手のひらに包まれて
这是一个耳朵。我找到了耳朵。
三階層、探索者組合中国支部へ届いた無線内容。
頭痛。瞼の裏が痛む。眠気とだるさが混じり合い、吐き気すら感じる。
体力がもうない。
俺は立ちくらみのような感覚に抗いながら、アプリを立ち上げた端末を口元に近づける。
その後画面を数度タップする。
…………
完了だ。後は。
化け物から目を離さないように少し後ずさりをする。
後ろの田村を隠した巨木ではなく、その隣の木の幹にその端末を押し付ける。すぐさま樹皮から細く小さな縄のような根が生えてきて、その端末を縛り付けた。
始めよう。
左手を右手で包み込む。握り拳を掌で包む。握る宝石から力を絞りきるように全力で力を込めた。
目眩が酷くなっていく。頭がぼぅとし始め、視界の輪郭がぼやける。俺の体力を宝石が吸い取っているのだ。
これでいい。吸うだけ、吸え。持っていけ。
「そのかわりとんでもない一撃を頼むぜ」
ゆっくりそのまま息を吸う。森林の匂いが心地よい。土と樹と葉の匂いが鼻から脳みそに染み渡る。
目眩が止んだ。いける。
耳の化け物の三本目の腕がまるでその肉に溶け込むように脇腹に引き込まれて戻っていく。一体ヤツのあの小さな体のどこにあの腕を隠し持っていたのだろうか?
化け物が体勢を低くする。腰を折り曲げ、大きな耳を突き出す。次、ヤツがこちらへ迫ってくればもう木の根では止める事は出来ないだろう。
だから、こうする。
左拳を緩めて、手のひらを開く。翡翠が緑に赤茶色のもやが混じっていた。血のようにも見える。手のひらにそれを置いたまま、掲げるように目線の位置まで持ってくる。
頭の中に浮かぶ文言を小さく、唱える。
「業を再びここに。腕の似姿のかけらを」
掲げた翡翠を再び硬く、固く握り締めた。
俺の足元の地面が、傾く。
ズズズと地の底から何かが這い出てくるような音が聞こえた。
こけないように踏ん張るとすぐに傾いた地面を掬うように下から土を突き破り、巨大な手のひらが現れた。表面を樹皮で覆われたそれに、俺は掬いあげられ、手のひらの上に立つ。
よく見るとそれはうねり続けている。何千本にも及ぶ木の根達が折り重なり、ねじれあい、結びつき、この手のひらを象っていた。
同時に化け物の真下からも人間の手のひらを象った木の根が現れた。俺とは違い手のひらは怪物を掬うやいなや、思いきりその五指を閉じ、握り潰す。
閉じられた五指が中から膨らんだり、へこんだりを繰り返す。化け物が相当暴れているのだろう。食虫植物に捕まった虫が必死に逃げだそうとするように。
化け物が逃げ出さないように、掌の像が更に拳を握り締める。一片の隙間もないそれはいくら理外の化け物と言えど、そう簡単には抜け出す事は出来ないはずだ。
なぜならこの木を操る力もまた理外の業。姿を見せない魔物が気まぐれと偶然で、凡人の俺に貸した怪しい力。
ゆっくりと、俺を乗せる掌も閉じていく。ミミズが這うように蠢く木の根達が複雑にその身を縮ませ、伸ばし、人の掌の動きを再現していく。
包み込むように閉じていくその光景から俺は目を離さない。指を象った部分が拳を閉じる。化け物を包んだ拳は未だにボコボコとその形を歪に変形させながら、力強く閉じ続けていた。
優しく、木の掌が俺を包む。俺は宝石を通じて手のひらにある命令を入力した。ゆっくりと掌が俺を包み込んだまま、現出した地面に潜っていった。
化け物。お前を信じている。ここで、決着をつけよう。
手のひらに包まれる寸前まで、ある場所からアプリで録音した俺の声が響いているのを確認できた。
作戦は順調に進んでいる。
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