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自衛軍 田村 秀夫の仕事



それは大森林から見出された一族の秘宝。



ある灰ゴブリンの言葉ー

 


 簡単な仕事のはずだった。


 巡回任務の途中で無線で入った指示、帰りがけに探索者のベーススポットに立ち寄り、指定の探索者を保護を命じられた。


 大森林から詰所へ向かう道を引き返し、灰色の荒地へ向かう最中にまたサポートセンター経由の情報が入った。なんでも新種の怪物から逃走しているらしいとの追加情報が入った。


 部下の永嶋がその無線を聞いて、薄い目を広げたのをルームミラー越しに確認したのをよく覚えている。永嶋は探索者志願を出していたが、酔いへの耐性が基準値を上回らなかった為に試験に合格できなかった過去がある。


 どのみち、探索者を回収して、そのまま車を走らせ終わりだったはずだ。はずだった。


 俺は今何をしているのかと田村は自らに問いかけていた。


 痛みで体全体が割れそうだ。特に右足、確実に折れていると理解している。これはどうしようもないと半ば田村は諦めていた。


「ぐふっ」


 頰にまた痛みが走る。幼児のような短い手に握られた拳銃でまた殴られた。田村は顔を庇いながら、ある方向へと目線を向けていた。


(ちくしょう。)


 血だまりに沈む二人の部下を見て、田村は一瞬体の痛みを忘れた。車が浮き上がった後のしばらくの記憶が田村にはない。あるのは座席に宙吊りになった逆さまの光景の中、必死でベルトを外して車から這い出たことだけだ。意識が朦朧としながらも銃を忘れずに車内から引っ張り出していた事は訓練の賜物だったのだろう。



 そして、辺りを確認すると、目に移るのは血に沈む部下達、茂みを見下ろす化け物。よく見るとその茂みには人が隠れていた。


 後は体が勝手に動いていた。田村は銃を構えて化け物に向けて発砲していた。



 ああ、どうしてこんな事になったのだろうか。田村は怪物に嬲られながらある事に思いをはせる。


(ごめんな、お父さん、誕生日祝えないかもしれないな)


 パパ! はやくかえってきてね!


 昨日妻から送られてきた動画に映る娘の言葉が耳に蘇る。


 来月に控えた一人娘の誕生日。その事が脳裏をよぎった。結婚して五年目に出来た一人娘。田村は初め男の子が欲しかったのだが、一人娘の夏希が生まれ、まだ首の座っていないその子を抱いた瞬間そんな思いは霧散した。


 来月で五歳になるその子の誕生日が祝えない。自分が死んだら妻は、夏希はどうなるのだろうか。田村は自分が死ぬことよりも、後に遺す家族の未来が怖くて仕方なかった。


 私より後に死んでください。約束してくださるならプロポーズお受けします。


 良家のお嬢様で一見気弱そうだが、自分よりよっぽど物事をはっきりと言う気の強い妻らしい言葉を思い出す。


 田村にとって一人娘の夏希が太陽なら、妻の咲江は月だった。いつも寄り添い、田村が夜の闇に迷った時は灯を灯してくれるそんな女性だった。


 濡烏のその長い髪を撫でた夜が懐かしい。


 その、手触りをただ、今は懐かしく田村は思い返していた。


 唐突に眼前へ銃口が突きつけられた。カチリと引き金が引かれる。弾がないとわかっていても体が反応する。


 思わず体をすくめて腕で顔をかばう。


「 hahahaha hahahaha フフフフ、あははは」


 その大きな耳の孔から流れる音声に田村は顔を顰めた。見るも悍ましい怪物。それが自分を愉しんで殺す事を田村は理解していた。


 そういえば探索者のあの男は逃げる事が出来たのだろうか。田村はようやくその男の事を思い出した。


 探索者には珍しい20代後半という年齢。聞けば以前に暴行沙汰を起こしていると聞いた為に初めは少し警戒していたが、話して見るとなんのことはない普通の人間だった。


 彼は逃げる事が出来たのだろうか。恐らく彼が無事助けを呼んで来れたとしても、俺は駄目だろうな。田村は痛みや恐怖で摩耗した死の実感をただ、ぼんやりと見つめていた。


 嫌だな。ちくしょう。夏希、咲江。ごめんな。パパ帰れそうにないよ。


 また耳の孔から音が漏れる。ひどい耳鳴りのせいで田村にはそれが聞こえなかった。



 そしてまた銃口が田村の眼前に突きつけられた。田村は諦めたように目を瞑る。


 目を瞑った為に、田村は見る事が出来なかった。


 こちらへ向かい、斧を振り上げ、雄叫びをあげながら突撃してくる人間の姿を。


 その人間の顔が奇妙な明るい黄緑色の光で照らされている事も田村は気づくことはなかった。




最後まで読んで頂きありがとうございます!


愉しんで頂けたのなら幸いです。

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