人の手に余る力
貴方が人である事を示す時だ。
力の由来を知らずにそれを我が物のように振るうのは古来より貴方達が得意な事だったでしょう。
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体を横に転がす。仰向けからうつ伏せに。天地が逆になった光景が元に戻る。
めちゃくちゃにシェイクされた脳みそが抗議の声を上げるように痛んだ。視界の四隅が黒く染まっていた。目を何度か瞬くことで視界がはっきりと戻っていく。
「やっぱこの宝石か…」
ポツリと言葉が出た。無意識に握りしめたその半円のヒスイからはもう光や熱は感じられない。しかし、間違いなくこの宝石は二度目の奇跡を起こしていた。
一度目はあの灰色の荒地で灰トカゲに食われかけた時、そして二度目は、今だ。
足元から木の根が地面を突き破り伸びていた。それは灰色の荒地で生えてきたものと比べてより太く長いものだった。
三本ほどの木の根がお互いに絡み合い一本の蛸足のような姿に変わっている。その絡み合上蛸足のような根が俺の周りを囲うように何本も天に向かって伸びている。
ミシ、メキ。
薄暗い森の中に、家鳴りを何百倍にも増したような木の軋む音が響きわたる。見ると周りの巨木たちが俺の周りに生えている木の根と同じように複雑に歪み始めていた。まるで巨木が動き始めたかのようにも思えた。
耳の化け物の足取りが止まり、こちらをぼーと見つめている。化け物の背後の地面に座り込む田村が口を開けてこちらを見つめているのがわかった。
気持ちはわかる。だからもう少し待っていてくれ。
左手に半円のヒスイを握りしめ、右手には斧を構える。目の前にいる耳の化け物を睨みつけた。
甘く、痺れるような酔いが脳みそを満たす。肝試しで廃墟を歩き回るような恐怖と高揚感がぐちゃぐちゃになった感覚が妙に心地よかった。
「نتظاهر اللعب」
「日本語喋れ、化け物」
耳の化け物の態勢が、瞬時に低くなり手を伸ばしながらこちらへ突進してくる。
おれの周りで蠕く太い木の根が突進してくる化け物に真っ直ぐ伸びた。
耳の化け物が飛び交う木の根に対して、耳を大きく振るう。まずい、また砕かれる…! 灰色の荒地で陶器のように砕けちった木の根達の末路を思い出し、焦る。あの化け物の膂力は自然が生み出した強靭さをも意に介しない理外の力だ。
だが、今回は木の根が砕けることはなかった。
化け物が耳を振り回す速度よりもっと速く木の根がその軌道を、しなりながら瞬時に変えた。
空振り。そして横っ面から殴りつけるように木の根が化け物の身体に食い込む。
小さい胴体の右脇から左の横腹を串刺しにするように貫き、地面に突き刺さった。
「今だ!」
おれは無意識に左手を化け物に向かって翳しながら叫んだ。
一斉に足元の木の根達が地面に縫い付けられた化け物にそのドリルのように尖った先端を向け、伸びる。
正面、右 、左、真上、真下。それぞれの角度に枝分かれし耳の化け物に迫る。その様は太い意思を持った生き物の触手みたいだ。
化け物がそれらを躱そうと身をよじるも、既に刺さっている木の根が文字通り、地面に根を張り動くことは出来ない。
鈍い音ともに、耳の真上、胸、左の脇腹、右の脇腹。全ての木の根が化け物に突き刺さった。
「ぅィァ…!!」
それらが刺さった瞬間、怪物の体がびくりと波打ち、そして始めて、
「やっと、悲鳴を上げたな。クソ野郎。」
ソレは苦悶の叫びを上げた。
木の根が突き刺ささった部分からは血が流れ出している。赤い血。それは人のものとなんら変わらないものだった。
化け物が自由に動く手で胸に刺さっている木の根を抜こうとそれに手を触れる。その瞬間、化け物に突き刺さっている木の根の表面から新たな小さく細い木の根が生まれ、その手を搦めとる。
おれはその光景に、ほんの少しの恐ろしさを感じた。酔いで茹っているにもかかわらずこの理屈の分からぬ力が怖いと正直に感じた。
いや、違う。今はそんな事どうでもいい。
怪物はもはや計六本の意思持つ凶悪な木の根達にその身体を刺し貫かれ身動きが取れなくなっている。
木の根達がまるでそれを喜ぶように、怪物の身体に突き刺さったまま、おれの目にもわかるように脈動していた。
でも、まだ足りない。
「まだだ。」
おれは呟き、近くの巨木に目を向けた。左手をそれに向かって翳す。使い方が合っているかわからないが、何となく出来る。そんな予感が俺にはあった。
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