探す者
探索者の資質? そうね、たくさんあるけど、一言で言うのなら自分に酔えるかどうか、それにつきると思うわ。
人類の未来の為に、時に人道に反する事も躊躇いなくする。死体を探ったりとかね。
そう言う自分に酔える人間が探索者には向いてるのよ。てか、そもそもシラフじゃこんな仕事出来ないよ?
ある指定探索者の言葉ー
田村が指を指している方向には二つの死体が伏せてある。片方は両腕を千切られ、もう片方は両足を引き抜かれていた。
「済まない、本来なら俺がすべき事だ。これは。だが、今は味山さんに頼む事しか出来ない」
田村は己の膝を見つめて顔を伏せた。
「いえ、気にしないでください、その脚では動くのは無理です。それに……こういうのは慣れてますから大丈夫です」
俺は自分に言い聞かせるように田村に応える。田村はこちらを見上げたあと、眼を瞑りながら頭を下げる。
「じゃ、ちょっと行ってきます。その緊急通信端末ていうのはこんなのなんですか?」
自分の端末を田村に見せる。
「ああ、それとほぼ同じだ。恐らく木原はそれを右の尻ポケットに入れているはずだ」
「尻ポケットですね、分かりました。すぐに探してきます」
俺は振り返り、死体の方へ向かう。小さく息を吐いた。ついさっきまで生きていた人間の死体は覚悟していても、背筋を震わす何かがある。
「酷いな…… これは……」
俺は口元を抑えて呟く。うつ伏せに倒れている木原の死体。その死顔は地面に伏せているため見ることは出来ない。濃い赤に沈む迷彩は毒々しい色に変色していた。
本来あるべきはずの腕は無い。まるでもともも脱着が可能だったかのように抜き取られていた。
迷彩服の生地ごと抜かれているようだ。肩口は特に濃い赤に染まっている。まだ乾燥しておらず濡れているままだ。
一体どれほどの力があればこんなおもちゃのように人間を壊す事が出来るのだろうか。思わず巨木の杭へ視線を移す。
何も異常はない。そのまま俺は木原の死体のすぐそばにしゃがみ込んだ。
「……! きついな」
すぐに鼻を抑える。生臭い鉄の匂い。雨の日錆びた鉄棒の匂いを何倍にも濃くして、熱を齎した、そんな匂いが鼻腔を満たした。
生きている人間には耐え難い悪臭。哀れだ。あまりにも哀れすぎる。
「南無阿弥陀、南無阿弥陀仏」
俺は木原の死体に向けて手を合わせ念仏を唱えた。特別に仏教徒というわけではないが、この仕事を始めてからはもう数え切れないほどこの念仏を唱えていた。
ここでは人間の死に触れる事が多すぎた。
「木原さん、どうか安らかに眠ってくれ。少しだけ失礼します」
手を合わせた後、木原の死体に声を掛けて手を伸ばす。尻ポケットだったな。
端末はすぐに見つかった。すぐさまそれを取り出す。画面を触れた事により自動起動した電子画面には、緊急通信の送信確認と、位置情報の送信確認、ならびに現在近くの巡回班がこちらに向かっている事を示すメッセージが映し出されていた。
(これか…)
俺はその黒い端末をポケットに仕舞う。近くには北嶋の骸も横たわっていた。脚を千切られているその死体は木原のそれよりも損傷が酷く、出血が多い。
千切られた膝と、脚が近くに無造作に投げ捨てられている。残った胴体は仰向けに倒れており、その死顔は目を見開き、口からは舌がこぼれ出ている壮絶なものだった。
俺は北嶋の死体に歩み寄った。これではあまりにも忍びない。俺は北嶋に向けて、手を合わせた後、瞼を閉じ、舌を口の中に押し込んで口を締めた。
手袋越しに、まだ体温が残っているのを感じた。思わずその体温を祓うように手を地面にこすりつけた。もし俺を助けに来なければ、二人は死ぬ事はなかっただろう、ふとそんな事を考えたがすぐにその思いを打ち消す。
(俺が哀れんでいいはずがないだろ、阿保か俺は)
この二人は、己の仕事を果たそうと死んで行った。そんな彼らに助けられて、生き残った俺が彼らを憐れんでいいはずがない。そんな自己満足に彼らを使う事は許されない。
彼らが死んだおかげで、俺は生きている。俺が我が身の可愛さ故に茂みに隠れたままだったから彼らは骸となり、俺はまだ呼吸をしている。
もし、あの茂みからすぐに飛び出していれば
どうなったのだろうか。何かが変わっていたのか?
「死体が増えていたろうな……」
単純な答えを口にして、俺はもう考えるのをやめた。こういう事は自室で寝転びながらすればいい。今はもう考えるのはやめだ。
俺は木原と、北嶋の死体を眺めて頭を下げた後に小走りで田村の元へと駆けていった。
まだ、生きて帰れると決まったわけでもない。後悔したり、反省したりするのは後で出来る事だ。今はとにかく、生きて帰りたい。
死者の骸をまさぐり、己の生に役立てる、それは生きる者の特権であり、探索者の得意分野だった。
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