手札を切る戦い
それでも貴方は耳に敵わない
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耳の化け物が、唐突に飛び退いた。無闇に飛び込むのをやめたのか。八メートルの距離を自ら拡げる。
(逃すかよ……!)
木の根に地面を蹴る化け物を追わせる。地面を這うように迫る木の根はドリルのように螺旋を描きつつ耳の化け物へと向かう。
真っ直ぐ、風切り音を奏でながら大耳へ迫る一本目を化け物が大きく腰を逸らすことで避ける。
「フィギュアスケートかよ!?」
思わず声が漏れた。それ程までに見事な身のこなし。遅れて迫る2本目がヒュンと弧を描くように斜めから化け物を狙う。
(とった!)
根のスピードがいままでとは段違いだ。はじめの頃の根の速度を三倍速に早送りした程に速い!
だが、その根も怪物を捉えることはない。イナバウアーの態勢からその大きな耳を振るい、まるで独楽のように回りながらその場から飛び退いた。
根は化け物を捉えることなく、地面に突き刺さる。
当たらない。根の速度は速くなるのにそれ以上の速度で化け物の動きが洗練されつつある。どんどん木の根の動きに慣れていっている。
(これならどうだ?)
左手を地面につける。車両が通れるように舗装された固めの土の感触を拳で感じた。拳から地面を伝い、先程化け物に躱されて地面に突き刺さったままの根に命令を入力する。
突き立ったまま静止していた木の根がぶるると震えたと思うと、一気に地面を掘り進む。狙うはその場から少し離れた化け物だ。
ヤツは動かない。気づいていないのか? 地面に線のようなヒビが入り、ヤツの足元で土が弾け飛んだ。
ヤツの足元から飛び出した木の根はそのままアッパーカットのように下からヤツに迫る。完璧に不意をついた一撃。ボクサーのパンチのように空気をも裂く。けれどもヤツはすでに身体を真横に傾けて根の切っ先から体をずらしていた。
「いや、まだだ」
木の根の切っ先がぐねりと歪み、潰れたかと思うと三又に別れた。広がった切っ先が体勢を傾けた化物の脇腹に迫る。
必中の一撃。土と共に飛び出す三叉の根の先。避けれるものなら避けてみろ。
化け物は動かない。あまりにも大きな耳はヤツの強靭な体幹により支えられているものの、このレベルの動作速度になれば邪魔になるのだろう。
ヤツは動かない。動けないのだ。三叉の根の一番外側の切っ先がヤツの脇腹を抉る!
え?
がっし。そんな音が響いたのかと錯覚した。
いや、音はした。パシっ。というまるでミットで野球ボールを受け止めたようなそんな音がした。
「は?」
三叉に別れた木の根が受け止められていた。それはもうしっかりと。受け止められたのは脇腹を抉ろうとした切っ先だ。腕でしっかりとにぎられている。
空気を裂く音と共に必中のタイミングで飛んだ根を化け物はいとも簡単に掴みとった。
「いや、待てよ。てめえ。どんだけ面白生物なんだ……」
化け物の腕は二本とも空いている。二つの掌を上に向け、まるでやれやれ、とでも言いたげに肩を竦めた。
三本目の腕が脇腹から生えている。唐突に生えたその腕が根を受け止めたのだ。
ぎりり。とその脇腹から生えた三本目が木の根を握り潰した。先端を潰された木の根がまるで死んだ蛇のように重力に従い、地に墜ちた。
化け物が、脇腹から生えた腕でその大きな耳を掻く。その腕はヤツの耳に届くのだ。ぐねと伸びたその腕は骨ばっており、とても宜しくないものに見える。
脇腹から伸びた腕が人差し指を立てる。長いその指は歪に伸びて、まるでおとぎばなしの魔女のそれだ。
立てた人差指が左右に振られる。
「チッチッチ」
耳の穴からメトロノームのようなクラッカー音が規則的に流れた。
どこで覚えたそんなの。
おれは、右手で握る斧をホルスターに戻し、代わりにポケットから自分の探索者端末を取り出した。
策はある。先程のヤツの動きから予想だったそれは確信に変わった。
なめやがって。すぐに吠え面かかせてやるよ。てめえの顔は分からねえが。
端末の画面に目をやり、おれはあるアプリを起動していた。
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