勇敢な灰ゴブリンの勘違いの結果ー1
灰ゴブリンの住居はそれぞれ役割を持っている、寝床用、食料の貯蔵用、武器の作成用など多岐に渡る。
また一部の集落では住居のどこかに地下室への隠し穴があることがある。
外敵が近づくと、幼体や戦闘能力のない個体はそこで身を隠す習性がある。
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何も見えない。
何も匂わない。
彼が幼い頃から頼りにしていた自分の瞳と鼻は今やなんの役にも立たないものになっていた。
視界を白く染める煙が地下の礼拝所に瞬く間に広がる。
呼吸をした途端鼻に焼け付くような痛みを感じた。
「嫌だぁ!、もう嫌だあ!」
白く染まった視界のどこかから弟の悲鳴が聞こえる。
「ゴホっ、落ち着けクルメク!、声を上げるな!」
これは敵の襲撃だ。
彼はそう確信した。
追い込んだ獲物を一網打尽にする為の罠ら。
自分達も狩りを行うときにするやり方ではないかと彼は結論付ける。
ならば敵の狙いは自分達をこの地下室で追い詰めるつもりに違いない。
「ここへいてはダメだ! 母様!、ラプチャを連れて一番頑丈な貯蔵部屋へ上がれ!、クルメク!2人についていけ!、決して扉を開けるな!」
父親に戦いの才能を授けられ、それを磨いていた彼は現状の打開策を家族に伝える。
先手を取られた時点で、彼らが取れる行動は限られている。
(この煙を生んだ道具は真上の隠し穴から落ちてきた。つまり俺たちの寝室部屋は既に敵に侵入されているはずだ。)
彼は冷静に状況を分析して、貯蔵住居への隠し穴を一直線に目指す。
白い煙は重たく、依然として部屋を閉ざしていたが構造は全て覚えていた。
………
部屋が煙に満たされている。
息子の怒号が聞こえる。ああ、あの人が怒った時と同じね。
と彼女は呑気なことを考えていた。
煙が部屋に満ちていく。
彼女はぼうっと立ち尽くしたままだ。
一体自分は先程何をした?
勇敢な息子が一族を侮辱した精霊に対し、果敢に問答を投げかけた時、精霊士である自分は何をしていた?
何もしていない。
自分が守るべき、精霊に怯える心の優しい末の息子を強引に押し退け地面に突き飛ばし、まだ立つことも出来ないかよわい娘を投げ捨てた。
そしてした事と言えば、惨めに怯えながらはいつくばることしかできなかった。
いやしなかったのだ。
彼女の下唇から青い血が一筋流れる。鋭い犬歯で噛み切ってしまったようだ。
無意識に行う瞬きを繰り返し、深く息を吸い込む。
「ガァ!」
喉が焼け付く痛みで、彼女は我に帰った。今は感傷に浸っている場合ではない。
足元で小さく泣く娘を抱き上げようと近づく。
その顔に涙が溢れているのは、この臭い煙のせいだけでは決してないのだろう。
涙で固まった表情の娘を抱き上げると、ビクっと震えた。彼女が抱きしめた後も微かに震え続ける。
娘が煙を必要以上吸い込まないようにその小さい口を手で覆う。
掌にも小さな振動を感じる。
その震えの原因はきっと、この煙のせいではないことが何より彼女には辛かった。
それでも彼女は隠し穴のほうへ歩みを進める。
族長である夫は常に最悪のケースを考えて色々な訓練を家族にも課していた。
おかげで家族全員がこの部屋の、構造を熟知していた。
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