小手調べ、特別な力。
「Agaçant 腕」
耳の化け物の耳孔から漏れ出た音
みしり。
木が軋む音。木の繊維が伸ばされ、ほだされ、その数を不自然に増やしていく。
翳した宝石が一瞬、焔が揺らめくように輝いた。すぐに異変が起きる。
レッドウッドに酷似した巨木が捻れるように歪みながらぐぐっと曲がり始めた。
解る、理解る。どうすれば巨木を操れるのか、どうすればこの力を扱えるのか。その全てが宝石を通じて全て手に取るように分かる。
にやりと唇が笑みを浮かべるように形を変えた。ブサイクな顔になっているだろうな。
そして歪んだ巨木の表面から新たな木の枝が捻れながら生え出てきた。ミシリと大きな音を立てて生まれたそれはどう見ても不自然な形をしている。
まるで太い馬上槍のような枝。その切っ先は木の根に縫いとめられている耳の化け物に向いていた。
人の胴体に当たれば容易にその身体を真っ二つに千切り飛ばしてしまいそうな太さだ。その馬上槍のような槍は引き絞られた弓のように震えながら更にその長さ、太さを増していく。
耳の化け物が根の拘束を破ろうともがくも、より頑丈にしなやかに生まれた今回の木の根達は引きちぎられることはなかった。
「遅い。」
俺は宝石を握りしめて手を下に振り下ろす。俺の動きに連動するように、馬上槍のような木の枝がロケットのように射出された。
ずぐ。
それは正確に耳の化け物の胴体に突き刺さった。絡んだ木の根ごとその身体に食い込む。どうだ? これは効いただろう。
それを食らった勢いで、耳の化け物が仰向けに倒れた。効いている。間違いなくこの力が通用している。
宝石から流れ込んでくる感覚とダンジョン酔いが混じる。それは灰色の荒地では感じなかったものだった。
この宝石の力の使い方をまるで、昔から知っていたかのようだ。誰にも教わらずとも呼吸ができるように、俺の元々の体の機能のように今なら扱えそうだ。
予想だにせず、湧いた特別な力に思わず笑顔になる。
これならいける。
モノには使うべき場所というのが存在する。そらく、コレはここで使うのが正しい方法だったのだろう。
宝石に目をやった一瞬、すぐに耳の化け物の方へ集中する。
あれで殺せたとは思っていない。
辺りは未だ、光を差すことなく薄暗い闇が蔓延る。耳の化け物がむくりと立ち上がりこちらを見つめる。
その胴体は大きな木の枝に食い破られ、今にも千切れそうな様子だ。突き刺さる木の枝から赤い血が滴り落ちる。人間であれば間違いなく致命傷。即死していてもおかしくない大きな傷。
だが、俺が相対している敵は人間ではない。耳の化け物が自らに突き刺さっている木の枝に手を当てた。
「praise」
耳の穴からつぶやく。すると瞬時に胴体の傷口が塞がり始めた。
「まじかよ…」
ほんの少し予想はしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
まるで巻き戻し再生のように塞がる傷口は、食い込む木の枝を治っていく肉で押しつぶした。そしてあろうことか身体に取り込んでいくようにも見えた。
五秒とかからず、耳の化け物の肌色の胴体から一切の傷が消えていた。突き刺さっていた巨大な木の根もその肉の内に取り込まれてしまった。
奇跡のような力を持ってしても、容易には殺せない。敵は人間の手に余る化け物だった。
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