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殺しの技



ああ、なかなかね。


????

 

 化け物の脇、向こう側に彼女の金色の髪が翻った。既にその手には新たなる槍が見える。



 化け物を中心に、彼女が時計回りに立ち回る。


 彼女が走りながら槍を投げつける。上半身のブレなどまったくなく、その動きは全てが最適化されているように見えた。


 投げる、駆ける。投げる。


 彼女が槍をその手から投げ放つ。投げた途端に次の槍を地面から引き抜く。


 それらの動作を全て走りながら、流れるように行う。化け物の身体に、一本、また一本と槍が突き刺さっていく。


 彼女がどこを駆けようとも木の槍は、在る。槍の突き立つ大地は今や彼女のキルゾーンと化していた。


 身動きの取れない化け物は、体から触腕を伸ばし、彼女を狙う。その悉くを俺が木の根を伸ばし叩き落とす。


 これは役割だ。彼女が攻めて、俺が守る。これが、ようやく形に出来た耳の化け物の狩り。


「あ、ア、ア、アアアアアア!!」


 化け物の大耳が吠える。それは苦悶の叫びではないだろう。


 ミシィ、ミシィ。


 空気を震わす音がする。ヤツの身体を下から貫いている木の杭が軋む。


 まずい、そろそろ保たない。タコ紐で縛ったチャーシューのようにヤツの身体を押さえつけている木の根も、今にも千切れそうだった。


 彼女が、位置を変えながら槍を投げ続ける。繰り返し、繰り返し。


 地面に突き立つ槍を引き抜く。引き抜いた勢いを、そのまま右手を大きく振りかぶり、左足を前に。その華奢な腰がねじれる。見た目からは想像も出来ないエネルギーが凝縮されているのだろう事が迷彩服の皺からうかがえる。


 捻れた腰から背中に、そして肩甲骨を伝い、槍を持つ右手に力が溜まる。解放の時を迎えた槍は、一気に解き放たれるように彼女の手から射出される。


 空気を、世界を穿ちながら槍が放たれる。その槍をつかもうと触腕が伸びる。



 ブっ。


 にぶい、水音。触腕を掻き潰し、槍はその軌道のまま飛ぶ。


 刹那の後、化け物の肉に槍が食い込んだ。肌色の体表色に朱が混じる。ヤツの身体から血が流れる。


 ド。


 同じ場所にもう一本の槍が当たり前のように突き立つ。彼女は槍を二本、携えているのだ。同じ場所に連続して投擲される槍は確実に化け物の身体に傷を創り出していた。


 彼女が、既に次の槍を引き抜いていた。


 化け物が更に触腕を増やす。すかさず木の根を生成し、その全てを叩き落とそうと伸ばす。


 木の根と触腕が交差する。弾かれた触腕が軌道を変えながらも、木の根の迎撃を抜けた。


「やばっ!」


 地を這うように、槍の間を縫うようにその触腕が彼女に迫る。


 間に合え!


 木の根を、一本生やして、伸びる触腕を狙う。



 間に合わない。


 まずい。


 脳裏に彼女が触腕に捉えられるシーンが浮かびーー



 すぐにそれはうち消された。



 彼女はその場で短く跳ぶ。ただ跳んだのではない、どうやってやったかはわからないが、横に、回転しながら錐揉み状に跳んだ。


 その手には槍が携えられている。錐揉み状に跳んだ、彼女の真下を触腕が通過した。



 彼女は、槍を回転する勢いそのまま、真下を通過する触腕にたたきつけた。触腕を貫き、地面に突き刺さった槍が楔のように彼女の回転を止める。


 その反動で、彼女はその場から弾けるように飛び退いた。地面に二度ほどバウンドしたのち転がりながらはね起きる。



 すげえ。何食ったらあんな事出来るようになんだよ。


 既に彼女はまた地面から無造作に槍を引き抜き、投擲の姿勢に入っていた。


 様々な角度、場所から投げ放たれるその槍は確実に化け物の肉を散らしていく。太古の人間による獣狩り。集団で行われるべきそれを、人間離れした技により彼女は一人で再現していく。


 敵の攻撃の当たらない中距離での、間接戦闘。獣に膂力では敵うはずもない人間が、どのようにして生態系の頂点に立つ事になったのか。その答えが、俺の目の前にあった。


 彼女は、それを体現していく。


 過去に繰り広げられた獣狩りは、現代の魔物狩りにも通ずる。


 狩れる。


 槍の大地に、耳の化け物が一体。そして探索者が二人。


 ここで、殺す。必ず殺す。


 左手に力を込める。木の根を更に増やす。自分の指先が一気に増えたような奇怪な感覚。それを手繰るように動かす。


 狙うは、あの化け物の醜い触腕。その全てを木の根て落とす。


 時計回りに回る彼女が、俺の目の前を通過した。一瞬の交差、バラけた金髪に血が混じる。額がいつのまにか割れていてその白い肌に赤いラインが入っていた。


 ゾッとするような、血生臭い美しさ。その美が俺の方を一瞬見やる。



 艶めかしく唇が動いた。声はなく。


 酔いにより、研がれた五感がその動きに意味を見出した。


 た の し い



 彼女はきっと、そう言った。


 ああ、やっぱり、探索者にまともな人間なんて一人もいない。



 その事がなぜか、とても嬉しかった。



 彼女が俺の目の前を去る。耳の触腕が上方から彼女を追う。地面を抉るだけで、彼女を捉えることは出来ない。


 見ろ、耳の化け物の身体にもはや無事な箇所はなく。


 しかし、まだ槍の残量は尽きない。


 尽きぬ事のない槍。槍の大地に、英雄は舞う。



 大耳に、とん、とん。


 槍が二つ投げ入れられた。


 大耳の巨体は仰け反ることはできない。木の杭はその身を軋ませながらも未だ、化け物の身体をその場に留めており、木の根も上から巨体を縛り、押さえつけていた。


 死ね、死ね、死ね。


 ここで、死ね。



 また一本、新たなる槍が化け物の肉体を侵す。


 その一本が刺さった瞬間に、それは起きた。


 場を塗りつぶすような音が、響く。


 サイレンのような、人の叫びのような。耳ではなく胸に溜まるようなそんな音。


 耳の化け物の、大耳が高く、高く、掲げられていた。






最後まで読んで頂きありがとうございます!

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