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火によく似ていて

恐怖心というのは人生の一番の友人であると同時に敵でもある。ちょうど火のようなものだ


カス・ダマト

 

 背後の田村を庇うように数歩前に出る。歩んだ分だけ化け物に近づく。


 腹の中が痒い。なんだこれは。掻きむしりたくても手が届かない。


 こんな時になぜか、昔見たホラー映画を思い出す。怪物か、悪霊かは忘れたがとにかくたくさん人が死ぬ映画だった。主人公の仲間も恋人も親も、殺される。そんな映画だった。


 子供の頃の俺はその映画を怖がって見ていた。その怪物だか悪霊だかの容赦のなさや、得体の知れなさ。


 自分(人間)と離れている存在とはここまで恐ろしいものなのかと、子ども心ながらに戦慄していた。しばらくの間夢にも見たほどだ。


 だが、その映画に怖がりつつも、子供の頃俺にはある疑問があった。


 なぜこの映画の主人公は逃げてばかりなんだろう?


 仲間が、家族が、恋人が悪霊に殺されて悔しくなかったのだろうか。悪霊を殺してやろうとは思わなかったのだろうか。


 結局この映画の主人公は、エンドロールが終わった後に殺されてしまっていた。逃げて、死んだのだ。


 それから色んなホラーのフィクションに触れるたびに、人間の非力さに触れるたんびに悔しさや、もどかしさを燻るように感じ続けてきた。


 その気持ちを拭うため、ヒーローが活躍する漫画やアニメ、映画も見るようになった。


 化け物を倒す、ヒーローに憧れた。

 だけど俺が本当に感情移入出来るのは決まって、事件を解決するヒーローではなく、怪物が起こす事件の最初の犠牲になるただの人間のほうだった。


 なぜ、いつも化け物に人間は殺されるのだろう。彼らは殺される事以外何か出来なかったのだろうか。


 燻るのは紙くずのようにワンシーンで殺される人間への哀れみ、悔しさ、そして諦め。


  きっと俺もあのようにーー


「いや、違う。俺は違う。」


 俺の目の前には、今まで見たどのホラーよりも恐ろしいリアルが佇んでいる。それはどの創作物の怪物よりも残忍に、無慈悲に人間を殺す本物の怪物だ。


 その異様を目に収めるだけで、息は浅くなり、視界が揺れる。怖い、怖くて仕方がない。


 だが、それと同時に感じるこの気持ちはなんだ。人をおもちゃのように引き裂き、簡単に命を奪うこの怪物。


 俺を殺そうとしているこの怪物。


「ふざけるなよ……」


 なんで、俺がお前みたいなわけのわからない怪物に殺されなければならないんだ。なんで、俺がお前みたいなのに、ここまで怯えないと行けないんだ。


「むかつくな、お前。」


 怪物から目を離さない。瞼が痙攣する。俺の権利を無視して、傷つけあまつさえ命を奪おうとしてくるこの怪物が憎くてしょうがない。許せない。


 左手を握り締める。半円の宝石が掌の肉に食い込む。右手で斧の柄を握り締める。革手袋がヒッコリーに馴染む。


 俺は逃げないし、死なない。


 俺はあのホラー映画の主人公とは違う。逃げて、死ぬのではない。



「今度こそ」


 戦って


「今度こそ、完全に息の根を止めてやる。耳の化け物。」


 殺す。


 恐怖(ホラー)はここで殺す。


 腹の中が熱い。そこで生まれた熱が全身の血液を沸騰させていくようだ。やがてその熱が胸の中に燻っていたものに燃え広がる。


 ホラーを殺す映画がないのならば仕方ない。俺が代わりに殺してやる。俺は俺を害す存在を決して許さない。


 逃げて、怯えるのは貴様のほうだ。


「Tu autem excute brachium, humerum et trahere 悲鳴」


 耳の化け物が鳴る。


 うるせえよ。だから


「いいかげん耳障りだ。」


 握りしめた左手を薙ぐように振るう。足元の地面が瞬く間に盛り上がり、ひび割れ、タコ足のように怪しく蠢く三本の木の根がまた生まれた。



 後ろで、田村が、あっ! と叫ぶ声が聞こえた。


 ゆるりと木の根が懐いた蛇のように俺の首に絡みつく。恐れることはない。こいつらは俺の味方だ。樹皮のザラザラした感覚が気持ちいい。


 そして、木の根は俺の首元からするりと抜け落ちると、ググッと曲がり、ねじれ、その槍のような切っ先を、全て眼前の耳の化け物に向けた。


「二度と、その雑音がならないようしてやるよ」


 腹の中に滾るマグマのような怒りが恐怖を燃料に俺の脳みそを茹だらせていった。


 耳の化け物が、駆け出した。


 向かい撃つように態勢を低く構えた瞬間、強い耳鳴りが俺の頭蓋骨に響き渡った。




最後まで読んで頂きありがとうございます!

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