反撃の時
それは一族の始まりに先祖が大森林から見出したもの。予言の試練に立ち向かう為の秘宝。一族を襲う[大敵]と対峙する時のみ、目覚めるものです。
滅びた灰ゴブリンの一族の精霊士 ウィルの言葉
目の前の地面が隆起する。ひび割れたその地面からまたうねうねと蠢く新しい木の根が生まれる。
気付けば俺の背中から圧力が消えていた。すぐに俺は飛び上がり、後ろの灰トカゲと向き合う。
「うお」
まただ。立ち上がった俺の足元の周りから地面を突き破り木の根が生える。
生き物のようにそれは伸びていき、俺の頭と同じぐらいまで伸びきるとうねり、その先端をぐっと曲げる。その先端の行き先は、俺の敵である灰トカゲだ。
同じようにまた地面に穴が空き、木の根が生える。合計5本の木の根が俺の足元から生えて複雑に成長しながら灰トカゲと相対する。
俺はこの光景を知っている、意思を持つ木の根、生きた木材で出来た住居。
灰ゴブリン。灰色の荒地を住処とする謎の多い怪物種。ヤツらの生きる為の力。先程命がけで殺し尽くしたヤツらが操る特別な力。
「なんで、急に」
理由は分からない。だが1つはっきりしているのはこの木の根は俺を害するものではない。うねりながらも5本の木の根の尖った先端は灰トカゲに向いている。
「熱!」
ポケットからまた火のような熱を感じる。すぐに中を弄ると、熱の原因はやはりこれだ。
「宝石…!」
最後に殺した灰ゴブリンが後生大事に持っていた緑の宝石。それがまた光輝きはじめた。不思議なことに手のひらに乗せると途端にその熱は治る。
まるでポケットに入れられているのを嫌がるかのような。まさかな。
俺はその宝石を左手で握りしめて、斧を構える。命拾いはしたが、状況はあまり変わっていない。
まずはこの灰トカゲを切り抜ける。
しかし斧を構えるも、足のスタンスが取れない。この縛られた足首をどうにかしなければ。
一閃。
ブチィ。
「え?」
俺が縛られた足首に注意を向けた瞬間だった。俺を囲むように生えていた木の根が1つがすごい勢いでしなったかと思うと、俺の足首を縛っていたそれを容易に貫き、両断した。
あなた一体なんの樹の根っこなの? 世界樹か何か?
あまりの出来事に言葉を失うが、すぐに気を取り直す。俺にとって一番大事なのは今回はこの木の根が味方らしいことだ。
「…ナイス。」
木の根に声をかけると、しなった木の根はまるで返事をするようにブルルと震え、またうねうねしながら灰トカゲへその切っ先を向ける。
こいつらもしかして、俺がある程度操れるのか?
灰トカゲは先程から甲高い唸り声と夥しい涎を垂らしこちらを威嚇し続けている。だがよく見るとじり、じりと後退しているのが分かる。
爬虫類の表情はよくわからないが、こいつ。
「お前、ビビってるな?」
恐らくそうだろう。食欲と狩猟本能のかたまりのこいつらが獲物を前に二の足を踏むのならそれは、危険を感じていることの他にないはずだ。
斧を構える。今度は本来の構えだ。
左足を前に出し、肩幅ほど右足を下げる。体を斜めに傾け斧を握る右腕は力を抜きぶらりと下げ、宝石を握る左拳を灰トカゲに向けて突き出す。
来い。
「シュュュュウ」
慎重な個体なのか、完全にビビっているのか。ヤツは一向に襲いかかっては来ない。一瞬このまま逃げる事も考えたが、灰トカゲの動くものに惹きつけられる習性を考えると得策とは言えない。
何より、ダンジョン酔いにより茹る脳が俺に囁く。
殺せと。
ヤツに殺されかけた。食われかけた。痛めつけられた。報いを、と。
灰トカゲに踏みつけられた時の恐怖と痛み、そして怒りが俺の脳内にスープのように混ざり満ちる。
そして決定的だったのは何故か、以前の仲間の顔も脳裏に浮かんだ事だ。坂田の顔をよく見ればあの鋭い目は眼前の灰トカゲに似ている気もしない事もない。
「決まりだな。」
俺の中で逃走ではなく、殺し合いが選ばれる。それはいとも簡単に。
灰トカゲとにらみ合う。ヤツは俺か揺らめく木の根か狙いをつけきれていないようだ。表情の変わらない顔面をキョロキョロと目まぐるしく動かす。
そして、不意にこちらから完全に目をそらした。それが合図となった。
俺が踏み込もうとしたその時だった。俺の足より先に動いたのは5本の木の根。
それが全て同時に灰トカゲへ槍のような勢いで伸びた。
しなるしなる。それは槍の鋭さと、鞭のしなやかさを持つ凶器だ。
灰トカゲは自らに襲い来る木の根から逃げるためその場を飛びのく。
一本目が躱される。空振り地面に突き刺さる。二本目の木の根が横から伸びて、跳んでいる最中の灰トカゲの胴を真横から貫いた。
「じゅアアアア」
悲鳴。空中に縫われたように木の根に貫かれた灰トカゲは悲鳴をあげながら逃れようと必死に手足をばたつかせる。それは虚しく空気を掻くばかりだ。
三本目と四本目が動けない灰トカゲにとどめとばかりに突き刺さる。上から胴体を、下からは喉元を。最後に五本目の木の根は叫びをあげるその口に突き刺さり、文字通り灰トカゲを串刺しにした。
時間にして2秒ほど。恐ろしい人類の捕食者はその命を絶たれた。戦いではなく一方的な狩りだった。
木の根から緑の血が伝う。その度に木の根はドクドクと胎動する。うわ、血を吸ってんのか?
割とショックの強い光景を見にしながら、俺はふと思った。
もし、あの時。灰ゴブリンの幼体と特異な個体と相対したあの時。ヤツらが混乱せずに闘っていたらどうなっていたのだろう。
強い幼体と、木の根を操る特異な個体の事を思い出しそれから空中に縫い付けられた灰トカゲに近づく。
その目はすでに白みがかかり、命が消えていた。
一歩間違えれば、あの灰ゴブリンの集落で俺もこうなっていたかも知れない。木の根に追い詰められ、抉られ、切り刻まれる。よくて即死。悪くて生きたまま食われただろう。
「恐ろしいな。これは」
これだけ騒いでほかの個体が出てこないと言うことはここは群れを作るタイプの個体ではなく、番いで暮らすタイプだったらしい。
灰トカゲの脅威は消えた、残りはアレだ。そして俺は巨岩の上にいるあの大きな耳そのものの化け物を睨みつける。
ソレもこちらを見下ろしている。俺もソレを見上げる。木の根が串刺しにしていた灰トカゲの体から一斉に抜け落ちて、掃除機のコンセントの自動巻き取りのような勢いで俺の足元に戻る。
手のひらの宝石がまた熱くなる。俺はその熱から逃げるのではなく強く握りしめる。
耳が巨岩から降り立った。
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