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平凡なソロ探索者と勇敢な灰ゴブリン




それは退屈していた。



いいね、そうこなくっちゃあな。





ゆらりと立ち上がるヤツはまるで重い素材で作られた操り人形のようだ。


糸で空中から手繰られているように立ち上がる。



ヤツの瞳はまっすぐこちらを見つめる。金色の瞳が揺れながら燃え上がるように怪しく輝く。



「ギウ、ガアっ!」



短く吠えると、またこちらへ飛び込んでくる。



え? ノーダメージ? 嘘でしょ?



流石に先程のような鳥のような速さではない。


それでもヤツは体を屈め、筋肉をばねのように伸縮して襲いかかってくる。




タフだな。側頭部を蹴り脱いてやったはずなのに。




ヤツが俺に近づく。腕を伸ばせば届く距離。



リーチの差で俺の方が速い。


短く持った斧を右斜め、肩に食い込ませるよう振るう。


ヤツはいい反応をする。




金属と金属がぶつかり合い、お互いを削り合う硬い音が空気に広がる。




ヤツの右肩に食い込むはずの斧の刃は、すんでのところで肉厚の鉈に防がれた。



鍔迫り合いのように互いが、己の刃物を相手に届かせようと力を込める。



金色の瞳、あぶくのようなよだれの中に見え隠れする鋭い犬歯。隆起する灰色の筋肉。



見下ろすとそれらがすぐ近くにある。

鼻の中に混ざるのは動物園の匂いを凝縮した獣臭と、土の匂いが混ざった悪臭。


なるほど、幼体といえど間違いなくコイツは怪物だな。




「ギギギ、ギギギィ」



ヤツは両腕で支えている鉈で俺の斧を押しのけようとうめきながら力を込める。




ヤツの鉈が僅かに俺の斧を持ち上げようとする。力もなかなか強い。



だけど。



俺は斧を握っている()()に更に力を込め体重をそのまま乗せる。


持ち上がろうとした鉈がぐっと下に下がる。このままでも押し切れる自信がある。確実に勝てそうな腕相撲、あれの感覚と似ていた。





ヤツの金色の瞳の視線、注意は完全に鉈の刃の方を向いていた。



遊ばせている左手でピースサインを作る。これをどうするかって?


余所見をしたお前が悪い。



指に思っいきり力をこめ、突き指しないように第1関節、第2関節を固める。



隙だらけの右目をもらう。



手袋越しに柔らかく、それでいて芯があるものを感じた。

それに触れた瞬間


「アア!」


短い悲鳴と共にヤツがそこから後ずさる。すぐに逃げたせいか目玉を抉ることは出来なかった。




ヤツはそこからまたゆっくりと下がる。瞼で隠された右目からは青い血が流れる。


目潰しから飛びのく時に運良く血管を破くことができたのだろう。



感覚器官が鋭い生き物は、ひとたびそれを潰されると途端に動きの精彩を欠くことを今までの探索から知っている。






だが、残された左目から感じるのは怯えや、恐怖ではない。怒りと憎しみだ。





「強いな。お前。」





口から思った事がそのまま出てしまった。いかん、柄ではない。恥ずかしい。



元来、灰ゴブリンは集団で戦闘行動を行う生き物のはずだ。少なくとも現段階での調査ではそう結論づけられている。



しかし、コイツは幼体でありながら1匹で体格に優れる俺に襲いかかってきている。タフな個体だ。



ヤツは今度はすぐに飛びかかってこようとはしなかった。



二度目のやり合いで、俺が一筋縄で狩れる相手ではないと認識したのだろうか?





そうだといいんだがな。及び腰の獣ほど与し易い敵はいない。




俺は足元に目をやる。黒いビニール袋が灰色の砂にまみれている。




()()()()使()()()()()()()




いや、すぐに楽な方を取るのは俺の悪い癖だ。手傷を負っているのはヤツの方だし、それにそろそろバルタンがー





俺は意識をヤツから逸らしてしまってた。


幼体だったせいとか、ある程度手傷を負わせたとか色々原因はある。



眼前にヤツの鉈が迫っていた。




やばー



反射、


斧を翻し横に振り払う。狙うは俺の顔面を縦に真っ二つにしようと振られる鉈の腹!



ツィン!


透き通った音がやけに響く。火花が一瞬、空気に広がり、消える。それは消えかけの線香花火よりも儚い光。


顔に痛みはなく視界も割れてなんかない。



防げた。


横に薙いだ斧は縦に振られたヤツの鉈の腹を叩くことが出来た。


いや、今のはやばかった。本当に死んでいたかも知れない。


当然の事を俺は思い出す。

ほんのすこし、ほんのすこしだが忘れてしまっていたみたいだ。

今回の探索が現状まで慣れ親しんだ作業のように簡単にすすんでいた為だろうか。


ここでは、全てが命がけで生きようとしている。


命がけで殺さないと、殺される。



弾かれた鉈に引っ張られヤツは大きく体勢を崩している。


片目だけの金色の瞳がこれまで以上に大きく見開かれていた。




ここで終わらせる。


コイツを、殺す。




ヤツに肉薄して、体重を乗せた右膝をがら空きの鳩尾にぶつける。


「ゴオっ…」


縦にくの字になるようにヤツの体が曲がる。


くの字になったことで差し出されるように現れた後頭部を左手で掴み、力任せに振り回すような勢いで地面に、ヤツを叩きつけた。


受身を取れずにそのまま地面にぶつけられ、ヤツがまた短い悲鳴をあげる。カエルが潰されたらそんな声を出すんじゃないか?


灰ゴブリンはその筋肉質な体に比べて軽い。




顔面から地面に叩きつけられ、倒れるヤツの首元に斧を振りかぶる。



ヤツはそれでもすぐに立ち上がろうと腕で、体を起こそうとー




いや、もう遅い。


振り上げた右腕が握るはヤツの親、家族の血を吸った定価10万8200円のスウェーデン産薪割り片手斧。


それが振り下ろされるその時を悠然と待っていた。




肩に力を入れる。左足を僅かに踏み込み、その体重をそのまま乗せるように斧を振り下ろす。


狙うはヤツの剥き出しの首元。




ここで死ね。




手袋の中の手のひらが泡立つ。斧が肉を食い破る感覚がリフレインして、スイカが割れる音が耳孔に溢れる。



それから







カッ。



響いたのは、予想だにしていない音。


手のひらに帰るのは、予想だにしていない感覚。





灰色の大地に、新しい青い血が染み込む事はなく。




俺の斧はヤツの体を守るように唐突に現れた木の根に突き刺さっていた。











最後まで読んで頂きありがとうございます。

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