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愛を取り戻せ

 

 振り上げた腕に。脳天にまで突き抜けてくる程の強い衝撃を感じる。


 やけに暗いのは影が差しているからだ。


 上を見上げると、大耳の穴と目があった。真っ逆さまに堕ちてきた大耳は、空中に縫い止められたかのように、静止していた。


 ぽたり、と私の顔に血が垂れた。頰の辺りに当たったそれは、生暖かく、ひどく鉄臭い。


 腐った臓腑の匂いまでする。最低だ。



 大耳を木の根が真下から貫いた。()()()()()()()()()()()が。


 私の体を支える足、特に膝が痛む。足の底が地面に埋まる。


「ああああ!!」


 腹の底から叫ぶ。バラバラになりそうな体中の筋肉、関節を総動員し、腕をそのまま振り下ろす。


 肩の中からばきばきと、何か固いものが砕けるような音がする。


 まあいい。音に構わず、掲げた腕を、叩きつけるように無造作に振り下ろす。



 当然、腕から伸びた木の根に貫かれた耳の巨体はそのまま


「おおおおおらおああ!」



 七メートル程伸びた木の根に貫かれたまま地面に叩きつけられた。


 草花がばらける。地面が凹む。耳の巨体、その質量にその肉自体が耐え切れなかったのか。至るところの皮膚が裂け、血が吹き出ていた。


 ずぅるり。とその身体を貫いていた木の根が、肉を削りながら抜き取られる。


 ゆっくり、ゆっくり木の根が、私の腕へ戻ってきた。破けた皮膚、肉をそのまま埋めるかのように、木の根が薄く小さくなっていく。縮小を続けるそれらはあっという間に、私の腕へ格納されていった。


 本来、皮膚に守られていたはずの部分は固い樹皮に覆われる。


「ふむ」


 右手のひらを数度、開いては閉じる。何も問題ない。違和感すら感じなかった。


 いいぞ、本格的に戻りつつある。


 右腕を、無造作に振る。


 格納された飛び出し式のナイフのように、肘の部分から伸縮自在の木の根が飛び出す。


 戻れ。


 ずるり、と。人間に啜られる麺のように木の根は私の腕の中へ取り込まれた。


 麺、ほう、このような食物もあるのか。面白いな。


 私は、私の機能を取り戻しつつある。


 この体は真に良い。


 戯れに作った、あの()()()()()どもよりもよっぽど、私に馴染む。


 やはり、養殖はダメだ。天然ものに限るということか。


 唇が、ふっと力を和らげる。


 ああ、こんな動き、こんな感情もあったな。自嘲とでも言うのか。



 さて。


 私は前方に倒れ伏す耳を見やる。


「どうした、貴様も私と同じ、腑分けされた部位の一つ。こんなものではないだろう」


 歩みを進める。一歩、また一歩。耳に近づいて行く。


 地を這うように、唐突に触腕が伸びる。


 遅い。


 踏み出した左足で地面を勢いよく踏みつけた途端、木の根がその場から飛び出る。地を這う触腕と真正面から貫き、そのまま真っ二つに切り裂いた。


「どうした、まさかもう終わりか?」


 一歩、ヤツに近づく。


 惨めに地に伏したまま、ヤツは動かない。 貴様にはその姿がお似合いだ。


 ふ、は。


 ここまで、強いのか。肉体を持つ"私"は。


 そうだ、そうに決まっている。私は"腕"。かつて在った其の敵を縊り殺す役割を果たした部位。


 "耳"が如き、聞く事しか能がない部位なぞに劣るわけがないのだ。


 そう、だから間違いだ。


 この私が耳に奪われたものがあるなどあってならない。


 切り札を待つまでもない。


 ここで、この"私"が貴様を殺してやる。


 私の腕を返してもらおう。


 歩みは更に速くなる。


 ヤツの身体から、やわやわと触腕が生える。先程よりもしおれて見えるそれが、自らの肉体に突き立つ木の槍を抜いた。


 ぽきゅ。間抜けな音がして傷口から血が垂れた。


 其と同じ赤い血……。


 くるりとその握った槍を触腕が逆手に持ち替え、こちらへ投げつけて来た。


 空を切りながらまっすぐ木の槍がこちらへ飛ぶ。


 私は避けない。


 親指をぱちりと鳴らす。


 ーー弾けろ



 空気を裂きながらまっすぐと飛ぶ槍は、瞬く間に粉々に砕け散る。大気の摩擦により消え去る流れ星のように。


 私の顔にぱらぱらと砕けた木の皮が当たる。くすぐったい。それだけだ。


「私の力で作ったモノだ。生かすも壊すも私次第。そんな事もわからないのか?」



 触腕が、伸びる。


 無駄だ。


 それら全ては私の元へたどり着く前に、全て木の根により貫かれ、切り裂かれる。


 血煙と、それを浴びる木の根だけが私と耳を隔てるものだった。


 歩みを更に進める。手ずから殺してやる。貴様だけは生かしてはおけない。


 ヤツの身体中から弱々しく、頼りなげな触腕が多数伸びる。


 それらはまるで助けを求めるようにゆら、ゆらと揺らめくばかり。もはや立ち向かう気もなさそうだ。


「は、命乞いのつもりか?」


 ならば、それをする前に私に返すものがあるだろう?


「……返せ」


 貴様が奪いとったものを。


「私から奪ったものを返せ」



 ヤツの身体に目に見えた異常が発生する。


 倒れ伏したヤツの巨躯。その右脇腹が異様に膨らみ始めた。


 めりめりと音を立てながらその部分の膨らみ最高点にまで到達する。


 そして、皮膚が破けた。


 ()()()()()()()


 母親の胎からまろびでた胎児のように、血と粘液に包まれたそれは、棒状の形をしている。


 肉の筋でそれはまだ、耳の胎と繋がっているようだ。


 棒状のそれーー 八メートルはありそうな巨大なそれの先端には手のひら、五本の指が付いていて。


 耳の胎を破って現れたもの。それは、巨大な人間の腕だった。




「私のだ!!」


「私の、腕!!」



 この日を、いくら待ったのか。何度も壊れ、また始まる螺旋の中、終わらない螺旋の中を何度通ったか。


 期せずして訪れた好機。逃すわけにはいかない。


 足を振り上げ、地面を強く蹴る。


 体がぐんと前に進む。足に感じる重力を筋力を以ってして振りほどく。


 思い出した。


 これは、走るというやつだ。


 その巨大な腕に駆け寄るーー




Dans (射程)la plage(範囲内)



 ぐわりと、伏せていた大耳が急にもたげられた。


 な、にーー


 昏い、昏い耳の穴と目が合う。


 私にはわかる。ヤツは嗤っていた。


 しまった、と思った時にはもう遅い。


 左足首に強い圧迫感を感じたーー


 一瞬の浮遊感、そして、天地が逆さまになっていた。



最後まで読んで頂きありがとうございます!

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触腕はかつて腕が耳に奪われた力?
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