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短い会話




 ………………

 ……….…

 ……

 〜(ぼんじん)



 ああ、ちくしょう。これで終わりか。



 巨大な化け物がその四本の足と、身体中から生える腕を振り乱しながら俺に迫る。俺は多分これで死ぬ。


 このまま轢き殺されるか、その腕でおもちゃのように引き裂かれるのか。



 どのみち殺されるだろう。


 怪物があと三メートル。触れそうな程に濃密な死の予感。だが不思議と俺の胸には暖かい蜜のような充実感が満ちていた。


 まあ、上出来だろう、と。


 少なくとも目の前で星が、俺を救おうとした彼女が死ぬのを見ずに済んだ。それだけで上等さ。


 あの時、あの男、自衛軍の田村の言葉が蘇る。


 それぞれに出来る事をやればそれでいい。それだけでいい。



 ああ、まさにその通りだ。そして俺は、俺の出来る事をやり通した。


 何も出来る事はないはずの俺に最後に残された唯一の使命。



 その使命の名は犠牲。


 俺が犠牲になる事で彼女が助かるのならそれでいい。それだけでこんなにも胸が暖かい。

 きっと俺は役に立てたのだろう。さっき勇気を出してホントに良かったと思う。


 これ以上、自分を嫌いにならないで済んだのだから。



 ああ、化け物がもうこんなに近い。走馬灯ってやつか? やけにゆっくりだ。化け物の全容がはっきり見える。


 彼女…… あの52番目の星との戦闘により、さしもの化け物も傷だらけだ。彼女の放つ流星のような槍が幾数もその身体に突き刺さり、赤い血を流し続けている。



 赤い……血。俺と同じ。お前みたいな化け物も血は赤いのか。ぼんやりとそんな事を考えていた。


 もういい。出来る事は全部やったんだ。


 そして、俺は最期の時を待つ。化け物が俺に迫りーー






 閃光。爆音。衝撃。


 三つの巨大な刺激が化け物よりも先に俺に襲い来る。


 視界が真っ白になったと思った瞬間、耳の穴を殴りつけられたかのような爆発音。そして、身体、衣服を通り越して、肌に直接感じる衝撃。



「がっ! 」


 身体が折りたたまれるように一回転。台風によりなぎ倒される木々のように俺の体は倒れ、転がる。



「ごほっ! ごほっ!」


 身体中にぼんやりと熱のような痛みが戻ってくる。脇腹、肋骨、負傷箇所がまるで火口のように、そこから熱が身体中に巡っている。



 重たい体に力を張り巡らせる。すげえ。まだ生きてる。一体何が起きたんだ?


 ぼやけた視界にゆっくりと輪郭が戻ってゆく。耳の中にはまだキィンと耳鳴りが響き続けていた。



 でも、生きてる。


 化け物が横倒しになっていた。



 その巨体の至るところから煙突が生えているかのように煙を吹きながら地に伏している。

 虫食いにあったセーターのように体中に、大きな傷口。肉が破裂したように抉れたり、穴が開いていた。



 爆発? まるで内側から肉がはじけているような……



「ハァイ、日本人。まだ生きてる?」


 膝をついて化け物を観察していた俺の背後、上から投げられた透明な鈴のような声で俺の思考は止まった。


「は?」


「なあに? そのゾンビでも見たような顔は?」


 ボロボロの迷彩服は赤い染みにより所々黒く変色している。光石の光を一筋反射する金色の髪も同じように、赤い血が所々染み付く。かさぶたのような赤いカスが金色に混ざる。


 彼女はそれでも笑った。笑って、それから


「ありがとう、日本人。あなたのおかげで命拾いしたわ」


 彼女が手を差し伸べながら俺に話しかける。その差し出された手のひらにも血に濡れている。俺は伸ばされた手に目をやる。まるで新雪に血の染みがついているようだ。


「いや、でも、あんた…… さっき……」


 彼女が、その端正な顔で苦笑した。


「ああ、あれね、参ったわ。ホントに死ぬかと思った。」


 彼女は、差し伸べた手を戻し、髪の毛をいじりながら言葉を続ける。


「でも生きてる。だから、ありがと。あなたがアレをおびき寄せてくれなかったら多分、死んでたわ」


 事もなげに彼女は告げる。


「もう、大丈夫なの……ですか?」


 思わず敬語になる。バベル現象で彼女にはニュアンスまで伝わるのだろうか?



「そんなかしこまらなくて大丈夫よ。同じ探索者でしょ? ええ、今は普通に体が動くわ。アレが、ダメージを負った瞬間に動けるようになったの。」


 彼女が、腰に手をやりながら目線を前に。俺もつられて彼女の視線に倣う。


 ぴくり、ぴくりと肉を胎動させながら耳の化け物が倒れ臥す。ダメージ。そう、ダメージは負っているのだろう。



 だが。



「「死んでない」」



 彼女の声と俺の声が、ハモる。


 彼女の碧眼が、大きく大きく見開かれた。俺を見つめるその瞳は宝石のようにも見える。



「……さすが、アレと遭遇してまだ生き残ってるだけはあるわね。やっぱりあなたもそう思うの?」


 彼女が俺に語りかける。今だけはこの血生臭く忙しない時間が、ほんの少し優しくなった気がする。


「……はい。いや、うん。そうだ。これで死んでるんなら、とっくに俺が殺してる」



 ヒュウ、口笛を吹く彼女。俺を見下ろすその表情はどことなく、楽しそうに見えた。


「そ、なかなか言うわね。日本人。一応、アタシの槍、全部を内側から起爆させたのだけども」


「起爆…… やっぱりあれはアンタが?」



 彼女はニヤリと笑い、それ以上は答えない。


 なるほど、槍、起爆。彼女が扱うあの槍が爆発したのだ。墓碑のように化け物に何本も何本も突き刺さっていた槍。あれが一斉に爆発したということか。



 槍を構えて、化け物の周りを飛び回っていた彼女の姿を思い起こす。爆発物をあんな風に取り扱うその神経は疑うが、流石は指定探索者。凡人の常識はつうじないのだろう。


 少なくとも彼女のその恐るべき武器、兵器は間違いなく、あの化け物にダメージを負わせていた。


 ん? いや。待てよ。今、彼女はなんて言った?



「もしかして、アンタ今、全部爆破したって言ったのか?」



「ええ、そうよ。全て使い切ったわ。もう少し温存しておこうと思ったのだけど。」


 彼女はこちらを見ずに、答える。彼女の腰、黒いベルトが巻かれたその部分。たしかにもう残りの投擲槍は一切見当たらない。



 温存。 まさか……



「……俺を。俺のせいか……」


 ぼそり、心がそのまま言葉に変わる。


「それは違うわ、日本人」


 彼女はじっと、怪物の方を見ながら俺の言葉に反応した、その声は冷たい。


「自惚れないで。アタシの選択は全てアタシの責任の下にある。あなたがアタシの選択の責任を被ろうとするのは傲慢よ。とても、不愉快だわ」



 彼女が、にこりともせずに俺を見つめる。先程までの人当たりの良い女はそこにいなかった。



 彼女の怜悧な美貌。美人の静かな怒りは刃物に似ている。俺は、何も言い返せない。








 ブジュルルルルル。



 突然、目の前で横倒しになっている耳の化け物の体から粘着質の水音が響く。ラードをジュースにしたものを思いっきり下品に啜れば似たような音が出るのだろう。



「やっぱりか……」


 やはり、死んでいない。みるみるうちにその傷が塞がり始めている。吹き出した血の跡は凝固し、抉れたり肉は、意志を持ったスライムのようにグニグニと蠢き傷口を埋めていく。



 まだ、殺せていない。



 彼女の手に既に、武器はなく。俺は生きているのが不思議な状態。脇腹から流れる血は少し、おさまりつつあるがいつまた血が溢れるかわかったものじゃない。



 どうする。どうすればーー



「よし、じゃあアタシは行ってくるわね。時間を稼ぐからあなたは逃げて。生き残るのよ」


 肩に手を置かれた。そう気付いた瞬間。


「あ?」


ぷすり。


首筋の辺りに鋭い痛みと熱を感じる。それらの感覚が蜜のように広がってゆく。


彼女の手に音もなく握られていたそれ。


俺の首筋に刺さる細い針を持つそれは。


注射器?


最後まで読んで頂きありがとうございます!

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