予言に立ち向かう輝き、もしくはある勇敢な灰ゴブリンの勘違いの結果、平凡なソロ探索者に渡った幸運
それでも貴方は生き残るべきだ。虫けらのように殺されようとしても貴方は諦めるべきではない
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灰色の砂ボコリの中から大口を開けて巨大なトカゲが突進してくる。
想像してくれ、爬虫類がダメな人なら手のひらサイズのヤモリが家の中で近づいてきても逃げ出したくなるのではないか?
爬虫類の素早い動きはなぜか俺たちを必要以上に怯えさせる。それは先祖がヤツらの餌だった時の記憶の名残りなのだろうか。
バタバタと忙しなく動く手足を見ているだけで恐怖感がどんどん溢れてくる。素面じゃあもう尻餅をついて命乞いをしている状態だろうな。
これだけはダンジョン酔いに感謝しないと。
俺はおぼつかない足元を少しでも安定させようと体を斜めに傾ける。斧を両手に下段で構えた。
膝だ。膝だろ? 膝に来い。膝、膝、膝、膝。
噛み付いて来い。今までの探索で探索者が灰トカゲに襲われる光景を何度か見たことがある。
ヤツらの人間の狩り方はワンパターンだ。膝をその強靭な咬合力を持って砕き動きを止める。地面に引き倒した後のしかかり首元をガブリ。
残念ながら新人探索者の死亡率ナンバーワンがこの灰トカゲだ。理由は簡単、単純に怖くて強い。
よだれを飛び散らしながらヤツが迫る。大口を開けて俺の右膝へ横から
「やっぱり膝アア!!」
大当たりだ。俺は下に構えていた斧を大きく開いたトカゲの口に打ちこむ。
突き刺さることはない。そのまま上に振り上げる!
「ジャアアア!」
思いもよらぬ反撃を受けたとばかりにヤツは後ずさる。柔らかい口内を抉ったつもりだが、なかなかうまく力が入れることができなかった。
驚かせただけか。
ヤツが口内から溢れ出るよだれに緑が混じる。絵の具のような濃い緑色。傷は負わせたみたいだ。
ヤツがこちらを睨みながら、俺を中心に時計回りにゆっくりと動く。
チャンスを伺ってるいるのだ。俺も斧をまた下に構える。
そして
猪突。
また
「ハイ!膝ア!」
「ジュオ!」
また膝だ。今度は下段から上段に振り上げ両手で斧を振り下ろす。遠心力がついたその一撃でも、弾力に富んだ皮と頑丈な頭骨に阻まれ脳みそまでは到達しない。
だが、その衝撃は効いたらしい。悲鳴のような弱々しい声を放ち、今度はかなり遠くまで灰トカゲは後退する。その動きも遅い。
脳みそが湯船に浸かっているような幸せな気分を唐突に感じる。
やばい、酔いが回った。
肉を打つ感触と、命の危険によるストレスがダンジョン酔いを加速させた。命の計算が軽くなり、倫理のタガが緩まる。
この感覚だけは抗いがたい。体を縮こませこちらを伺う灰トカゲ。頭の大きな傷から緑の血液が流れ始めている。
好機、殺せる。ヤツは2度の交じりで怯えが出ている。いつのまにかヤツの口から威嚇と興奮の証であるよだれが消えていた。
ふと、巨岩の上を見た。あの耳のばけものは俺たちの殺し合いを上から眺めていた。
なんだ、あれは。何をしてる?
俺はソレを目を細めて注目する。短い腕を交互に回して肩を抱きその大きな耳を上に、仰け反りそうに上を見上げていた。
よく見ると震えているようにも見える。悶えている?
「気持ち悪。」
アレの目的が分からない。何がしたいんだ?
俺がアレに一瞬注意を向けていた時。
「シャアアアアイ」
また灰トカゲが突進してくる。おっと、休ませてしまったか?
まあいい、また膝に来ー
ドンっ、
「かはっ」
背中をハンマーで殴られたような衝撃。反射的に右足を前に出し、踏ん張ろうとするも縛られているものにつっかりそのまま地面に倒れ伏す。
「がほっ」
あまりの勢いに腕で庇うことすらできない。肋骨のヒビが広がる。灼熱のような痛み。息が出来ない。
顔だけを後ろに動かすと、そこにはチロチロと舌を出す無傷の灰トカゲ。いつのまにか回り込まれていたようだ。
眼前には頭から血を流しつつ、また口を開ける灰トカゲ。今度は膝ではなく、倒れ伏している俺の顔面を狙うだろう。
もう距離がない。
「ぐえ」
おき上がろうと腕を踏ん張った瞬間地面に縫い付けられる。
背中に冗談では済まされない圧力を感じる。耳に届く空気をひっかくような爬虫類の威嚇音。
のしかかられたようだ。その太い足は運の悪い事に俺の胴体を踏みしめている。折れた肋骨に圧力がかかる。
体の中でそれが軋む音が響いた。
ばっ
「ああああいだあああ!」
肺から絶叫が放たれる。脳みそが全て痛みによって塗りつぶされる。
あまりの激痛の中視界に靄がかかる。視界に映るのは首を振り脚を振り上げながら口を開ける灰トカゲ。そして巨岩の上に佇み、悶えながらその瞬間を待つ大きな耳。
うなじで俺を踏みつけ抑える灰トカゲの吐息を感じる。生暖かいそれは今まで喰らってきた獲物の温度のように感じた。
え、俺、ここで終わり? まじで?
それ以外の感想が湧かない。残してきた人への思いとか仲間への遺言とか、未来への名残とか。
まあ仲間には捨てられていたか。
とにかくそんなことを考える間もなく、トカゲがその大きな大きな口を開けて、俺の頭に。
絶対痛い。いや待て。灰トカゲはコモドオオトカゲと違って口内毒やらはないはず。なら頭を噛まれても死ぬ事は死ぬ事は死ぬ事は。首に力を入れれば?、いやでもバイキンはあるだろ、あのどろどろの涎。
いや死ぬ、絶対痛い。
ちょっ、待っー
反射的に体は死を待つ。筋肉が収縮し、体が縮こまる。瞼は残酷な現実から目を隠す為に強く強く閉じられた。
痛みを待つ。
不思議な事に俺がいつまで待っても死と痛みはやってこなかった。
瞼が下ろした帳の中に差し込む光を俺は感じる。
それは黄緑色のように思える。
「眩しい…」
無意識に斧を握ったまま頭をおさえていたようだ。ゆっくりと薄目を開く。眩しさはすぐに消え。変わりに灰トカゲの恐ろしい顔面がすぐそこにあった。
しかし、それは剥製のようにピクリとも動かす静止していた。
大きく口を開けたその灰トカゲは動くことはない。もうその口を閉じることもない。
「なんだ、これ」
その下顎から上顎を貫かれている。縫われるように脳天を突き抜けた細長い茶色の杭のようなものに緑の血が滴る。
それは灰色の地面を突き破り、生えている
心臓の鼓動が肋骨に響く。俺は生きている。何が起こったんだ?
灰トカゲは地面から急に飛び出てきた木の根により下から脳天を貫かれて絶命していた。
どこかで見た事がある木の根だった。
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