周りの空気を押しつぶす。足元が音ともに揺れる。化け物を縫い付けた巨木が、巨木自身が渦巻き、蓑虫のようになっている化け物を包み込むようにまるまった。
はは! すげえ。こんなの見たことがない。
一秒前まで巨木だったものが、柔軟に姿を変え、球状に変化する。もちろん化け物をその中に取り込むように。
周りの巨木が、まるであの蛇のように動く木の根のようにうねりながらその化け物を包んだ球に集中していく。
泥団子が大きくなるように、巨木達がその球に絡みつき密度を増していく。
周りの巨木はとうとう自らが長い年月をかけて張り巡らせた根すら放棄し、自らの幹をしならせながら複雑に球に絡みつく。
俺はその光景から目を離せない。口がいつのまにかポカンと開いていた。
いや…… これは、やばいだろ。
いつしか音がやんだ。辺りを見回す。
あれだけ鬱蒼としていた大森林が、禿山のようになっていた。辺りを囲っていた巨木は全て俺の目の前にある10メートル程の球体に取り込まれいたのだ。
「いや、計算が合わねーだろ……」
これだけの数の巨木が全てこの球体に取り込まれたのならこの大きさで収まるはずがない。なのに、この大きさで収まっているということは、尋常ではない密度なのだろう。
球はピクリとも動かない。終わった。完全に完璧に終わった。
傷を負っても再生するのなら、封じ込めてしまえばいい。いや、この密度ならばとっくにペシャンコのはずだ。
足から力が抜けた。その場に俺はへたり込んだ。
「は、ははは」
腹が沸く。
「はははは、ひひひひ、ははははははははは」
笑いが止まらない。
「やってやった、やったんだ。遂に。俺は、俺が勝ったんだ!」
腰掛けたまま、両腕を振り上げ万歳をする。そのままの勢いで後ろに倒れこむ。
生い茂る巨木達が消えたこの場に、天井部分から差し込むダンジョンの光が辺りを照らしていた。
なーんか忘れている気がするが……。
なんだっけ? 俺はそのまま目を瞑った。酔いが心地よい。勝利の興奮と、ダンジョン酔いは俺を薄い眠りへと導いていく。
いや、絶対何か忘れているよな……
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