エピローグ2 アレタ・アシュフィールドの期待
それは、時代の変わり目に現れる
……………
〜★〜
楽しかった。
それが今回の救援任務に対する彼女の感想だった。
彼女は、アレタ・アシュフィールドは英雄だ。その功績から世界中に知られている。一般には"52番目の星"という名称と並んで、嵐を消し去った女、としても知られている。
彼女の持ち帰った特級の取得物。通称"遺物第2號 ストームルーラー"により、人類は天候の操作という神の偉業に手をかける事に成功したのだ。
彼女は、アレタ・アシュフィールドは英雄的な行動を好む。
それは彼女の人格形成の時期に両親から受けた影響や、合衆国の風土によるもの、探索者になる前、海兵隊に所属していたことなど様々な要因が絡み、醸成されて来た考えだった。
彼女にとって、誰かを救う事は当たり前の事であり、それが神より与えられた自分の役割なんだと理解していた。
そしていつしかその考えは、自分はその役割を果たし続けなければいけないという一種の強迫観念にも似た強すぎる想いに変わっていった。
彼女の同僚であり、友人でもあり、姉のようでもある存在、現在はアレタの専属のサポーターとなっている、アリーシャ・ブルームーンは、アレタ・アシュフィールドをこのように評していた。
ーーお前は誰もたどり着く事のできない高い塔の頂上でずぅっと独りで踊り続けているようだ。
ーー時たま、塔の下を覗き込み苦しんでいる人を助ける事もある。だが、お前は塔の下に降りる事は出来ない。誰かと共に在る事が出来ない。
ーーいつかお前と一緒に高く狭い塔の頂上で踊ってくれる奴が現れるといいな。
独りで踊る事を寂しいと思った事はない。共に踊ってくれなくても、自分を心配してくれる、怒ってくれるアリーシャがいる。
独りで高いところにいるのを悲しいと思った事はない。自分とステージは違えど、同じくらい高い所にいるソフィや、その他の指定探索者達がいる。
そして、自らが救けるべき命の危機の迫った探索者達は沢山いる。
自分には力があって、それを思う存分に振るえるステージがある。
自らが活躍すればするほど、居なくなってしまった父と母に見つけてもらいやすくなるはず。
迷ってしまった二人が、自分という光を目印に帰って来れるように。
アレタ・アシュフィールドの人生は、独りで踊り続ける為にあった。
たった、独りでーー
ーー待てよ、アメリカ人
「フフっ」
消毒液のツンとした匂いがアレタ・アシュフィールドの鼻を差す。
それでも彼女は顔を顰める事なく、むしろ緩く笑顔になりながら歩いていく。
白を基調とした長い通路を彼女が歩く。途中ですれ違う看護服姿のスタッフが、彼女を見ると立ち止まり、そのまま動かなくなる。
同じ様子の人間が、彼女の後ろに何人もいる。彼女が通路を進めば進むほど、男女問わず彼女に見惚れていく。
今日は私服。Uネックの灰色のシャツに膝より数センチ高い群青色のデニムパンツ。足元は軽そうな赤いスニーカー。
その特徴的な碧い目は暗いサングラスに包まれており、時たま金色の髪がそのサングラスに触れていた。
(なんで、皆こちらを見るのかしら)
いくら日本人街とはいえ、ここは探索者の街。世界で一番グローバル化が進んでいる場所なのに。
そんなに珍しいものなのかしら、と彼女は考えながら歩き続ける。
長い脚が、不思議な感覚で前に進んでいく。少し日に焼けて、赤くなっているがそれでも脚は眩しい程に白かった。
周りの人間は、まるでランウェイを歩くモデルを眺めているかのようにずっと彼女を見続けていた。
(サングラスをつけているから、ばれてはないのだと思うのだけれど)
一応彼女はこれでも変装しているつもりだった。
味山 只人が日本人街の医療施設に移送される事前にソフィ・M・クラークから連絡があった為、自分のアメリカ区域での調整を早めに終わらせた彼女は、彼に会う為にここへやって来ていた。
あれから、二週間が経った。
アレタが目を覚ましたのが一週間前。常人では保たないオーバードーズの副作用により、一週間もの間、眠り続けてしまった。
目を覚ました瞬間の、アリーシャ・ブルームーンとソフィ・M・クラークの顔はしばらく忘れられそうに、ない。
あれほどまでに人間は喜びから怒りへと感情をシフトチェンジできるものなのか。
あの二人には、しばらく頭が上がらない。また約束を破ってしまったのだから。
小さく、息を吐きながら彼女が足を止める。
856番とプレートが下げられたとびらの前だ。
(ソフィが言っていたのはここね)
あれから、あの日本人ーー、いやアジヤマ タダヒトとは会っていない。何せお互い医療センターに救急搬送されて、そのまま眠りこけていたのだ。アジヤマに関してはつい昨日、目を覚ましたばかりと聞く。
(一応、面会許可は組合からとっているのだけど)
彼女は尻ポケットから手鏡を取り出して、前髪を手でいじる。
相変わらず癖のつよい猫っ毛だが、ママと同じモノだ。きちんと整えたら大丈夫。
一応、サングラスを外して顔も確認。うん、パパ譲りの碧い目。何も問題ない。
……らしくないわ。
どこか彼女は胸の辺りにムズムズしたものを感じながらノックしようと長い腕を伸ばしーー
「あ、あの!」
突然、背後から掛けられた声によりその腕を止めた。
彼女が、声の方を振り向くと、そこには息を切らして両膝に手をついて喘ぐひとりの女性がいた。
その手にはトートバックのような紙袋がぶら下げられている。
黒い、夜闇を水に溶かして作ったような髪が、目の前の女性の汗ばんだ白い肌に僅かにはりついている。
アレタは、彼女の事を知っていた。
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