土の匂い
ソレは貴方達の叫びを愉しんでいる。自分に与えられた本来の役割はとうに忘れている
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来るな、来るな、来るな。
心臓が大きく暴れる。今にも爆発しそうだ。俺は視線を下げて地面に伏す。少しでもアレに見つからないようにと願いながら体を低く、低く突っ伏した。
ドクンドクンドクンドクン。
心臓の音が体から漏れているのではないか。地面に反響したその音が俺の耳に響く。収まれ収まれ収まれ。
何をしても心臓の鼓動が止まらない。それどころか更に大きく広がっていく。地面に突っ伏し目を瞑る。瞼の中の暗闇の中、その鼓動だけが在った。
アレに捕まった人間達の末路、その叫びがリフレインする。人として死ぬことは出来ない。安物のおもちゃのようにバラバラに引き裂かれ、殺される。
怖い、ただ怖い。しぬのがこわいのか。アレに殺されるのがこわいのか。ここにいたくない。何で俺がこんな目に合わないといけないんだ。
どれほどたった? アレは今どこにいる?
俺は茂みの中で薄めを開け、顔を前に向けた。
「ひっ…!」
いる。俺のいる茂みのすぐ前にそれはいる。茂みの隙間から地面にうつ伏せ寝転がり、その耳をべったりと土に付けている。どきりと心臓が跳ねる、ソレの耳もびくりと跳ねた。
地面に耳を当ててまるで耳を澄ませているようだ。何を聞いている?
ソレから目が離せない。体を小さく震わせながら地面に寝転がるソレはやがてゆっくりと立ち上がり、こちらを見ていた。俺のいる茂みの方を向きじぃと立ち尽くしている。
(見るな、見るな、こっちを見るな…)
目がないはずのソレは茂みを見下ろす。茂みの中の俺を見つめているようだった。
呼吸が更に薄くなる。肺が多量の空気を要求する為に必然、薄い呼吸の回数が一気に増え息が切れた。
ソレが茂みに手を触れる。
バレてる、終わった。無意識にカーゴパンツのポケットに手を入れ、その中に放っている宝石に手を触れる。残念ながらは何の熱も感じないし、光輝くことも無い。
茂みの隙間から壊された二人の死体が見える。一体、二人の恐怖はどれほどだったのだろうか?
どうせ隠れ切ることができなかったのなら、いっそのこと彼らが襲われていた時にこの茂みから飛び出していたら? 北嶋が応戦した時に加勢していたのなら? 何かが変わったのだろうか。
俺はそんな今更どうしようもない、もしもについて考えを巡らせ、ある種の諦めと共にホルスターに手をかけた。
どうせ死ぬのなら。震える手が上手く斧を取り出すことが出来ない。頭の中では闘わなくてはならないと思っていても心と体は正直だった。
無力感、恐怖、土の匂い、焦り。これが死ぬということなのか。
ガサっガサガサ。
ソレが茂みを掻き分ける。深い茂みが割られる。俺を見下ろすその耳の体は所々犠牲者の返り血で赤く染まっていた。
「I found it」
耳の穴から音が流れ出る。今のは俺にもわかったぞ。見つかってしまった。
うつ伏せのままソレを見上げる。震え続ける手が斧を掴むことはなく、そしてソレが俺に手を伸ばす。
ソレの穴と目が合う。
はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、
呼吸が荒い。
ダメだ、怖い。目を瞑ろうとしてしまった瞬間。
ソレの体がブレた。と思った瞬間遅れてパァン、乾いた破裂音が響いた。
銃声?
たたらを踏みソレが俺から目を離し、音のした方角を向いた。一体何が起きた?
「こっちだ!! 化け物!」
投げ捨てられ、ひっくり返った車両。それに寄りかかりながら銃口から硝煙が流れる銃を構えた屈強な迷彩の男。
頭から血を流した田村が耳の化け物に向けて吼える。
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