凡人ソロ探索者は、狩りを終わらせるようです
*ぐ、あああああああああ!?!!?*
「う、ああああ、ぎ、ああああおあ!?!!」
二種類の悲鳴が、耳に響く。
俺の声と"腕"の声。女性の機械音声のような奇怪な叫びが響く。
頭の中が痛みで染まる。ああ、ああ、ああああ
くそ! くそ!
やっちまった、やっちまったぞ! クソが!
うつ伏せのまま、右腕に感覚が戻って来た。灼けるような熱さ、そして遅れてやってくる激痛。
一斉に伸びた三本の木の根が、俺の右腕を肘の辺りから一閃。
肘から先の右腕が斬り飛ばされた勢いで、俺の目の前に転がっている。
*き、貴様、気が狂っているのか!*
「うるせえ、正気でこんな事するわけがないだろうが」
ぐわん、ぐわん、と頭が痛みで揺れる。みるみる間に斬り飛んだ、右肘の辺りから血が噴き出る。
ああ、死ぬ、まじで死ぬ。
だが、あともう少し、あともう少しだ。
「樹心、限界、脚を縛る木の根を弾け……!」
俺の背後で、新たなる木の根が生まれる。翻る。
「痛っ!」
俺の両足、ふくらはぎを貫き地面に縫い付けていた"腕"の木の根を、俺の木の根が斬りとばす。
動ける。
「う、おおおお」
左手のみを支えとし、体中の力を掻き集める。
木の根が食い込んだままの両足が痛む。力を入れる事が出来ない。頼む、酔いよ。今だけでいい。
痛みを誤魔化せ、俺を騙してくれ。闘うから。死ぬまで闘い続けてやるから。
立て。寝転がったままでは闘う事は出来ない。
「立、てええええ!」
ぐっと、力を入れる。腹筋に力を入れ、痛む脚を踏ん張る。左手を搔くように動かし、前のめりになりながらも、立ち上がる。
血が、肘の断面から滴り落ちる。大草原がまた少し、紅く染まる。
*無駄な、事を、犬死するだけだ*
「やかましい、お前の思い通りにさえならなければそれでいい」
*馬鹿が*
地面から唐突に、木の根が生える。俺じゃない!
ヤツだ、ヤツの木の根。それが寝転ぶ彼女に伸びる。
させるかよ。
左手に、力を込める。俺の力、俺の特別。故も知らぬ場所から力が流れ込む。
「樹心限界、彼女を守れ! 包め!」
俺の背後に寝転ぶアシュフィールドの周りから木の根が生える。それは瞬く間にトンネルのような形を為し、アシュフィールドを包み込む。
かっ、かっ、かっ。木に杭を打ち込むような硬い音が連続して鳴る。
*それは私の力だ! 盗人が! 似ているだけの貴様が、私の許可なくその力を扱うな!*
「何言ってるか、わからんな。それに盗人はお互い様だ。人様の右腕にめちゃくちゃしやがって」
木の繭。寝転ぶ彼女を包む、揺かご。
寝とけ、そこでぐっすり寝ていてくれ。
「最後まで付き合ってもらうぞ。どうやらお前、俺の樹心限界までは奪えなかったみたいだな」
*愚かな…… 我が力を使うだけでなく。まだ抗うか。その出血を放置すれば、貴様は死ぬぞ*
「だろうな。で、それが何かお前と関係あるのか?」
*貴様……*
「"腕"、お前は何も分かっちゃあいない。俺はもう決めたんだ」
「今日、俺が生き残れたのは確かにお前と、お前の翡翠のおかげだ。アレがなければ今、俺はここに立っていない」
*それが分かっているなら、何故私に逆らう?*
「お前が、俺の敵だからだよ。小賢しく恐ろしい化け物」
*下等な人間風情が……*
「その台詞いかにも三下っぽくて、似合ってるぜ。"耳"に負けた負け犬が」
そう、俺はもう決めた。こいつは駄目だ。もう、敵だ。
敵は必ず、滅ぼしてやる。
*……貴様の身体は、とても馴染んだのだがな。仕方ない、貴様はもう、要らない*
*死ね、お前は死ぬべき存在だ*
「それを決めるのはお前じゃない、化け物」
頭の中で、重く響く声に応える。
この声が聞こえるということはまだと"腕"は繋がっているという事か?
今、一番やばいのは右腕のように、こいつに身体のコントロールを奪われる事が一番やばい。
脚のコントロールを奪われてみろ、脚まで斬り飛ばさないといけなくな……る?
……まてよ、それなら何故アイツはあの時……。
ヤツの木の根に貫かれた脚の痛みが徐々に、薄靄に紛れるように薄くなっていく。酔いが、回ってきた。
試す価値はある。だが、予想が外れた場合、もしかしたら問答無用で俺は……
いや、もう迷う暇はない。肘を心臓の位置より高く上げてたたずむ。
それでも、湧き水のように肘の断面から血が溢れ続ける。
命の残量が、減って行く。
迷う時間は、ない。
実行するだけだ。
酔いが、回る。気持ちがいい。やるか。
「おい、"腕"」
*どうした、命乞いでもする気になったか? 地面に這い蹲り、私にその力を、奇跡の業を返し、女を引き渡せば考えてやらんでもないぞ。私の右腕を貴様につけてやろう。血を止めてやるぞ*
長い声が響く。急に饒舌になったな。まったく化け物もこんな風に喋ることが出来るのか。
ろくでもない一日だぜ。マジで。
「違う、違う。こうして、右腕を斬り飛ばして血が流れるの見てたらよ、ふと思い出したんだよ」
*なに?*
「いや、少し思い出してよお。右腕を耳に引き抜かれた時、お前相当情けない声出してたなってよおー」
*……*
「なんだったけ? お前に身体を奪われかけてたからあんま覚えてないけどよおー、確かえーと」
*貴様、ふざけーー*
「やめてくえええええええええええ、てお前叫んでたよな笑」
「ふっ、ふふふ。くええ、てお前、どんだけビビってたんだよ。しかも、お前そのすぐ後引っ込んで出てこなくなったよな笑、おま笑、それはないだろ笑」
「で、何より笑えるのが笑、耳が死んで、アシュフィールドが寝た後に、大物ヅラしてでてくるし笑。なんかもう、残念過ぎる笑」
「はあ」
「笑ったぜ、小物が」
*殺す*
顔中の毛穴が広がる。汗が噴き出る。
くる!
斬り飛ばした右腕、地面に打ち捨てられた肘から先の俺の右腕が蠢く。その断面から木の根を生やし、俺の右腕、いや"腕"がその場に立つ。
現代アートにこんなのがありそうだ。歪に歪んだ五本の指、断面から生えた木の根がまるでクラゲの触手のようにその腕を支えている。
右腕が、パチンと指を鳴らす。ヤツの周りから木の根が生える。捻れながら生えるその木の根。
そう、木の根。
三本の、木の根。
ふ、ふふふふ。予想通りだ。
"腕"が俺を殺すために生んだ木の根が、しなる。
その切っ先は、槍のように尖る。それは瞬く間に俺の肉に突立ち、臓腑をかき混ぜ、俺を殺すだろう。
とても恐ろしい、その力を前にして、俺は、俺は笑顔を隠せない。
「そうか、やっぱり、そうだったんだな」
予想通りだ。
勝てる、これなら俺は、"腕"を殺せる。
「樹心、限界」
敵は、俺の目の前。
背後にはすやすや眠る、英雄が一人。
眠る英雄を狙うは、俺の右腕に宿った小賢しく恐ろしい化け物。
前方、約、五メートル。超至近。形態、肘から先の根を生やした"右腕"。
目標、"腕"の化け物。
*死ね、人間*
「お前が死ね、化け物」
木の根が、翻る。目で見てももはや、捉える事の出来ないその速度。
見るのではない、感じるんだ。
俺の顔面を、木の根が狙う。右眼を貫こうと伸びるヤツの木の根を、俺の木の根が絡めて受け止める。
一本目。
気づけば、真上から垂直に降下してくる木の根。俺の脳天を貫かんと、重力を味方に落ちて来る。俺の足元から木の根が真上に昇る。よく似た鋭い切っ先が同士が空中でぶつかり合い、潰れる。
二本目。
木の根が、砕け、樹皮が散り、粉が舞う。
ヤツの三本目が、鞭のようにしなり、横薙ぎに伸びる。
そのうちに秘めるエネルギー。直撃すれば俺の胴体と脚は横から真っ二つに泣き別れるだろう。
死が振るわれる。食らえば、死ぬ。
だが今更だ。今まで一度だって、食らっていい攻撃などなかった。
いつも死に飛び込んで、俺は生き残ってきた。
「遅い!」
反射的にその場にしゃがみこむ、左手を支えに地面に置く。俺の髪の毛をヤツの木の根が薙いだ。刀で切り払われたように、髪の毛が飛ぶ。
勝った。
左手に、力を込める。
お前の知らない、お前の力。
英雄の為に俺が作り出した、異質な力。
「生まれろ、木の槍よ」
左手が触れた地面が、割れる。今までで一番の精製速度。
左手に生まれた木の槍を掴む。酔いは、既に俺の身体から痛覚を隠してくれていた。
右足で、地面を、蹴る。しゃがんだ態勢でヤツに一気に肉薄した。
俺は、英雄ではない。この木の槍を投げつけ、砲のように扱うなど天地がひっくり返っても出来ないだろう。
槍の投擲で、優雅に舞うように闘う事は出来ない。
だが
*なっ!?*
槍を掴み、野蛮に突き刺して殺す事は、出来る。
左手に掴む、槍を思い切り振りかぶり、そのまま、ぶち込む。
*やめっーー*
掲げるように、広がる手のひら、狙うはその中心。
吸血鬼の心臓に杭を打ち込むかのごとく、殺意を握りこむ。
「死ぃいねええ!」
どんっ。
右腕の手のひら。その中心に槍が立った。
*がっ、あ……*
「弱いな、"耳"なら、躱していたぜ」
そのまま、万力のごとく力を込める。えぐれた横腹血が溢れる。右肘の断面から血が溢れる。魂が流れ落ちて行く。
だが、関係ない。
そのまま槍を地面に突き立て右腕を押し倒し地面に縫い付ける。
バタバタと陸に揚げられた魚のように暴れる右腕を、靴底にこびりついたガムを地面になすりつけるように踏みにじる。
*が、き、貴様、私に、偉大なる、其の……偉大なる私にぃぃ、何を!*
*殺す、殺してやる! 貴様の臓腑をえぐり出し、その目をくりぬいてやる!*
「いいや、お前には出来ない。予想通りだった」
*なに*
「賭けたんだ。根拠もない、予想に、俺は賭けた」
*だから! 貴様何を!*
「お前、結局俺の右腕しか操れなかったんだろ。奪えなかったんだろう」
そのまま、槍を更に深く地面に突き立てる。
*ぎゃっ…… 貴様が、貴様如きが*
「気になってんだ。お前に意識や右腕を奪われたり、お前の声が頭に響いたり。そういえば俺の口をお前が無理やり動かしたりもしていたよな」
「お前に、俺の全てが奪われるのが一番まずかったんだ。操られて自害でもされてみろ。それをされたら、なあ、終わりだろう?」
*ふ、はは、ははは。当然だ。貴様如き、人間……。繰るものでもある私からすれば操るなど造作もなーー、ぎゃっ!」
頭に響く声を黙らせるため、足で右腕を蹴りつける。
「黙れ。調子に乗るな。でも思ったんだ。俺を操れるのなら何故最初からそうしないんだろうってな。なんで右腕だけなんだ、とか色々考えたんだよ」
「お前は、俺の足止めをする時もわざわざ木の根で、足を痛めつけた。俺の身体を操れるんなら、そんな事しなくてもいいよな」
「でも、それでもまだ確信には至らなかった。恥知らずのお前の事だ。俺を痛めつける意味でわざと操らなかった、その可能性も捨て切る事が出来なかった」
*浅い、考えだ……! おい、人間、今なら許してやる! 貴様の言った通りだ! 私は貴様と同調している! その気になればお前の身体を操り、自害させる事もできるのだ!*
*だから、早くこの槍を抜け! そして許しを乞えば殺さないでやる!*
*私は"腕" 貴様をいつでも縊り殺せる事ができるのだぞ!*
「嘘だな」
槍を更に地面に突き立て、グリグリと回転しながら押し付ける。
*が、いぎぁあああ! き、貴様、死にたいのか!*
「言っただろう。予想通りだと。お前に俺を操る事は出来ない。お前はあれだけ俺を殺そうとしていたのに、わざわざ木の根を使ったんだ」
*な*
「プライドだけは高いお前が。人間風情にあれだけ舐められていたのに、わざわざ木の根を使って殺そうとしたんだぜ」
「馬鹿でも分かる、お前は、俺を操れない。俺の命に、お前の腕が届く事はないんだ」
*貴様! 貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様!*
「それでも、お前が俺を操れるのなら、ほら今しかないぞ。やってみろ、腕の化け物」
槍を握る左手に決意を込める。
*ぐ、ああ。離せ、離せ、離せえええ*
「出来ないのなら、死ぬしかないな。弱く愚かな、化け物風情」
*ぐ、うううう。木の根共! 我が業の眷属よ! ヤツを殺ーー
「樹心限界、穿て」
地面に縫い付けた、右腕。"腕を囲むように円形に木の根が八本、現れる。
*待っーー!!*
どじゅり。一斉に木の根が、獲物を貪るハイエナのように右腕に向かい刺さる。
ドズッ、ドズッ、ドズッ、どじゅ、ドズッ、ずじゅ
右腕の手のひらが隠れるほどに、木の根が右腕を貫き、穿つ。
*あ、ぎゃあ、やめて、やめて!*
「命乞いをしろ、許しを乞え、地面に這いつくばれ」
*す、する! するから! するから! やめっ!*
「どちらにせよ、お前は殺すがな」
槍を思い切り、引き抜く。獲物の肉を奪い合う肉食獣の群れの如く、木の根達があらゆる方向に右腕を引っ張り合う。
*やめ、ちぎれ*
「死ね」
*や*
ぶちり。
木の根に縫い付けられた手のひらが手首の辺りからちぎれた。
左手に感じる、確かな感触。命を殺す感覚。
頭の中に、ヤツの断末魔が響く事はなかった。
腕の化け物。駆除完了。
そして、
「あ、もう無理」
視界が急激に暗くなり、足から力が抜ける。
左手から槍が抜け落ちる。
ばたり、という音だけが耳に聞こえる。胸のあたりに圧迫感と僅かな痛み。
鼻腔に、青臭い草花の匂いに混じり、鉄錆の匂いが張り付く。
消えかけのろうそくのような体力を頼りに、這い蹲ったままもがくように、動く。
あ、居た。
木の繭、それがゆっくりほどきかけている。
安らかに響く、彼女の寝息が耳を撫でる。
アシュフィールドが、生きている。ざまあみろ。やってやったぜ。
凡人には上出来だろう。俺、よく頑張ったよな。
彼女に這い寄る。動くたびに身体から血が、命が流れる。
死ぬ、死ぬ、死ぬ。
でも、殺してやった。俺が狩ったんだ。それで満足だ。
もし、次があるのなら、そうだな。今度は一人じゃないのがいいな。うん。
「ソロは、きついわ」
身体から、チョロチョロと血が流る音が響いていた。
それに混じり、何か違和感を感じる音が。
なんだ、この音は。
がざがさと、草花を掻き分ける音。
その音が、近づいて来る。
もう、動けないのに。何かが、俺に近づいてくる。
最後まで読んで頂きありがとうございます!