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拝領の儀式、そして異質なソロ探索者による腑分けされた魔物狩りの始まり





 


 *聞き入れよう。その傲慢な願いを。


 *ただの人間にして、我が業人よ。貴様をこの世でたった一人の特別にしてやる



 もう引き返せない。恐らく、今俺と繋がっているのはろくでもない存在だ。


 悪魔やそれに類する何か、俺の常識が通じない超常の存在。こいつがただの親切心で俺に手を貸す事はない。何か罠めいたものがある、だがそれでも人は、背に腹はかえられないものだ。



 既に決断は済ませた。



 やれる事は全てやってやる……。どんな結末が待っていようと何も出来ずにこのままおめおめあの英雄を生贄にして逃げ帰るよりはましだ。



 なら、それでいい。この後俺にどんな代償があろうとも、俺は特別にならなければならない。



「何をすればいい?」



 頭の中の声に語りかける。姿の見えないヤツがにたりと笑った気がした。



 *貴様の左手に同化している我が翡翠、それを使う



 俺は左手のひらを見つめる。手のひらの中心に皮膚を突き破って翡翠が浮き出ている。無理矢理に嵌め込まれたかのようなそれからは、もう痛みを感じなくなっていた。



「……俺の左手にこれ(翡翠)を埋め込んだのはお前か?」



 *何か文句でもあるのか? 貴様はそれのおかげで今日生き残っているのだ、私が咄嗟に貴様の体と翡翠を繋げていなければそれは、とっくにお前の体から離れていただろうな。



「離れていた? どういう意味だ?」



 さっきからこいつの話す内容は何かが引っかかる。俺とこいつの情報量に差がありすぎるのだろう。こいつは何を知っている?



 *今はそれは重要ではない。だが気になるのならば、耳を滅ぼせ。褒美として貴様の知りたい事に答えてやる



「……わかった。で、具体的には何をすればいい? 詠唱か? また詠唱なのか? 今の俺ならどんなのでも出来るし、なんならルビも振れるぞ」



 何でもやってやる。もう、躊躇はしない。例えどんな事だろうとやる。



 *違う、もはや言葉による約定は済ませた。私と貴様は今もまた約定で結ばれている、これから行うのは言葉により約定ではなく、血による拝領だ。



「拝領?」



 聞き覚えのないその言葉だ。拝領、何を?



 *貴様の手のひらの肉に結び付いた我が翡翠




 *それを食らえ。貴様自らの手で抉り出し、食らうのだ、その儀を以って貴様は資格を得るのだ



「………………………………………………」




 *貴様達、人間は常に他者を傷つけ、殺しその命を奪いながら栄えてきた



 ……田村のナイフがあったはずだ。




 *貴様達、人間の生きるとは即ち殺す事、殺して食らう。植物だろうと、動物だろうと、貴様達はその全てから奪い続けてきた



 ……火で炙りたいとこだが、時間がないな。



 *貴様達、人間の歴史には常に食餌がともにあった


 ……うん、いいナイフだ。手入れされてて歯が分厚い。これなら抉っても折れることはないな



 *食べるとは、即ち奪うということ、生命の持つその全てを自らのものにするという業そのもの




 ……切れ込み入れて抉ってみるか。痛いだろうな



 *其の物語の中でも、食餌は常に共にある。食餌により其は他者の力を蓄え、己が生きる力とした



 ……っふぅー。目がチカチカする、痛いというよりは熱いな。さっさと抉ろう。



 *ここにその業を再現するのだ。我が力の象徴たる翡翠を食らう事で、貴様は私と合一する。



 ……逆剥けと赤切れを何万倍やばくした感じだな。うわ、血がどんどん垂れてる。



 *腕たる私、残滓たる貴様。その合一こそがあの忌ま忌ましい耳を屠る唯一の方法



 …っあああ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。だが、もう止まるわけには行かない! やってやる、やってやるんだ!



 *私は貴様となり、貴様は私となる。貴様は偉大なる部位の戦争に参加する誉れを得るのだ。ただの人間たる貴様ごときが!



 はぁーっ、はあーっ、はあっーーー。痛い、左手が千切れそうだ。


 だが。



 *さあ、食らえ 自らその肉を千切り、翡翠を抉り、歯を折りながら咀嚼するのだ!



 だが、俺はやった。あとはこれを食えばいいのか?



 *……分かるよ、貴様は矮小なただの人間。いくら決められた事とはいえ、己の肉を傷付けるのは辛かろう。だが、安心しろ、安心するのだ。そんな貴様の背を私が押そう。



 かったそうだなー。噛み砕けるか? これ。



 *一言、一言だけでいいんだ。一言、貴様が言えばいい、そう、委ねる……と。一言だけで貴様は苦痛もなしに、力を得る事が出来る、特別になれるのだ



 まあ、いいか、1.2.3で嚙み砕いたろ。奥歯かなー、やっぱ。喉に引っかかったらやだな。



 *痛いのは嫌だろう? 辛かろう? 安心しろ、私は貴様の味方だ、貴様は私で私は貴様なのだかーー



 1! 2!






 *…………おい、待て、貴様、何を、している?



 唐突に俺に語りかけてきた声に、俺は今にも、翡翠をくちに運ぼうとしていた手を止めた。



「あ? お前が食えって言ったからその通りにしているけど?」



 俺は摘んだ血まみれの翡翠を見つめながら答える。そういえばこいつ、なんかダラダラ話してたような気がするが……



「おい、待て、今更やり方が違うとか言うつもりか? ふざけるなよ、こっちはもうかなりノリノリで自分の手のひら掻っ捌いたんだ、作法がどうのこうのとか頼むから言うなよ!」



 冗談じゃない、二度と出来るかよ、自分で自分の手のひらに切れ込み入れて、あまつさえその中にできもののように食い込んでる宝石をえぐるんだぞ!


 なんかブチブチ言いながら肉を抉った時は本気で倒れるかと思ったぐらいなんだ! 絶対もうやらんぞ! おい!



 声の返答がない。え、嘘、まじ? 駄目だったのか? やり方が?



 *……っは



 声がぽっと、生まれた。くぐもったそれは先程と声色が、少し違う?


 *はははははははは! 貴様、貴様!、貴様!、貴様!



 笑ってる。あの冷たい声にまるで血が通ったみたいに。



 *貴様、正気か!? はははははは! いや、正気だろうな! そうだ、そうだった! あまりにも永かったから忘れていたぞ!



 *()()()()()()() いや、そうだった、そうだった。そう言う人間だったな、奴は。なら貴様もそうだよなあ。私が馬鹿だった。



「なんだ、お前急に。大丈夫か?」



 *大丈夫か? だと? はははははは! いやこれは愉快だ、大丈夫に決まってるだろう! ようやく見つけたのだから! ああ、ああ!貴様、貴様はいい、とても良い。



「おい、待て、質問に答えろよ。やり方はこれでいいんだよな? 違うとかマジでやめろよな」



 *やり方ぁ? はっ、はははは! いやそれでいいとも、ある意味貴様にとっては大正解だろうよ



 *さあそのまま咀嚼しろ、飲み込むといい、其を色濃く残した我がーー腕よ



「……いいんだな、このやり方で。びびらすなよ、まじで」




 お墨付きが貰えたんだ。もう何と躊躇うことはないな。



 1、2、3。


 ぱくり。



 口の中にまず広がったのは塩気。それから生臭い鉄の匂い。


 血の味、血の味が歯に唇の裏に、舌にこびりつく。喉を通して鼻にこびりついた匂いにむせそうになる。


 薄い飴みたいなもんだ。一口で口にほうり込めたそれを俺は舌で右奥歯の方に運び、


 ガリ。


 嚙み砕いた。あっけないほどに簡単に砕けた翡翠を咀嚼する。頭蓋骨の中に、硬い飴を噛んだ時のような音が響き続ける。



 *飲み込め


 俺は素直に頷きながら、口の中でサラサラになるほど噛み潰した翡翠を一息に飲み込んだ。



 *ここに、合一は果たされた。



 満足そうな声。ヤツの声がやけに穏やかに聞こえる。この感覚は一階層でも感じた妙に心地よい感覚と同じ。


 今、その正体がわかった。それは奇妙な一体感。自分が一人ではないような不思議な安心と似ている。実家の寝室と同じぐらい安心してしまいそうだ。




 *さあ、持っていけ。我が力を。腕の奇跡、軌跡の全てが貴様と共にある。



 止まっていた時間がゆっくりと動き始める。ふと目の前を見ると、彼女の歩みが再開されている。その速度はゆっくりと確実に上がっていた。









 *待て、最後に問おう、貴様はなんだ?


 不意にかけられた問い。俺はその答えを最初から持っていた。少し、忘れていただけだ。



 これからももしかしたら、たまに忘れるのかもしれない。でもいつだって今回と同じように何度だって思い出そう。


 俺が、一体なんなのか。何者なのか。





「探索者だ。俺は少しだけ特別なだけの只の探索者だ」





 *そうか、人間、いや探索者よ、行け。貴様の為すべき事をなせ。


 凍りついた時間が終わる。雪解けの時だ。そこに待つのは修羅場。理外の存在同士が行う殺し合い、支離滅裂な生存競争。




 そこには俺にしか出来ない事がある。



 俺には出来る事がある。やるべき事があるんだ。



 時間が進む。耳鳴りはいつしか消えて、頭の中を無粋に掻き回したあの声はその冷たい気配と共に消え去っていた。



 俺の出来る事、探索者の俺が出来る事。


 それはーー




「待てよ、アメリカ人」



 決断は済ませた。覚悟も終わらせた。後は実行するだけだ。





 始めよう。俺の、俺だけが出来る探索を。




 そして英雄の歩みが。ピタリと止まった。





最後まで読んで頂きありがとうござい

ます!

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