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物語の終わり


あなたは貴方になってもならなくてもいいの。


いずれ必ず会えるのだから


????

 


 学生の頃好きだった女の子がダンス部に所属していたんだ。彼女の気を惹こうと一時期ダンスについて勉強した時期がある。


 踊りの中には古来より、神々への供物として伝えられてきたものが多く存在する。


 面白いことに世界中、遠く離れた地域、異なる文化の場所においても種類は違えど踊りという芸術は存在している。


 生活の中や、儀式、祝いの行事、形態は様々だがたしかにそれは人々の暮らしの中に昔から在ったものだった。


 踊りにはテーマが有る。それは時に悲劇を、喜劇を、衝撃を表現するものだ。


 そしてそのテーマの中には、いわゆる神話の再現を題材にしたものもたくさんある。日本で言えば神楽の演目、スサノオのヤマタノオロチ退治とかな。


 今、わかった。


 世界中に神話の、神々の、英雄達の戦いの物語が踊りとして受け継がれてきた理由が。


 きっと、それらは過去に本当に起きた事実だったんだ。源頼光の妖退治も、ヘラクレスによるヒュドラ狩りも。


 どこかの誰かが本当に起きたその戦いを記録する為に踊りは生まれたんだろう。


 なんでそう思うかって?


 今、俺の目の前でまさに神話の戦いが行われているからだよ。


 英雄と化け物は確かに今、ここにいる。


 たった一本の木の槍を携えて俺の目の前で英雄が舞い、踊る。


 横に縦に下に上に。万物に適用されるべきはずの重力も彼女にだけは手が届いていないのだろうか? 飛び、退がり、しゃがみ、跳ねて、また飛ぶ。


 彼女の踊りの相手が空気を裂く。


 跳ねる彼女を捉えようと化け物の無数の触腕が伸びる。手のひらの形をしたもの、先端が尖ったもの。様々の形、様々な軌道、共通するのはそのどれもが必殺の威力を秘めている事だろう。


 彼女が舞うは、決死のダンス、それは神楽でもあり、ワルツでもあり、タンゴでもある。


 うわ、伸ばされた触腕を足場にして飛びやがった。どんな運動神経と反射神経してやがんだ。



 彼女は言った。時間を稼ぐと。誰のためだと言えば俺の為だろう。英雄が俺の為に時間を稼ぐといったのだ。



 やるべき事をやらなければならない。彼女が時間を稼ぐと言ったのだ。恐らく彼女は自分の言った事を必ず守るだろう。たとえその為に命を落とす事になろうとも。


 時間は有限だ。目の前、十メートル先では死が形となって存在している。


 一秒すら惜しい。英雄の輝きが化け物を留めている内にやり遂げなければいけない。


 秒を刻め。思考を重くそれでいて周囲に気を張り巡らせろ。簡単だ。サラリーマン時代、繁忙期に培った休憩時間を少しでも長く感じ、五分の睡眠を三十分の睡眠の満足度と同じぐらいに引き延ばす感覚。


 あれを思い出せ。命のやり取りの最中だ。恐らく安全に時間を稼いでもらえるのは二分もない。



 彼女はなんと言った? 槍が足りない、そう言った。あれを殺すにもっと沢山の槍が必要だと。


 俺が木の根を操りヤツの肉を抉るのと、彼女が木の槍を握りヤツの肉を穿つのでは化け物の反応がまるで違う。赤ん坊の持つ拳銃と、訓練された特殊部隊が持つナイフだとどちらが殺傷能力が高いかなんて明白だ。


 残念ながら俺と彼女にはそれだけの差があるのだ。彼女でないと殺せないのだろう。


 考えを纏めろ。闇雲に動く時間はない。答えを出さなければならない。


 タスクを整理しろ。時間はもうない。


 樹心限界、木を操る奇跡。魔法のような理外の力。灰ゴブリンの一個体が身につけていた翡翠を通して自らを腕と名乗る奇妙な声から受け取った俺の武器。


 力を通して見えたあの幻、木を砕き、槍を手作りしていたあの映像をヒントに槍を作るところまではできた。木を捻り、尖らせる。ここまでは出来たんだ。


 その槍を持って彼女は、指定探索者アレタ・アシュフィールドはあの化け物と渡り合っていた。


 しかし、それでは足りないのだ。


 彼女は言った。間髪入れずに肉を穿つ必要があると。彼女の言葉は正しい。恐らくはあの耳の化け物の異様なタフさにその理由はあるのだろう。


 言われて見れば確かにヤツの体は傷だらけではあるのだがその動きはなんら変わりはない。彼女の武装の一斉爆破で弾け飛んでいた肉もよく見れば盛り上がって再生しているよつにも見える。


 命に届いていないのだ。足りないんだ。


 足りないのなら増やせばいい。シンプルな答えだ。槍を大量に一気に作ってしまえばいい。


 しかし、それは難しい。一本、槍を作るのにもかなり集中力がいる。生成速度こそ徐々に速くなっているものの、戦闘の速度には到底追いつけない。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そもそも()()力はそのように雑な使い方をするものではない。我が力は再現、偉大なる其の業、軌跡をなぞることにある。


 その懐かしさこそが肝要である。未来に答えなどない。過去にこそ価値があるのだ。




 ……頭が痛い。感覚が変だ。極度の緊張による眠気か? 意味の分からない言葉が俺の頭を流れる。


 ーー現せよ。


 考えをまとめなければならないのに、耳鳴りが徐々にひどくなる。酷い夜更かしの後、無理やり寝付く時のような違和感にも似た頭痛が頭にこびりついている。



 再現せよーー


 再現せよーー


 薄く伸ばされた時間の中、声が響く。これは誰の声だ?


 ダメだ、再現じゃあダメなんだ。物語にはない新しい力の使い方が必要なんだ。


 過去のやり方で駄目なら、新しいやり方を探すしか道はない。


 俺は頭の中、耳の骨に反響するような声を無視して思考を続けようとーー








 再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現再現再せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現せよ再現




「いったっ……!」


 ハンマーで頭蓋骨を殴られたような衝撃、そしてその打撃音のように響く声。


 物語を再現せよ、約定を遵守せよ。



 腕の声じゃあない。これは……まさか


「俺の声?」


 そうだ、頭に響くこの声、これは俺の声だ。動画か録音か自分の声というのは聞く媒体によって割と違う声に聞こえたりする。頭の中で響く声は、録音されて外から聞いた時のような俺の声だった。


 思わず頭を抑える。まずい、こんな事に時間使ってる場合じゃねえのに!



 ーー再現せよ。未来は虚像、現在は無価値、なれば過去にこそ道はある。再会のために、再現せよ。物語をなぞれ。


 一方的に響くその声の意味は不明だ。なんだこの声。自分の声なのに妙にむかつく。


 ーー再現せよ。完成された過去にこそ価値はある。今は間違い、現実にもはや意味はなく物語にこそ真実がある。



「間違いだと?」


 今、この声は間違いだと言った。前後の言葉の意味はわからない。だが、こいつは今が間違いだと言った。



「お前、今間違いだと言ったのか?」


 頭の中の声、勝手に響くこの声に向けて言葉を放つ。冷静に考えるとやばいな。頭の中に響く自分の声に話しかけるなんて。まあ、素面じゃないからいいか。



 ーー間違いだ。今に意味はなく、未来に価値などない。過去にこそ優しさがある。


「お前の言ってることは何一つ意味がわからねえ。ここに来てまたわけのわからないヤツに出てきてほしくねえ」



 ーー再現せよ。物語を、再現せよ。


「うるせえ。わけわからねえヤツがわけわからねえ事を喋るな」



 ーー……同調率低下、再現せよ、再現せよ。


「今、目の前でひとりの英雄が戦っている。俺になんとかしてと任せた彼女は命がけで化け物と戦っているんだ」


 ーー再現せよ、過去にあった物語を、再現せよ。


「お前はそれを間違いと宣いやがった。一人の人間の命がけの行動に意味はないだと? ふざけるなよ」



 ーー同調率上昇、音声、符合、再現せよ


 頭の中で俺の声が響き続ける。抑揚のないその声は俺の声を機械が読み上げているような冷たいものを感じる。


 再現せよ、再現せよ、再現せよーー


 頭が痛い。壊れたラジオのように同じセリフが響き続ける。



「いやだね。決めたぞ。少なくともお前の言う通りにはしない」


 頭痛が、さらに酷くなる。脳内に響く声が前頭骨を叩き割って外に漏れるのではないかと心配になる。


 声は続く。傲慢にこちらの話など一切きかずに。


 物語を再現せよーー、其の偉大なる業を。其と光の奇跡の物語を。


 一つ、一つ木を薙ぎ、木を折り、木を尖らせた腕の業を。


 失われた光の武器を再現した其の軌跡を。



 物語を再現せよーー




 声が続く。


 こいつ、ほんとに人の話聞かねえ。


 ここが限界だった。


 右手の拳を思い切り握りしめる。目の前まで持ってきた拳骨で自分の頭を思い切り叩いた。


 物語ヴォっ!?


 ようやく声が止まる。痛めないように叩きつけるようにぶつけた拳骨はそれでも痛む。頭蓋骨の表面が痛む。しかし、あの脳内に染みるような違和感は消えていた。



「うるせえんだよ。物語、物語、物語。」



 ーー物っ!?



 再び響いた声を黙らす為にガツンともう一撃。頭の中に響く声を止めるために自分で自分を殴る。やばいヤツだ。完全に。



 まあ、いい。今、こいつ気になる事を言ったな。一つ、一つ。そう言った。


 なるほど、それが再現するべき物語とやらなのか。


 なるほど、なるほど。


 左手に力を込める。ゆっくりしゃがみ地面に手をついた。しっとりとした草花の感触が気持ち良い。


 再、再、再現再現再現せよーー 偉大なる物語ををををををを



 一つ一つね。俺は鳴り響く声を無視する。この声は、俺の声を騙るこいつはとてもむかつく。お前の言う通りになんか誰がするもんかよ。



 頭を殴ってから、あの違和感、脳みそにかかっていたモヤモヤとした霞のようなものが消えていた。


 いや、普通に考えてよ。



 ()()()()()()()()()()()


 何本の木の根を同時に操れると思ってんだよ。


 それに()の力の名前は樹心限界だ。


 決して其の奇跡でも腕の業とかいうものじゃあねえ。



「槍、大量生産開始。お前が意味のないと言った今の流行りはな、大量生産、大量消費なんだよ」



 力を込める。左手がなんらかの手応えをたしかに感じ取る。俺の力が世界に、バベルの大穴に干渉を始める。



 ーー再現せよ



「うるさい。そもそもこれはお前の物語じゃない」



 物語をーー




「俺の現実だ」



 声が消えた。もう二度と出てくるなよ。



「樹心限界、このクソッタレな現実を切り拓け」


 過去に戻ることなど出来ない。凡人に出来るのは現在を生きて、未来も生きる。


 ただそれだけでいい。



最後まで読んで頂きありがとうございます!

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