サポートセンター副室長 菊池 清吾の仕事
自衛軍の巡回は軽装高機動車によって行われる。決められたコースを規定の時間回るようになっている。
ダンジョン酔いに陥らぬように最低四人。警戒度が高い時期は機関銃手を含み五人での巡回を行うようになっている。
サポートセンターとの連携で自分の手に負えない怪物から逃走中の探索者を救出したり、ベーススポット付近の警邏、組合所の防衛などを役目としている。
バベルの大穴ガイドより抜粋ー
菊池 清吾は電話を置いた後に無意識にくちびるを舐めていた。幼少期の頃からの癖は20代になり、30代になっても変わることはなかった。
なにかがおかしい。菊池はつい先程の自分の担当探索者との電話内容を振り返る。
妻から38歳の誕生日プレゼントとして贈られた腕時計に目をやる。
彼が大穴に侵入して、もう2日と半分が経っている。大森林と灰色の荒地の中間地点にあるベーススポットでその半分以上を過ごしているとは言え、そのストレスは計り知れないだろう。
ダンジョン酔いの影響で混乱した探索者とコミュニケーションが取れなくなることは彼も重々承知していた。
「いや、彼にしてはおかしい。」
菊池は、デスクの上に置いてあるコーヒーに口をつけた後、ため息ともにそう漏らした。
探索者。現代ダンジョンバベルの大穴が世界に現れて三年。たった三年で大きく世界を変えた職業。
彼らのバックボーンは様々だ。元軍人、アスリート、ハンター、二年前からは本人の希望と教育機関で行われる適正検査により選ばれた学生。中には反社会的勢力に身を置いたことのある者もいるだろう。
よく言って個性的。悪く言えば…、そう変わった人間が多い職業だ。
そのような経歴の持ち主が多い中菊池の担当探索者である味山 為人はそのどれでもなかった。
元ホワイトカラーのサラリーマン。探索者になる三年前までは鉄火場とは縁のない普通、平凡な人間だったはずだ。
だからだろうか。彼は他の探索者達とは少し雰囲気が違っていた。他の探索者が面倒だと嫌う組合との段取りを積極的に行ったり、社会人的な忖度、こちらの忙しさを察して報酬計算の順番をずらしたりなど、同僚よりもよっぽど仕事のやりやすい、そう、分かっている人物だった。
そんな普通な社会人の香りを色濃く残す人物だったが一点普通ではない部分もある。
彼は三年経っても生き残っていた。
特筆すべき取得物の報告や、華々しい交戦実績、新しい下層への侵入路の発見などこそないものの、コツコツと実績を積み重ねて探索者として生き延びているのだ。
無駄なことはせずに、分を弁え、確実に生きて帰ってくる。それが菊池 清吾のアジヤマという平凡なソロ探索者への評価だった。
その彼との最後の電話。彼への組合からの依頼である、遺骨捜索。彼から写真データを受け取った確認として行った電話内容はとても奇妙なものだった。
無言。電話には応答されたもののあちらからの返事は一切なく、電話口の向こうの雑音すら聞こえない状況。
何の理由もなく彼がそのような事をするとは思えない。
「声を出せない状況にあったのか?」
菊池はそう呟き、すぐに目を瞑り黙考する。探索者は命がけの職業だ。得てしてそのような状況にも陥るだろう。
しかし。
(いやそうとは考えにくい。それまで逼迫した状況ならそもそも電話には出ないはずだ。考えられる事としては、応答した後に何かがあったと考えるのが自然か。)
菊池はまた電話を手に取り、アジヤマの端末番号を選ぶ。
受話器を耳に当て、応答を待つ。
今度は応答することもなく、呼び出しの時間が切れた。
ふむ。
「ごめん田島さん、端末の位置情報を調べてもらってもいい?」
前の席に腰掛けている女性の部下に声をかける。
田島と呼ばれた20代前半の女性はすぐに振り向き
「はい、分かりました。探索者番号何番の方でしょうか?」
「20177でお願いね」
一瞬、間が生まれる。サポートセンターの中で真空が生まれたようにシンと音が消えた。
探索者街で先日起きた暴行事件で取り押さえられた探索者の番号を皆覚えていたからだ。
被害者、加害者共にダンジョン酔いの反応が見られたこと、加害者もかなりの負傷を負っていたこと、また探索者街という特殊な場所で起きた事件だった為に刑事事件としては表沙汰になることはなかったが、皆がそれを知っていた。
なによりその番号を皆が覚えているのは被害者が少し、有名だった。
鳴り物入りで探索者となった、学生推薦者。しかも組合の理事会メンバーの一人息子ときている。
三ヶ月が経った今もその記憶は明るかった。
その空気をリセットするように分かりました、と呟き女性が目の前の端末を触る。
すぐに菊池のパソコンの画面に地図が流されて、その中に1つゆっくりと動いている赤い点が現れた。
でました、とこちらへ報告する女性に謝意を伝え菊池はその画面を見つめる。
赤い点は点滅しながら、中央区の灰色の荒地から西区の大森林の方へ向かっている。ちょうど彼のベーススポットの方角だ。
「ん?」
菊池は何かの違和感を感じた、赤い点が動くそのスピードが少し早い。詳細を確認すると時速12キロという速度計算が画面へ表示される。
走っているのか? だが何故? 彼は依頼を終えてまだ、時間にも余裕があるはずだ。
念には念を押しておくか?
菊池はしばらく画面を見つめた後に、また前の女性に声をかけた。
「田島さん、自衛軍の巡回ルートの表も出す事出来る?」
探索者の仕事は他の人間の色々な仕事によって支えられていた。
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