死者へ、生者が出来ること
…………
「ありました、田村さん」
田村に先程取得した木原の端末を手渡す。田村がそれを受け取り画面を覗いて確認した。
「ああ、これだ。間違いない。うちの班の緊急通信端末だ。自衛軍もなかなかケチでね…… 一班につき、一個しか配られていないんだ……」
田村が息をゆっくり吐きながら手渡した端末を耳に当てた。
「あー、聞こえてるか? こちら自衛軍攻略科第2中隊所属、桜小隊第11班の班長田村軍曹だ。緊急通信の確認連絡を行いたい。オーバー」
田村が端末を起動し、何やら話し始めている。聞き耳をたてているとこちらへ別の部隊の派遣を求めているようだ。
「ああ、そうだ。探索者組合からの通信で、探索者一名の支援及び救助任務にあたっているところだ。……その途中で未知の怪物種と交戦。車両は損傷して動けず、それに……」
田村が言い淀む。
「それに、木原一等兵、及び北嶋上等兵の二名が殉職…… 保護対象の探索者と、私が生き残っている。ポイントはグリーン。繰り返すポイントはグリーン。探索者は怪物種との戦闘で疲弊しており、私は脚を負傷。至急、付近の巡回班を回して欲しい。」
田村が状況を端末に向けて話し続ける。外部と連絡がついたのなら救援もすぐに来るだろう。
俺はその時自分の端末がポケットの中で振動していることに気付いた。すぐさまそれを取り出し画面を確認する。
探索者組合のサポートセンターからの着信だ。
「あ、もしもし、味山です。」
「味山さん、菊池です。良かった、ご無事見たいですね!」
菊池の声が電話の向こうで弾む。
「今、自衛軍の担当部署から連絡がございまして。なんでも移送途中にまた怪物種の襲撃があったとか…… お怪我はないと聞いておりますが?」
「はい、新しい怪我はないです。おかげさまで。肋骨が話す度に痛む程度で…… ただ、助けに来てくれた自衛軍の方たちは何名か、その。」
思わず言い淀む俺に、菊池が答える。
「いえ、味山さん。それ以上は結構です。損害状況の詳細までは報告を受けていませんがお察し致します。とにかく、今サポートセンターからも自衛軍に新しい救援チームを派遣するように依頼しています。恐縮ですが、その場で待機してお待ちください。」
菊池がスラスラと言葉を紡いだ。
「ちなみに味山さん。交戦した怪物種についてですが、現在はもう活動を停止したと言うことでしょうか?」
菊池の声のトーンが少し下がる。
「あー、はい。そうですね。なんとか、今はもう動いていないです。損傷が酷いのと、少し特殊な倒し方をしたので死体自体を確認したわけではないんですが……」
「特殊な倒し方……でしょうか? 承知致しました。詳細はともかくまたご確認させて頂きます。では救援チームが向かうまであともう暫くの辛抱です。お気をつけて、ご無事をお祈りいたします。」
端末の通信が切れる。しまい込みながら田村の方を見るとあちらと通信が終わったみたいだ。田村はすでに端末を持っていない。
「味山さん、そっちの連絡は終わったか? 救援チームだが、後10分程度でこちらへ着くそうだ。お互いなんとか、生きて帰れそうだな」
田村はその角ばった顔で笑いかけてくる。一目で無理をしていると分かるが、それでも笑顔を作ろうとしていた。
「味山さん、そういえばまだあんたに言わないといけない事を言えてなかった。」
田村がこちらへ話しかける。脚が痛むのだろう。時折、体を強張らせ、大きく息を吸いつつ顔を顰めている。
「ありがとう。あんたがあの時、茂みから飛び出して来なければ俺は間違いなく死んでいた。あんたは命の恩人だ。」
「本当に、ありがとう。」
思いがけない言葉に俺はすぐに返事が出来なかった。思わず、違うと、叫びたくなる。
車内から逃げ出した判断には後悔も反省もない。だが、違う。
俺にもし、勇気があれば。あの時もっと早く立ち上がっていれば。救えたのは田村だけではないはずだ。
「いや、田村さん…… それは」
「味山さん」
何か話さなければと口にした俺の言葉を田村が短く遮る。
「味山さん、その先はいい。それを言葉に出す必要はない。あんたが言ってはいけないし、ほかの誰にもそれを言う権利はない。」
「あんたは恐怖の中、立ち上がり、あの化け物に挑んだ。結果として一人の人間の命を、俺を助けてくれた。それだけでいいじゃないか。」
「でも」
「でも、じゃないんだ。いいか、味山さん。あんたはまだ若い。あんたは自分が思うほど自分の事をまだ分かってはいないんだよ。」
「一人の人間が一人の人間を助けた。上出来だ。上出来すぎて何かの冗談かと思うほどだ。こんな話はな。現実的な事を言えば二人とも死んでいるのが本来起こるべきことなんだよ」
田村は、死体の方へ目をやりそれから俺を見上げた。
「だから、いいんだ。ただ、それでももし、もしもあんたが自分の行いに罪悪感を感じるのならば、あいつらの事を時々思い出してやってくれ。それが生き残った者が出来る唯一の事だ。偲べと言うんではない。忘れてもいい。」
ただ、と田村が続ける。
「ただ、時折思い出してやってくれ。それだけで充分だ。」
俺と田村はそれっきり黙り込む。辺りには、風に靡く木の葉のざわめきが満ちる。
風と森の音。俺はその音に甘えるように、次の言葉を話せずにいた。
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