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侵食

 

 左手の甲の皮膚が湧く。鳥肌が限界まで開いて今にも破れそうだ。


 目を軽く瞑る。瞼の裏側には見慣れた闇が広がる。映像など流れるはずもない。


 出来る。自分に言い聞かせるように心の中だけで呟く。この力は出来る、出来るに決まっている。


 イメージだ。彼女の言う沢山の槍をイメージしろ。作りは少々雑でもいい。使えて殺せればいいはずだ。ならば切っ先は鋭く、肉に食い込むようにある程度の重量で。


 作るのは最強の一本の槍ではない。それなりに使える無数の槍だ。消費前提、使い捨て、それで上等。


 イメージを膨らませる。槍、多数の槍、振るうは英雄、狩るべきは異形の耳の化け物。地面から無数に生えてくる槍を彼女が次から次へと使い潰していくその光景を想像する。


 墓標のように地面に立つ、木の槍。その作りは粗雑かつ野蛮。切っ先は全て斜めにカットされているかのような簡単な作り。竹槍のようなものだ。


「出来る」



 更に左手に力を込める。思わず地面の草花をむしり取った。


 閉じられた瞼の中に、ある光景が出来上がった。


 広い広い草原の中をひとりの人間が歩いている。その人間の周りの地面には墓標のように棒状のものが無数に生え出ている。


 人間が歩きながらおもむろに側に生えているその棒状のもの、槍を掴み、無造作に引き抜いた。片方の手で槍を掴むと、同じように空いているもう片方の手でも槍を引き抜く。


 ふた振りの槍を人間が引きずりながら歩いていく。墓標のような無数の槍が突き刺さる草原を、ずっと一人で歩いていく。



「これだ」


 ぱちり、目を開く。イメージは完了した。地面に手をついたまま前を向く。



 金色の髪が、煌めく。彼女が跳び、回り、かたむく。その度に海面が光を反射するときと似たような光がきらり、きらりと現れては消える。


 目の前では彼女が死と踊り続けている。時間稼ぎ、彼女はしっかりと仕事をやり遂げたくれた。


 次は俺の番だ。


 左手の手のひら、その目に見えない小さな汗腺一つ一つから汗以外のものが滲み出るかのような奇妙な感覚。俺の中にある何かが身体の内側から漏れ始める。


 その漏れた何かは、世界に干渉し始める。魔法か、奇跡か、それとも呪いか。


 常識ではない力、超常の技。凡人たる俺の唯一の武器。


 準備は終わった。



「始めてくれ」


 つぶやきが、ぽつりと。それは誰に聞かせる為のものだったのだろう。


 それが合図だった。



 ニョッキ。


 目の前から本当にそんな音が聞こえたと思う。すぐほんのちょっと先の地面が割れて木の根が、捻れずに真っ直ぐ生えた。


 一個生えればあとは簡単だ。二つ、三つ。土や草花を割って木の根、木の槍が生える。すでに切っ先は斜めにカットされ、槍として成形されている。


 生成の速度も段違いだ。土から生える勢いがあまりにも強い、ロケットのように飛び出すその木の槍はそのまま地面から飛んで行かないのが不思議なほどだ。


「おわっ!」


 頰の辺りに唐突に湿った、それでいてザラザラとしたものが降りかかる。土だ。すぐ右手で生まれた木の槍のあまりの勢いに土が飛沫のように巻き上げられたのだ。


 右手で頰をこすり土を払う。肌になすりつけられた湿った土の芳醇な匂いが鼻腔に満ちる。


 同じような光景が辺りで連続して起き始めていた。


 ばしゅっ、ばしゅ、ばしゅ。


 槍が生まれる度に土の飛沫、それに混じる草花を根ごと撒き散らす。


 武器が、生まれる。大地に傷をつけ、草花の命を文字通り根こそぎ弾き飛ばしながら。


 巻き上がる土はまるで大地の血液で、飛び散る草花は大地の肉のようだ。人は何かを成し遂げるためならば他を犠牲にする事を厭わない。


 まあ、そんなもんだ。俺は、それでいい。


 あの化け物を殺せるのなら、それでいい。


 胸の中に重く、熱い激情が生まれていくのを感じる。新たなる力の始まりに、酔いが呼応する。胸の中で生まれたその雷雲のような感情は胸から首へ、首から頭まで一気に駆け巡る。


 目にもの見せてやる。



 昏い決意がぼうっと胸に灯るのを感じた。そして同時に()()()()()()



「うっ、ぐっ」


 思わず呻きが漏れる。なんだ、これは。身体の中心から何かが膨らんでいるような違和感。内臓か、血管か、筋肉か、あるいはその全てか。とにかく何かが急に膨張を始めたような、やばい感じだ……!


 どこかにこの膨らみ続ける何かを逃さなければならない。あれか、自爆出来るような生き物がいるのならこんな気持ちになるんじゃあないか?


 俺はそのまま地面には這い蹲りそうになるのを必死に堪える。粘性の高い脂汗が額から垂れ、顔の輪郭にそって唇を掠めた。



 その感覚は膨らみ続ける。そして臨界点はすぐにやってきた。このままでは何かやばい。


 左手に嫌が応にも力が入る。不思議だ。まるで痺れているかのように左手からの感触がない。


 膨らむような荒れ狂う情動も左手にだけはまったく感じずにいてーー



 ここだ。



 俺はその感触のない左手に意識を集中させる。指先の更に先に力をこめるようなイメージで。


 正解だった。身体の内側で膨らむ違和感が急にしぼんでいく。同時に身体中を流れる血流の感覚を感じた。


 それと一緒に何かが流れていく。その膨らんだ力は血とともに流れていく。


 向かう先は、左手?



 頭で考えるより先に口を広げていた。それから大きく息を吸って。



「避けろ!! 跳べ!!」



 彼女へ向けて叫ぶ。肺が裂けても構わないとばかりに。


 同時に起きたそれは、爆発にも似ていた。




 地震が起きたのかと錯覚するようにあしもとが一度大きく横揺れ。思わず態勢を崩す。


 崩れた視界に映るのは、声に反応してくれたのだろう、大きくその場で助走もなしに四メートル程跳び上がった彼女と、彼女のいた地面を突き破るように生まれる長い、長い、木の杭だった。


 大人二人分の胴ほどの太さがある木の杭が唐突に生まれる、あとコンマ一秒彼女が跳ぶのが遅ければどうなっていたのだろう。


 そして爆発のような勢いで地面が割れ、土が吹き出る。


 土と草花のシャワーを撒き散らせつつ木の槍が何本も何本も何本も一斉に生まれる。オセロがひっくり返るような勢いで緑のカーペットが瞬く間に、めくれ上がる。


 生まれるのは槍、あっという間に辺りは同時に生えた槍で埋め尽くされた。


 溢れる、力が左手を通して溢れる。コントロールしないと、やばい……!


 槍と同時に制御しきれず、巨大な木の杭も生成されている。地面を砕きながら現れるそれは非常にまずい。どこに生えてくるかわからない。


「うお!」


 俺のすぐ脇から木の杭が唐突に生まれた。思わず弾き飛ばされるように俺はその場から飛び退く。


 先端が潰れているそれは杭ですらない、出来損ないの木の塊みたいだ。


 木の槍の大量生成は止まらない。それはまさに侵食。バベルの大穴の環境を蝕み、変えて行く。


「やばいな、これ」



 改めて己の力の異質さに思わずぼやく。これは、少なくとも平時に扱っていい力ではない。個人が持つべきではない力だ。


 だが。


 今の俺にはこれは必要なものだ。


 態勢を整え、視線を前に。


 前方、約十数メートル先にはヤツがいる。恐ろしい化け物。耳の怪物。滅ぼさなければならない最悪の敵にして最強の獲物。


 今日という一日の最大の試練がそこにいる。ヤツに常識は意味をなさない。清く正しい力はヤツの前には紙切れほどの価値もない。


 目には目を。化け物には化け物を。理外には理外を。


 この力はヤツを殺す為の必要悪のようなものなのかも知れない。


 だとしたなら。この力のコントロール方法はある。



「あいつだ。耳を狙え!」



 槍の生成に突如規則性が生まれた。爆発するかのように無秩序に生成され続けていた木が一斉に耳の化け物へ殺到する。


 ヤツを囲むかのように地面を砕き、槍が杭が生まれる。


 耳は威嚇するかのようにその体から複数の触腕を伸ばし掲げる。意思を持たない木の槍にはそんなものは関係ない。



 そして耳の化け物直下のが割れて、



「ぶちかませ」


 一層太く巨大な木の杭が、二本、耳の化け物の長い巨体を下から突き上げた。


 巨体が浮く。その身に半ば突き刺さった木の杭は深く肉を抉っていた。


「はあっ、はあっ、はあ、はあ」



 急に息が切れ始める。呼吸に血の匂いが混じる。百メートルを一気に走り抜けたような感覚。


 いつのまにかあの溢れそうな力はなく。


 俺はゆっくりと立ち上がった。


「イメージ通り、か」


 広がる光景は、彼女に要求され俺が想像したイメージの通り。


 草原に墓標が広がる。それは弔う為のものではなく、殺す為の道具だ。


 一面に広がる、地に突き立つ槍。


 目の前で木の杭に体を抉られた化け物が蠢く。知ってるさ、どうせ大して効いてないんだろう?


 だけど、これで準備は完了した。


 耳の化け物、ここがお前の墓場だ。




「いい仕事だったわ。日本人」


 不意に、俺の頭上から声が降りかかる。


 そうら、耳よ。


 お前の死神が舞い降りたぞ。






最後まで読んで頂きありがとうございます!

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