ラウンド2
貴方は魅入られた。なんの宿命も使命もない只人であるがゆえに
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バキ、メキメキメキメキ。
ゾウが、木の幹を踏み潰せばこんな音がするのか? 聴いているだけで焦りが加速していく。
俺はすぐに立ち上がり、音を立てながら割れる巨木の杭から離れ田村のすぐそばに向かう。
「味山さん、まさか……!」
田村が鋭く、問いかける。
「でしょうね。田村さん、救援チームはまだですか?」
「すぐに確認する!!」
田村がまた端末を起動して、連絡を開始する。
みるみる内に杭にひびが広がってゆく。巨木の杭の樹皮がめくれ中から白い繊維がむき出しになっていく。
ビキリ。
一際大きな音が森に響く。
橋のように繋がっていた二本の杭がその自重に耐えることが出来ずに轟音を立てながら崩れ落ちた。
端末に向かって怒鳴っていた田村の声もかき消される。
そして、地に堕ちた残骸が盛り上がったと思うと、その中から大きな耳が這い出てきた。
「不要这样做」
耳の穴から聞こえた雑音。それは言葉なのか?
「くそ……、しつこい野郎だな……!」
耳の化け物は、キョロキョロと辺りを見回す。無傷ではない。右半身が傷だらけで、右腕に到ってはつぶれているのか? 体に折り畳まれたようにぺちゃんこになっている。
だがあの特徴的な、大きな耳にはなんの傷も付いていない。全身に出血が見られるのだが、その耳にはその形跡すらなかった。
「味山さん! 今連絡がついた! 後10分で着く!」
「10分!? 」
思わず田村の方を振り返り叫ぶ。遅すぎる! その間この化け物と戦わないといけないのか?
俺だけなら逃げられるのではないか? 脳裏に現実的な選択肢が浮かぶ。
いや、今更だ。その悩みは。背後にある二人の亡骸。あれを思い出せ。
「くそが……。」
人間を、おもちゃのように苦しめて殺すこの化け物を見ていると下腹の辺りが滾る。ヘソのしたの皮膚がポコポコと泡立つ錯覚を覚える。
やってやる。怖くなんかないーー。俺は震える右手で腰の斧を探る。武者震いだ。きっと。そうに決まってる。
俺が斧を掴んだその時だ。
田村が俺に、自衛軍の緊急端末を差し出した。
「味山さん、俺を置いてここから逃げるんだ。この端末をあんたが持っていれば救援チームはそこに向かう。あんた一人ならあの化け物から逃げる事が出来るはずだ。」
飛び出た眉骨から鷹のような鋭い目つきが覗く。酔いに蝕まられていた時のそれとはまったく違う。
覚悟を決めた兵士の目。その鋭い視線が俺を射抜く。田村は今自分に出来る事を果たそうとしている。自らの死を覚悟して、囮になろうとしているのだ。
空いている左手がその端末に向かう。だが、すぐに止まった。
「どうした? 早く受け取ってくれ! 急いでここから離れるんだ。」
田村が再度端末を俺に突き出す。それをみて俺は思わず微笑んでしまった。
「いや、田村さん。それは貴方が持っていて下さい。今から激しく動きますんで壊れたらいけませんからね……」
田村が一瞬ポカンと口を開け、すぐに唾を飛ばして叫ぶ。
「ばっ…、まさかあんた! ダメだ!! 折角拾った命なんだぞ! 粗末にするな! カッコつけてないで早く逃げろ!」
「カッコつけてんのはどっちですか、田村さん。」
俺は端末に向かった左手を引っ込め、ポケットに突っ込む。その手が探るは逃げる為の道具にあらず。
戦う為、殺す為の奇跡の品。ポケットに突っ込んだ指の腹に冷たい感触が伝わる。そのまま、指で感じた冷たく硬いものをつまみ取り出す。大事に大事に、左の掌でそれを握りしめた。
「負傷して動けない状態で、ここは俺に任せて先に行け……。そんなのかっこよすぎですよ。」
右手には斧を、左手には宝石を握り、俺は耳の化け物に対峙する。下腹で感じていた皮膚が泡立つ感覚はいつのまにか後頭部の辺りにまで昇っている。
とても気分がいい。この酔いは俺の味方だ。
「田村さん、あんたがかっこいいから、俺もカッコつけさせてもらいますよ」
「あ、あんた、一体なんなんだ……?」
田村がうろたえながら語りかける。
俺は耳の化け物から目を離さずに答える。
「只の探索者です。酔っ払ってカッコつけてる凡人ソロ探索者ですよ」
いつのまにか、右手の震えは止まっていた。
さあ、ラウンド2だ。
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