表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/151

木を尖らせる




聞かせて、あなたが語る貴方の物語を。



????

 


 急げ、考えろ。俺は何に引っかかっているんだ?


 武器、武器だ、彼女には武器が要る。武器さえあれば、この英雄の力はあの化け物の命に届き得る。


 なら、俺の役割はなんだ?


 ぼこり。


 また耳の体が鳴った。グン、と左手に圧力がかかる。耳が再び立ち上がろうとしている。


「ぐ、大人しくしろ、この化け物っ」


 左手に力を込める、俺と木の根を繋ぐ奇妙な線、縁を伝い、木の根が軋みながら耳の化け物を地面に縫い止める。


 もう、時間がない。



 この力はあの化け物を殺す為の力だ。だが、このままではあの化け物をこの力で殺す事は出来ない。


 何かが足りないんだ。俺はまだこの力を扱い切れていない。


 何ができる? この力を使って俺は何が出来るんだ。左手から伝わる木の根の感覚からもう限界が近い事がわかる。


 このままでは、ダメだ。


 ああ、もう彼女が再び、態勢を低くした。今にも耳の化け物へ襲いかかろうと、クラウチングスタートで構える。獲物を見つけた肉食獣を思い起こさせるそれは、爆発の瞬間を待っているようにも見えた。


 目が自然と彼女の腰に引き寄せられた。デジタル迷彩に包まれながらもそのしなやかなラインが服越しにわかってしまう。腰から長い脚が伸びていてその服の中身を想像してしまった。


 バカか、俺はそれどころじゃあないだろ。すぐに目を逸らす。くっついている磁石を無理矢理離すような抵抗を感じながら。


 雑念を払うかのように頭を振り、目を瞑った。



 ザザッーー


 肌色、腕だ。筋肉で陰影がつき、うっすらと血管が浮いているのが分かる。鍛えた男の腕だ。これは、誰の腕だ?



 腕、二本の腕が決められたプログラムのように動いている。その手は細い樹の枝を掴み、下にグッグッと押し下げる。


 腕で木の枝を、折った?



 …あ?


 目を瞑った。俺は今、目を瞑ったんだ。なのに視界に映像が広がった。


 なんだ、今の映像は。まるで無理やりVRゴーグルを被らされたような、瞼の裏には暗闇ではなく、何かの映像が流されていた。


 ぱちりと反射的に目を開く。大草原、英雄、耳。広がる。


 緊急事態の広がる正常な世界。俺の眼がおかしくなったわけでなさそうだ。


 瞼の裏に広がった映像。樹の枝を掴み折ろうとしていた腕。


 そして脳裏に浮かんだ、あの声。自らを腕の魔物と呼ぶ存在が宣う約定の言葉。



 *薙いだ木々を其は己が手を操り削り尖らせ己の武器とした*


 その、瞬間俺は再び瞼を閉じた。この状況で一刻を争うこの命のやり取りの中で、ふざけているのではないかと思われかねないこの行動。


 だが、これが今俺のすべき事だ。根拠のない確信に俺は身を任す。


 瞼を閉じる。再び闇の代わりに映像が始まる。



 木の鳴る音が小気味よく耳の中で反響した。グッグッと樹の枝を押し下げる。弾力性に富むその繊維が軋む音が何度も、何度も鳴り続ける。


 しなやかに撓むその枝のしなりが次第に大きくなった。枝を掴む指にさらに力が込められる。樹皮のささくれが皮膚に食い込いんでいく。


 唐突にその時は訪れた。ぶりゅん。と枝が砕け、根元から折れた。


 映像が歪む、闇に燃やされていくように映像が端から消えていく。


 だが、消えつつも俺の瞼の裏で映像は進行し続ける。


 そして映像が、消え掛ける瞬間、腕がその折れた木の枝の先を、黒い……ナイフのようなもので尖らせているような……



 ……槍?




 そこまでだった。瞼の裏にいつもの闇の帳が戻って来た。


 映像が終わった。


 意味不明な映像。だというのに


「意味、わかんねえ……」


 胸が締め付けられる。陳腐な表現だが本当だ。なんで、なんでこんなにも切ないんだ。木に染み込む蝉の声。雨に溶けた土の匂い。遠い、遠い飛行機曇。


 それら少年時代の戻れない郷愁に触れたかのように、酷く、酷く懐かしい何かをその映像から感じていた。


 涙が出ないのが不思議なくらいの切なさ。それはもう二度と戻れない懐かしい何かだった。



 俺ではない、だれかの視界を通してみたその光景。


 俺と腕の力を結ぶ奇妙な縁がその映像を見せた。遠い、遠い、ここにはいないだれかの世界を見せたのだ。



 そして、それは答えだ。樹心限界にはまだ、別の使い道がある。



 ゆっくりと目を開く。見よ、今にも英雄はその蛮勇に身を委ね、再び勝ち目のない死線へとその身を投げようとしている。



 その両の手には何もない。英雄の持つべき武器が何もない。それでも彼女は征くのだろう。酔いと殺意と勇気をその胸に宿して。




 俺は彼女をみて、それから滅ぼすべき耳を見た。ゆっくり、ゆっくり、耳の化け物がその体をもちあげた。いつのまにか木の根の拘束は溶けている。左手に空気が沁みる。きっと傷だらけの血だらけだろう。指を手繰っても、木の根の感覚は帰ってこない。、



 だが、何も恐れることはなかった。



 俺のやるべき事がわかった。あとは、実行するだけだ。




 自然、左手を掲げる。彼女が俺の様子に気付き、視線をこちらへちらりと傾けた。


 見てろよ。英雄。


 アンタを勝たせる。この凡人が()



 左手を掲げる。重たいそれを筋肉が支える。だらりと掲げたそれは予想通りに血だらけになっていた。




 腕を掲げる。言葉を紡ぐ。紡ぐ言葉は決まっていた。


 語るべきは物語。


 為すべきは再現。


 さあ




「約定を、ここにーー」









最後まで読んで頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ