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凡人ソロ探索者は小賢しく恐ろしい怪物と決着をつけるようです

 


「な、に」


 右腕の電源が落とされた。即座にそう感じた。


 なんだ、これは。


 右腕が急に他人のものになったようだーー


 この感覚を俺は


「知っている」


 右腕を見る。肩からぶらりと下がる右腕。本当に、指一本、ぴくりとも動かない。


 右肩より先、もはや俺のものではない。



 こんな事ができる存在を俺は知っている。


 こんな事ができる存在は一つしかいない。




「今更、俺になんの用だ」


 言葉を紡ぐ。ゆっくりと立ち上がり誰に話しかけるわけでもなく口を開く。


「"腕"」


 *私の名前を気軽に呼ぶな*



 幽谷の底から、死臭と共に吹き付けるようなその冷たい声が俺の頭の中に響く。


「そりゃ、悪かった。気を悪くしたのなら謝るよ。で、これはなんの真似だ?」



 "腕" 俺に力を与えた奇妙な存在。あの耳となんらかの関わりを持つ、正体不明の存在。


 右腕を、奪う。こんな事こいつ以外にできるわけがない。



 *貴様の右腕は、私が貰った*



「は、お前に右腕をやるとか一言でも言った覚えはないぞ」


 一方的な"腕"の物言いに、頭皮の毛穴が開く。なんだ、こいつ。何を言っているんだ。


 酔いが、落ち着き初めていた心をかき混ぜ乱し始める。


 *貴様の意思は関係ない。代償を払え。奇跡には代償が必要なのだ*



「いきなりすぎるだろ、代償はいいが確認もなしにそれを奪い取るってのは、あれだな。お前も所詮は、義理も何も知らない化け物ってことか?」



 *口だけはよく動く人間だ。誰のおかげで生き残れたと思っている?


「お前こそ、誰のおかげであの耳に勝てたと思っているんだ?」



 頭の中に響く声が、静かになる。右腕からは相変わらず何の感覚も帰ってこない。


 こいつは一体何をしようとしているんだ?



 *……人間風情が。私と対等のような口を聞くな*


「その風情の身体を掠めとろうとして失敗したアホがいるんだが、誰だか知りたくないか?」


 右腕の感覚を奪われた。それだけでこんなにも心を乱されている。ヤツの言葉の一つ一つが、ムカついてしょうがない。



 ダンジョンに風が吹く。また更に風が強くなり始めていた。いま、一体何分経った? あとどれくらいで救援は来る?



 ヤツの声は、聞こえない。"腕"に口で負ける気はしない。コイツは人を脅すような言い方しか出来ない。


 口論は二流もいいところだ。


 だが。



 どくん、どくん。不安が胸の鼓動を歪に、強くしていく。


 正体不明の存在に、右腕の感覚を奪われた。


 嫌な予感しか、しない。


 もともと"腕"のことを俺は味方だとは思っていなかった。言うなれば、敵の敵。俺たちはお互いがその敵の敵という関係だったんだ。


 しまった。もっと、もっと警戒するべきだった。もっと考えておくべきだった。



 耳が死んだ。もはや、"腕"を止める楔はない。


 コイツはーー


 *約定は終えた。しかして我等の狩りは未だ終わらず*



 *イレギュラーは、除かなければならない*



 右腕が、勝手に動いた。ビクビクとまるで中に何か生き物がいるんのように不気味に振動している。


「お前っ、何を!」



 *言っただろう。まだ狩るべき存在が、生きている*



 やめろ、黙れ。それ以上ーー



 *お前のすぐそばで、まだ狩るべき存在が生きている*


 *"耳"を葬る事ができる人間などいていいわけがない。



 *金色の、光の再現者に、死を*




 コイツの狙いは俺じゃない!


 彼女だ、アレタ・アシュフィールド!



 つまり。



 ーーコイツは、俺の敵だ!




 右腕が、おかしい。ぐ、くそ。止まれとまれとまれとまれとまれ!


 右腕の五本指それらが歪に歪んでいく。ぼきりぼきり。まるで一本、一本指を折られていくような音が体の中で響く。



 怖いのは、痛みが、ない。



「あ、あああああああ!!」



 俺の右腕が、変わっていく。


 手の甲の血管が、浮き出たと思うと、薄い皮膚を突き破り這い出てくる。毒虫が肉を食い破るように、しなりながら現れる太い血管。


 それらが瞬時に変わっていく。



「これは!?」


 血管が、一緒で細い木の根に変わった。俺の身体から木の根が生えてきたのだ。



 ーーまずい!



 反射的に俺は、その場から離れるために飛び出るように走り始める。



 ダメだ! アシュフィールドから離れなければならない!





 *遅い*



「がっ…あ!」



 走り始めようと前傾になった瞬間だった。そのまま俺は前のめりに倒れこむ。


 顎をそのまま強く、地面に打ち付ける。しかしそれよりも強い痛みが、俺の下半身から。


 俺の両足のふくらはぎに、一瞬の熱。熱いと思った瞬間に、電撃を流されたような激痛が昇ってきた、



「おま、ふざけるなよ、まじで」




 ショックだぜ。味方だと思ってたのによ。


 木の根が、唐突に地面から生えた木の根が俺の両足のふくらはぎを貫いていた。


 幸か不幸か、骨を真正面から貫かれたわけではない。だが、向こう脛を裏から傷付けられた。


 くそまじばか。スーパー激痛だ。



「うでぇえ、てめえ、ぶっ殺してやる」



 地を這いながら、叫ぶ。くそ、なんで、今更こんな目に合わないといけないんだ。



 くそ!



 叫びながら、少しでもアシュフィールドから遠くへ。まずい、まずいまずいまずい。



 "腕"と深く繋がっている今なら、分かる。


 感覚のない右腕、歪に変化していく右腕。



 "腕"は、俺の右腕で彼女をーー



 *貴様の右腕ではない。私の右腕だ*



「黙れええええ!」




 あ。


 右腕が、湧く。


 これは、あの時。ヤツに身体を奪われた時と同じ。


 右腕の肘、関節部分の肌を突き破り、まろび出る。鋭利に尖った、俺の血に濡れる木の根。



 槍の鋭さ。鞭のしなやかさを兼ね備えた木の根が、俺の右腕から現出する。



 *狩りを終わらせよう*



「ふっざけるなぁぁあ!」


 うつ伏せの俺、右腕の肘から触手のように伸びる木の根が一気に伸びる。俺のすぐ背後にいるアシュフィールドをその切っ先が狙う。



「このクソボケ!」



 右腕はもう役に立たない。


 立ち上がる事も両足を木の根に貫かれ、まきつかれているために出来ない。


 左腕、左腕は動く!



 身体、脚以外は動く!


 *何を!*



 右腕から伸びる木の根を左腕で掴む。


 スイばり、いや、木の樹皮の棘が手のひらに突き立つ。


 *無駄な事を*


 木の根の伸縮は止まらない。左手のひらの皮膚をこそぎ取りながら木の根は伸び続けーー



「いや、これでいい」


 根元を抑える。左手のひらの皮膚が剥げ、血がこぼれ落ちる。赤みの肉、痛覚むき出しの肉が更に木の根に削られる。



 だが、関係ない。



「オラぁ!!」


 そのまま、動く。寝返りを打つように勢いよく横に。


 根元を掴んだままうつ伏せの上半身を丸め込む。身体を捻った為に木の根が食い込んだ脚に、更に深くそれが食い込む。


 木の根の土台、



 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「ぐ、ううう!」


 * 貴様!*


 木の根の軌道が変わる。しまい込んだ横腹を掠めた木の根がぶれる。



 は、ははは。


「やっば。俺」



 俺の肉を削った木の根が、土台ごと揺り動かされたそれが地面に突き立つ。身体を丸めたまま、後ろを確認する。


 寝転がるアシュフィールドの頭、三つ分ほど外れた場所に木の根が突き立つ。


 ギリギリ、これでもギリギリか。


 そして、狙いはやはりーー


 *貴様、正気か?*



 しまい込んだ左腹、内臓は傷ついていないが、皮膚と肉をいくらか。


 ぼたたたと、血が流れる。



 は、何回目だよ。クソ。今日一日、どれだけ血流したんだ。


 痛みが、次第に薄れていく。視界が狭まり、恐怖が和らいでいく。


 ああ、お前は今日一日、いつも一緒にいてくれたな。


 それは、命の危機とともにやってくる。人を探索者へと変えていく。ダンジョンからの祝福にして、呪い。



 酔いが、回ってくる。気のせいかもしれないが流血も少し収まって来た、そうだといいな。


 さて、このくそったれな状況をどうしてくれようか。


「アシュフィールド!! 起きろ! 逃げろ!! アシュフィールド!!」



 ……反応はない。スヤスヤかよ。


 アシュフィールドの話と、彼女の友達、電話の向こうの相手の話からして、あの眠りはただの睡眠ではないのだろう。


 彼女は起きない。このままでは、彼女が殺されてしまう。


 どうすればいい。


 右腕は奪われ、脚は封じられた。左腕は動く。


 ……!


 身体の内側から熱を感じる。



 手札はまだある。



 酔いが、この状況を解決するたった一つの冴えたやり方を導く。




 *諦めろ、人間。貴様と私は同調している。もう貴様にできることはない。私の力なしでは何も出来ない、ただ、似ているだけの只のちっぽけな人間の貴様ではな*



 声が頭に響く。



「……そうだな、お前の言う通りかもしれないな」


 *ならば……*


「だけど、お前の言う通りにだけは、思い通りにはさせない」


「ムカつくんだよ、お前」


 覚悟は終わらせた。とっくに終わらせている……!


「後は、実行するだけだ」



 *何をーー*



 お前と話す事はもうない。


 "腕"は既に俺の敵だ。


 ()()()()()()()()()()



 地面に手のひらをつける。皮膚が剥げている分、大地を、世界を身近に感じた。


「敵は許さない。俺の邪魔をするヤツは絶対に殺す」



「恐怖は、ここで殺す」




 名前を呼ぶ。


 灰ゴブリン狩りから得た俺の取得物、"腕"から奪った俺の、俺だけの力。



 *これは……! 人間⁉︎ やめーー*



 うるせえ。お前の言うことなぞ何一つ聴く事はない。



「樹心限界!」



「この、邪魔臭い右"腕"を斬り飛ばせ!」




 世界に干渉する、異質の力。地面から瞬時に伸びる、その先を尖らせた木の根。



 三本のそれが、生まれる。その根を払おうと右腕から伸びた木の根が地面から抜け、こちらに伸びる。



遅い、遅すぎる。



俺の木の根が、一斉に翻る。空気が裂ける、ヒュンという音。


 *やめっ*


「やれ」



 一瞬の熱。右腕からそれを感じた。



 激痛、昇る痛み。魂がもげそうだ。



最後まで読んで頂きありがとうございます!

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こんなだから腕なのに耳に腕を奪われたんやろな
[一言] 溢れる『腕』の小物臭
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