生き残った者達
第一階層の管轄は日本の自衛軍と、米軍が握っている。
各地に駐屯地を設置して、補給や人員交代を行いダンジョン内の任務にあたる。
バベルの大穴ガイドより抜粋
「はあっ、はあっ、はあっ」
怪物を押しつぶした瞬間、途端に息が切れた。足は冷えた鉛を溶かし入れられたのではと錯覚するほどに重たい。
疲労が急に体に浮いてくる、体が重い。手を地面について体を支えた。
「きっつ…」
重たい首をあげて、頭上を見上げる。二本の巨木の杭に挟み撃ちに化け物を押しつぶしていた。
化け物の姿は見えない。流石にこれはぺちゃんこだろう。密度の高い杭はその先端に化け物を捉えたままもう一本の杭とぶつかり合い結合していた。
「……やった、確実に、今度こそやったはずだ」
つぶやきながら、俺は化け物に放り投げられひっくり返された軽装甲車を見る。すぐ近くに迷彩服の男が巨木に体を預けて、俯いていた。
まずい、田村の事をすっかり忘れていた。重たい体を起こしてそちらへ駆け寄る。近くに寄ると田村の顔は所々蜂にさされたように腫れて内出血の跡が見られた。
「田村さん! 大丈夫ですか?」
肩を叩きながら呼びかける。田村がこちらに気付き目を開いた。
「あ、味山さん…… あんた、一体…」
田村は俺の肩越しの巨木の杭や、木の根の残骸の方を見ながら呟いた。完璧に宝石の力を見られたらしい。もう隠す事は出来ないな。
「後できちんと説明します。今はここを離れましょう」
俺は左手の宝石を見せながら田村に話す。それを見て納得したように田村は小さくうなづいた。ダンジョン産の宝石の事は自衛軍である田村もよく知っていたのだろう。
「わかった、後で聞かせてもらう。ただ、ここから離れたいのはやまやまなんだが、脚がな…」
田村は小さく呟き、踏み折られた右膝を顎で指した。これは、酷い。千切れていないのが不思議なぐらいの折れ方だ、V字になって膝から下が完全に上を向いてしまっている。
「はは…、酷いだろう? おもちゃみたいにされちまってよ…… もう感覚もない。帰った所で完治出来るかもわからん」
田村が乾いた声で笑う。顔を見れば内出血していない所は赤くなっている。俺は手袋を外して、一言かけてから田村の額に手を当てた。
熱がある。確か骨折熱自体はそんな悪くないことのはずだ。治癒熱とも言われるほどだから体が活性化している証拠だろう。
ただ、今の田村の体力で体が保つのか? いやもたないだろう。ただでさえあの化け物に痛めつけられていたんだ。一刻も早く安静な場所で治療する必要がある。
「田村さん、ここから一番近い自衛軍の駐屯地はどのくらいの距離ですか?」
「車なら10分もかからないはずだ… もともと俺たちはそこから派遣されてきたからな。ただ、歩きとなるとかなりの距離だぞ……」
田村は右膝をちらりと見た。そもそも歩く事自体不可能だろう。
「分かりました。すぐに助けを呼びます。後もう少しの辛抱です」
俺は右ポケットから端末を取り出すと、田村が俺に声をかける。
「いや、恐らく、この車が壊れた時点で……本部にエマージェンシーコールが届いているはずだ。そういう仕組みになっているからな…… エマージェンシーコールを発信した隊員からの応答がない場合は、すぐに別の班が駆け付ける事になっている……」
「じゃあ、待っていればここに助けが来るって事ですか?」
田村が俺の眼を見てうなづく。震える腕を中途半端に伸ばそうとして、肘を曲げたあと止まる。まるで躊躇っているようだ。俺が何も言わずに見守っていると、そのままゆっくり腕を伸ばしてある場所を指差す。
「ドライバーの木原が…ダンジョン用の無線機器を持っていたはずだ…」
腕を二本千切られて伏せたまま絶命している木原をその指は指し示していた。
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