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エピローグ3 女の戦い

 



「す、すみません、突然……、えと、そのその病室って只人さーー、味山さんのいる856室ですか?」


 息を切らしながら、その女性、貴崎 鈴がアレタに話しかける。



 アレタが、ゆっくりと振り向く。同時にサングラスを目元に掛ける。


 夜闇の黒。煌めきの金。異なるものが向かい合う。


 綺麗で、可愛い子だ。アレタは貴崎を見て、単純な感想を抱いた。


 小さな顔に、アーモンド型の茶色な眼。小さなくちびるは同性のアレタでも少し触ってみたくなる。


 汗で濡れた手白いブラウス、これは確か、そう、制服。胸元がぐっと押し上げられていて、うっすらと水色の下着が透けている。


 隙の多い子なのか、それともそれに気付かない程急いでいたのか。どちらにせよ、豊かな胸元はアレタにとってあまり面白いものではなかった。


 一瞬脳裏に、ソフィの軽口が浮いて、消えた。



 そして、自分とは、頭二つ、いや三つほど小さな身長。



 味山 只人より少し、小さな身長。



 アレタがゆっくりと、歩幅一歩分、とびらの前方へ下がる。まるで、部屋のプレートを隠すように、まるでドアノブを庇うかのように。



「ええ、そうよ。ここは856番の病室で間違いないわ」



「あ、そうなんですね。良かった、間違えてなかった。あ、あの私、味山さんの班の仲間でして! その、お見舞いに来たんです!」


 目の前の女性、貴崎が息も途切れ途切れに、アレタへ話しかける。彼女は、アレタの声がどこか冷たいものになっている事に気がつかなかった。



「違うわ」



「へ?」



 貴崎が、その形の良い瞳をぱちりと瞬きする。リスに似ているかもとアレタは感じた。



()()()()()()()() () ()()() ()()()()()



「え、なんでそれを。というか私の名前……」


 貴崎の呼吸が徐々に整っていく。アレタはゆっくりと言葉を選びながら話を続けた。



「少し、彼の周り、来歴などの資料を揃えてもらったの。そこには以前の班員として貴女の名前があったわ。貴崎 鈴。日本で由緒正しい、未だに続く剣術を伝える家に生まれた才女」


「世界初の学生探索者の一期生でしょ? 知っているわ、有名だもの。あなた」



 アレタは、ソフィに揃えてもらった味山についての資料を思い出しながら話す。


 そこには、何故味山がたった一人で探索に赴いたかの全てが書かれていた。



 その内容は、アレタが一番毛嫌いするようなものでいて。思わずソフィから渡された資料を破り捨てでしまった程だ。


 もちろん、すごく怒られた。




「そ、そうなんですか…… いやあ、なんか恥ずかしいですね、えへ、えへへ」



「恥ずかしがる必要はないわ、別に褒めていないもの」



 はっきりと冷たいアレタの声に、貴崎の綻んだ顔が固まった。


 二人の周り、遠巻きに白衣のスタッフや、水色患者衣を着た者たちが眺めている。


 ただならぬ雰囲気を感じとったのだろうか。



「あ、そ、そうですか。ごめんなさい……、え、とそれでその、私、そのお見舞いに来たんですけど……」



「そうなの? ならタイミングが悪かったわ。()()()()()()()()()()() 起きたら貴女が来た事は伝えておくから、出直してくれないかしら?」



 一方的にアレタがそう、告げる。その場からぴくりとも動かずに。



「ウソ」



 貴崎の顔から、愛想笑いが、消えた。



「ウソです。貴女、ウソ言っています」



 固まった貌で、貴崎がそう呟く。


「私、見てました。貴女だって今から部屋に入ろうとしてたじゃないですか。なんで、そんなウソつくんですか?」



「貴女の見間違いでしょ? それに嘘なら貴女だって、よく彼の仲間なんて言えたものだわ。ゴミを捨てるように、彼を追い出したくせに」


 ふっ、とそこだけ空気が重くなる。お互い声を荒げていないのに、大きな気配が膨らんでいく。


「っ……。そもそもあなた誰なんですか? みたところ日本人じゃありませんよね、あの人と、味山さんとどんな関係なんですか?」


 貴崎が、一瞬口ごもりながらもアレタに言葉をぶつける。もうそこには、人当たりの良い表情はなかった。



「アジヤマ…… いえ、タダヒトとはそうね。命を預け合った仲よ」


「だから、なんですか。私だって彼と命を預け合って、ううん、彼を助けたこともあります。というか、結局あなた誰ですか? 早くそこ、どいてください」




 貴崎は一歩、踏み出した。


 そして止まった。



 何かが、貴崎の歩みを止めたのだ。それは彼女が幼少から受けてきた教育の賜物でもあった。



 これにこれ以上、近づいたらまずい。


 死線、今自分は、死線の真上にいる。貴崎は、そう感じた。


 夏の日差しによる体温の上昇を原因としない汗が一筋、貴崎の白い肌を、滑った。



「……あなた、何者ですか……」



 それでも、足を下げなかったのは貴崎の意地だ。意地で前を向き、目の前の金髪の女を見つめる。睨む。



 ゆっくりと、アレタがサングラスを取る。碧い目で目の前の黒髪の女性を見やる。



「まあ、いいわ。アタシだけが名前を知っているのは、フェアじゃないもの」


「アレタ・アシュフィールド、呼び方は、そうね。気軽にアシュフィールドって呼んでくれたら嬉しいわ」



「……っ! 指定探索者の!? なんで、なんであなたみたいな人が只人さんの病室に?」



「言ったでしょ? 彼とは命を預け合った仲だって。アタシは彼の命の恩人だけど、それと同時に彼もアタシの命の恩人でもあるの」



「その恩人にヒドイ事した人間の事を、警戒するのは当たり前でしょ? 今最も、上位に近い期待のホープさん」



 空気が縒れる。表層においてもバベル効果は世界に干渉する。異なる国、異なる人種、異なる言語を用いる二人は、なんの齟齬もなく言葉を交わす。


 それが、たとえ不和を招くものであってしてもバベル効果は働くのだ。




「くっ、あれは、私の知らない間にっ!」



「幼馴染の愚かなティーンがした事って言う気? あなたも分かってるでしょ? 原因は誰にあるのかぐらい」



「それにアタシが気に入らないのはそのあとよ。タダヒトを呼び出し、暴行を加えた愚かなティーン。でもこの事件、加害者がなぜかタダヒトになってるの」



「それは……」



「知っているでしょ? 事もあろうにタダヒトに暴行を加えた愚かなティーンは返り討ちに遭った。それも三人がかりでまとめてね」



「なんで、貴女その事まで……」



「指定探索者は貴女の想像もつかないぐらいの発言力を持ってるの。調べる事ぐらい簡単よ。アタシが気に入らないのは、三人がかりでのされた貴女の幼馴染が、日本支部の理事でもある自分のパパにお願いして事件を捻じ曲げた事」



 アレタが、貴崎を見つめる。左目を少し薄くしながら。


「それが、彼をソロ探索者に追いやった」



 アレタは、右のこぶしを固める。彼女の一番嫌いなやり方だ。


 自分勝手な行動。その後始末さえ人任せにして立場の弱いものが割りを食う。


 腐臭のする権力。身勝手な魂。いっそ怪物種になってくれさえすればいのいちに、槍で貫いてやるのに。


「そう、です。たしかに私たちは彼に酷い事をしました。止める事の出来なかった私も同罪です」


「そうね。貴女は結局、友人の愚行を止めれなかったものね」


「っ! だから、だからこそ私は彼に謝りたい! ごめんなさいって伝えたいんです! 貴女にそれを邪魔する権利はないはずです!」



 貴崎は、アレタに引かず叫ぶように話す。


 周りの誰も二人の話し合いに割り込む様子はなかった。


「謝って、どうするの?」


「え?」


「謝りたいんでしょ? で、それからどうするの?」



 貴崎は固まる。答えに詰まる。



「知っているわ。アタシ。貴女、あの事件以降もサカタ トキムネと班を組んでるわよね。それも彼が班長になった新しい班」


「それが、なんの関係があるんです……?」


「おおありよ。アタシは知らなかったけど、調べてもらったわ。学生の推薦組だけで構成された班、えーと、名前、名前は……忘れちゃった。でもその班、とても成績が良いらしいわね、あともう少し実績を積めば、班全員が上位探索者になるかもってぐらい」



「だから、それが!」



「だって貴女、タダヒトと仲間になるつもりないんでしょ?」



「そ、え?」


 貴崎が一歩、あとずさり。


「貴女はタダヒトと仲間に、いえ、班を組む気はないのでしょ? 本当に彼と元どおりになりたいのなら、ここに連れて来ないといけない人間が、たくさんいるでしょ?」



「……でも、それでも、私だけでも…」



「タダヒトでオナニーするのはやめて」


 遠巻きに眺めている聴取の何人かが噴き出した。


 貴崎はその白い顔を瞬く間に紅くして


「お、オナっ!? あなた何を!」


「だってそうでしょ? 多分だけど、タダヒトは貴女を許すわ。彼の事だもの。ケロっと貴女を許して、貴女はそれで安心するのでしょうね」


「それで、彼を残して貴女は強くて優秀な仲間と探索を進める、そして善人面してタダヒトとは個人的な友誼を続ける、違うかしら?」



 今度こそ、貴崎は声を失う。目の前が暗い。こんなに只人が近いのに、遠い。



 なんでだ。邪魔者がいるからだ。


 邪魔者は、誰だ。


 目の前のこの金髪女。


 バベルの大穴、表層、されど酔いが少し、回る。




「へんな事は考えない方がいいわ」



 途端に、貴崎の酔いが冷める。冷水を浴びせられたような、確かな殺気。


「貴女じゃあ、アタシには勝てない」



 そう、ただの女じゃない。自分よりも遥かに強き存在、世界有数のスター。指定探索者。


 だが、それでも。貴崎は諦めない。



「……それでも! あなたの言う通りだとしても! あなたに私を止める権利はないです! たしかに私はもう只人さんの仲間じゃない、確かにもう只人さんを傷つけた事は変えられない! でも、でもあなたは関係ないでしょ! 」



「あなただって、只人さんの仲間じゃない!」



「仲間よ? いや、正確にはこれからなるのだけれど」


 貴崎の心からの叫びをアレタはケロっとした顔で返す。


 あくびでもするかのような気軽さでアレタは話す。


「認めるわ、アタシ嘘ついた。今からタダヒトと会う予定だったの。これから先一緒に組みましょって」


「タダヒトにお願いするつもりなの」



 子供のように無邪気なウインク。貴崎は目を大きく、して、震える手でアレタを指差す。



「う、嘘、嘘だ。あなた、だって、アレタ・アシュフィールド……、指定探索者ですよね! 普通の探索者と班を組むなんて!」



 前例が、ない。それに探索者規定で決められている。指定探索者と班を組めるのは、上位探索者以上の探索者のみだ。


「只人さんが、あなたみたいな人についていける訳っーー、あっ」



 思わず口を抑える貴崎を、アレタはとても柔らかい微笑みで、母親が幼子の失敗を慈しむような、微笑みで。


「あなた、彼の事何も知らないのね」


「し、知っています! 彼の、只人さんの事だったら! たくさん、たくさんお話ししました!」


「そうなの? じゃあこれからはアタシが貴女の代わりにたくさんタダヒトと話すわ」


「む、無理です、指定探索者と探索者は班を組めない!」



 貴崎は、それでも食い下がる。自分が一歩後ずさったことには気づかない。



 ふふと、アレタが嗤う。愉快そうにその桜色の唇がら歪んだ。




「貴女、本当に何も知らないのね」



「な、何を」


「補佐官、いえ、彼は軍属ではないから。補佐探索者になるわね。指定探索者には、一人専属の探索における()()を指定する権利があるの」


「え?」


「アタシの友達も、一人助手をつけているわ。アタシもタダヒトをアタシの補佐探索者に指定するの」


 もちろん、彼がオーケーと言えばだけどね。とアレタが舌をぺろりとだして嗤う。



 貴崎の脳内はかつてないほど回転していた。力では、勝てない。そう、忘れていた。ある、指定探索者には確かに、その権利がある。


 何か。何か、何か。


 あっ。



「いや、違う、違います。アレタさん、貴女は間違えている」



「アシュフィールドって呼んでって言わなかった? ファストネームで呼ばないで。聞いてあげるわ、日本人」



 腕を組みながら、アレタは病室のドアに背を預ける。長身のしなやかなそのスタイルに良く似合う。映画のワンシーンのようだ。



「確かに、指定探索者は補佐を一人指名できる。でも! それは同じ国籍の探索者でなければならないはずです! 貴女はアメリカ国籍の探索者で、彼は私と同じ日本国籍の探索者です!」


 アレタの碧い目が大きく広げられた。細い唇は小さく、あっ。というつぶやきと共に、


 貴崎はもう、アレタを指差す事に躊躇いはない。


 目の前の金髪の女が始めて、その表情を驚愕に歪めた。


 貴崎は、それだけで満足していて。


「ふ、ふふふふっ」


 だから、最初貴崎はアレタが笑っている事にきづかなかった。悔しくて震えているかと勘違いしたほどだ。



「な、何笑っているんですか!? 何がおあしいんですか?」


「ンフっ、フフフフフフ。いや、ごめんなさい。確かに貴女の言う通りよ。そうね、確かにそんなルールあったわね。忘れてたわ。ソフィやアリーシャにまた怒られるところだったわ」


「思い出させてくれてありがとう。日本人」



「ま、負け惜しみならもっと素直にしてくださいよ、アメリカ人はみんな意地っ張りなのですか?」


 貴崎は、必死に笑顔を作りながらアレタに話す。


「ふふ、そうね。ルール、そんなのもあったわね」


「そうです! ルールです! だからあなたは只人さんと仲間になんてなれないんです!」



 だから。さあ。そこを退けと貴崎が更に気勢をあげようとしたその時、








「で、それがどうかしたの?」



「は、え?」



「そういうルールがあるのはわかったわ。で、それが何かアタシとタダヒトに何か影響があるの?」



 アレタが事もなげに、貴崎に語りかける。貴崎は分からない。アレタが何を言っているかが分からない。


「え、だから」



「アタシには、関係ないわ。そんなルール」


 言い放たれたその言葉。貴崎は気付いた。


 嘘では、ない。


 目の前の女は、アレタ・アシュフィールドは嘘をついていない。


 それだけはわかった。



「そんな凡人達が決めたルールが本当にアタシをしばれると思うの?」



 貴崎は一瞬、目の前の女の髪が輝いたような錯覚を受ける。


 一歩、アレタが前に進む。一歩貴崎が後ずさる。


「アタシはアレタ・アシュフィールド」


「"バベルの名付け親"、ソフィ・M・クラークでも、"怪物狩り"ルイス・ヴェーバーでも、"ザ・ファースト"の伊加利 為人でもない」



 一歩進み、一歩下がる。


 金色が黒色を押し下げていく。


「"52番目の星"アレタ・アシュフィールドなの」



()()()()()()()()()()()()()()()()只の探索者さん」


 また一歩、貴崎との距離が縮む。



「アタシはタダヒトを仲間にすると決めた。誰にも邪魔はさせない」


「貴女は、タダヒトを傷付けた。タダヒトが許してもアタシは許さない」



「アタシの仲間はアタシのモノよ」



「う、あ」


 二人の距離はゼロになる。


 美しい黒と金が混じる。


 アレタがゆっくりと貴崎の髪に手を伸ばす。



 貴崎は動けない。


 猛獣に至近距離にまで追い詰められた草食獣のように身体を固めていた。


「綺麗な黒い髪。きっと、タダヒト以外でも貴方を大事にしてくれるわ」


 残酷な一言。


 そして、貴崎の耳に、顔を寄せてアレタが呟く。



「彼のこと、捨ててくれてアリガト」



 貴崎 鈴はその場に崩れ落ちた。



 何も出来ない。屈辱。


 涙を流さないのは意地と訓練の賜物だった。幼少より受けた、連綿と受け継がれてきた武人を作る為の訓練が貴崎をこれ以上惨めにしないでくれていた。



「じゃあね、貴崎 鈴ちゃん。また今度タダヒトに会わせてあげる、アタシがいる時だけね」



 アレタは、こちらを見上げるように睨んでくる貴崎に微笑む。


 貴崎の眼に暗いものが宿る。


 ああ、この子はいい探索者になる。タダヒト、なかなかスミにおけないわね、と呑気な事を考えていた。



 その程度の暗さではいい探索者にはなれても、星の輝きを陰らせる事は出来ないから。



 ゆっくりと貴崎が立ち上がる。



 幽鬼のような身のこなし。それだけでアレタには分かる。長年、辛い訓練によって構成された身体。その身に宿る力を。


 貴崎の手がゆっくりと伸びる。アレタは動かない。



「何、これ」



 差し出されたそれ、紙袋を見てアレタは貴崎に問いかける。



「知らないんですか? ハニーバー、彼の()好物です」


「何も知らないんですね、()()()()()


 アレタがゆっくりと、その紙袋を受け取る。



()()()()()()()()()()アタシ、貴女の事嫌いだわ」


「奇遇ですね。私もあなたの事大っ嫌いになりました。でも、あなたのいう事、正しいです。だから、これで今日のところはこれで帰ります。恥知らずにはなれませんから」



 ずずっと貴崎は鼻をすすりながら、一歩ずつ、アレタから離れていく。



「私、貴女より凄い探索者になります。この屈辱は忘れません。絶対に貴女に同じ思いをしてもらいます」



 貴崎が、平坦な声で告げる。


 アレタはニヤリと笑い



「そう? 期待しないで待ってるわ。無理はしないでいいのよ」



「首を洗って待ってやがれ。です、只人さんに、よろしく」



 貴崎は、身を翻して、病室とは反対方向、きた道を戻り始めた。


 その瞳には、暗い、とても暗いものが宿る。彼女の幼馴染の坂田 時宗が見れば驚くだろう。その瞳に宿すものは、時たま味山 只人が宿すものと酷いほどに似ていた。



 貴崎が長い廊下を曲がり、その背中が見えなくなる。


 アレタは長い息を、吐く。


 言いすぎたかしら。ここまで言うつもりはなかったのだが。


 少し、冷静ではなかった。


 アレタは、病室の方を振り返る。防音性の扉と壁に包まれたその部屋にはおそらく声は聞こえていないだろう。



 アレタは手に握ったその紙袋を、一瞥して、それから一度手を緩めて、またしっかりと握り直す。


 その辺に捨てておこうかとも思ったが、なんとなくそれはフェアではない。フェアでないのはあまり好きじゃない。理由はそれだけだ。


 それにこれはタダヒトの好物らしいし、食べ物を粗末にするのはダメだ。


 パパに怒られて、ママには泣かれる。グランマには長い昔話をされて、妹にはまたあの冷めた目で見つめられる。


 それはダメだ。


 彼女は紙袋をもったまま、扉に近付く。


 ノックをしようとして、動きを止める。


 もう一度、一応。


 手鏡を取り出す。一応。チェック。少し笑ってみたりして。



 うん、へんなところはない。大丈夫。


 なんで、いちいちこんなにソワソワするのだろうか。アレタはそれが何故か分からない。


 分からないし、知らない。果たして病室にいる凡人ソロ探索者は自分の踊りの相手を務めてくれるのだろうか。


 それは分からないし、知らない。



 分からないから。探しに行こう。


 知らないから、(もと)めに行こう。


 それは彼女が探索者になった数ある理由のうちの一つだった。


 彼女はドアを叩いた。


 彼女と同じ、探し索める者である彼に会うために。



最後まで読んで頂きありがとうございます!

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[良い点] りんちゃん……初登場から負けヒロインな香りが…。
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