プロローグA
ここはどこにでもある普通の学校。強いて言うなら、進学校ではある。
そして今いるのはその屋上。屋上というと普通は入れない。今は厳しい時代である。
でも、入れるものである。進学校とは言っても自由を重んじる学校なので、きちんと許可を取ればある程度のことはできる。
目の前にいるのはとても美しい女性である。
「来てくれてとても嬉しい……」
心なしか緊張しているようにも見えるその姿はいつも以上に魅力的に見えることだろう。
「どうせ来なかったら無理やり連れてきますよね、会長」
目の前にたつその女性は大須栞那。自分の1つ年上の先輩で幼馴染の腐れ縁である。別に生徒会長をやっているわけでもないのだが、自分のグループのリーダー格をずっと勤め上げている。なんとなくリーダーやキャプテンよりもそれっぽいため自然とそう呼ばれるようになったのである。
「あの、えっとね」
抜群のスタイルにとてもととのった顔立ち。小さい頃は男の子と間違われるほどのわんぱくを見せてきたが、彼女も高校3年生の乙女。神妙になった時の表情は完全に女性を感じさせる。髪は肩にかからないくらいで、ちょっと自然にゆるふわパーマのかかった茶髪。
自分と彼女の付き合いは幼馴染ということもあってかなり長いが、こういった表情は見慣れている自分でも素敵だと思ってしまう。
「付き合ってくれないかな?」
「今日はこのあと委員会なので違う日でしたら」
「そういうボケはいいから」
「だって恋愛的な意味ではないっすよね」
会長がそういうことを言うとは思えない。
「いいえ、恋愛的な意味でお願いしてるわ」
なん……だと……。
「まだ1ページも話が進んでいないのに、いきなり終わりそうじゃないですか。どんだけ短編小説を書くつもりなんですか」
「何言っているの? 落ち着いて。いい雰囲気の音楽でも流そか?」
どこからかラジカセを出して、いい雰囲気っぽい。
「どこからそんなもの持ってきたんですか。いらないですよ」
「あ~あ、冷めてるね。枯れてるね。付いてるね、のってるね」
「いつ会長はラッキガールになったんですか。しかも古い」
「自分で言うのもなんだけど、こんな可愛い女の子に告白されて何もなしって面白くもなんともないじゃん」
「じゃあなんか言えばいいんですか?」
「おうおう、言ってみてごらん」
ちょっとワクワクした顔になる会長。高校3年生らしい大人びた顔なのに時々子供のような表情を浮かべることが多い。
「僕は死にません!」
「古い! しかもパクリ!」
「あなたの、ことが、トゥキダカラ!」
「それもパクリ! しかも微妙にカタコトになってないから不自然!」
「いくらでやらしてくれます?」
「イケメンなら無料、フツメンなら300万、ブサメンなら3億円」
「ただでいいですか?」
「ただしルールは私が決める。君はブサメンとは言わないが、イケメンではないでしょ」
「3万円の100回払いでどうです。3万ならあります」
「財布を広げるんじゃない!」
そこそこ神妙な空気だったのに、一気にゆるくなってしまう。こういったことがあるから、年頃の男女でもうまく友情が成立するのだろう。
「まぁ、冗談はこれくらいにして、要は付き合ってるフリをしてくれればいいのよ」
物語が本題に入るのに時間がかかりすぎである。
「フリですか」
「また昨日告白されたんだ」
会長はそれはとてもモテる。
「今回は誰に」
「……、女の子よ」
ただし、9割近くは女の子に告白されるのだ。
「1年生の亀島さんっていう子なの」
「そっち系じゃないのに本当に女の子にモテるますね。もういっそのことそっちに向かったほうがいいんじゃないですか」
「嫌よ! 私はノーマルなの。女の子と結婚するくらいな一生独身でいたほうがまだマシよ!」
かなりの剣幕で怒る。美人が怒ると怖いとよく言うが、誰でも怒ると怖い。
「なんか原因があるんじゃないですか?」
「別に何もしてないわよ。ただ高いところのものが取れなさそうだからとってあげて、重そうだから持ってあげて、機械の使い方がわからないから教えてあげただけよ」
「それじゃないんすか」
今は人数はだいぶ減ったが、グループのリーダー格を勤めていた彼女は、何かとお世話焼きなのである。
「そうかしらね……、まぁそれでもいつもはきちんと断れば、大抵の場合は解決するんだけど……」
会長は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「今回の子はなかなか諦めてくれなくて、3回目の今回になってその好きな人を見るまで納得できないって言われちゃって」
「こういうケースは前にもあったよな」
「というより、一部では私が好きなのは桂、あなたって思ってる女の子は結構多いみたいよ」
会長は男女問わず友人は多くいるが、学校で頻繁に顔を合わせてプライベートでも一緒にいる男子となると自分か同じく幼馴染の颯斗くらいしかいない。颯斗はそういうタイプではないので、必然的に自分の可能性が高くなる。
これを利用して、以前にも同じようなことをしたことはあるのだが、その時は間違いなく口止めをしたはずである。しかし、噂は広まってしまうものである。
「なんだったらそれっぽく見えるように振舞います?」
「いやそれは南ちゃんに悪いとも思うし、桂は……、ごめん、なんでもない」
少し空気が重くなる。
ドーン!
「なにやってんすか! そんなんでいいと思ってるんですか!」
そこにいきなりドアを蹴破って(文字通り)1人の女子生徒が入ってきた。
伏見栄子。1歳年下の後輩で、彼女も長い付き合いがある。
現在残っている会長グループの中では最も年下で、皆の妹分であり、特に自分をしたってくれているいい後輩である。
ただ、会長グループの中では郡を抜いて大馬鹿なので注意が必要ではある。見た目も高校1年生とは思えないくらい幼く、いろいろな意味で会長とは正反対である。かなりの童顔なのに、赤色っぽく見える髪をサイドに縛っているせいでより幼く見える。
「会長と先輩が引っ付く→私もついてって養ってもらうの完璧な方程式が成立するところだったのに!」
「方程式ならもう少し複雑な過程を踏めよ」
しかも方程式なら等号だし。イコールじゃねえ。
「うら若い男女がいつも一緒にいるのに全く音沙汰なし! だけど今日はいい雰囲気だったから期待してたのに! なにこれ? 誰これ?」
「というか、勝手に覗いてるんじゃないわよ」
会長の固め技が決まる。会長は地味に格闘技を極めているためめちゃくちゃ強い。
「ギブギブ! 落ちます落ちます!」
本当に落ちる直前で手を離す。サブミッションもできるらしい。さすが王者。
「うう、もうお嫁にいけない」
「私はお嫁にいけなくなるようなことまではしてない!」
「わー、1日2回はマズイですって! 本当に!」
~粛清中 しばらくお待ちください~
「ドウモ、ワタシハカイチョウノチュウジツナコウハイデス」
「壊れてんじゃないですか!」
「あら、やりすぎちゃったかしら? えい!」
栄子の頭を45度くらいの角度で叩く。
「はっ、ワタシハ……、私はなぜここに」
「あっ、治った」
「会長がこんなことばかりしてるから、栄子がバカになったんじゃないですか?」
「多分この子は普通に馬鹿よ」
否定できないくらい栄子が馬鹿なのが悲しい。
「あ~あ、もう、なんでこうなっちゃうの。私も高校3年生の乙女なのにこんな馬鹿なことばかりして……」
「こんなもんじゃないですか?」
「そうっすよ! こういう時間も大事ですよ!」
そうは言いつつも、会長の話し方にいつもの軽さがないのは気になった。
「私も年相応の遊びとかをしてみたいのよ」
「其の辺で男ひっかけりゃいいんじゃないですか? 会長スタイルいいんすから」
「1日3回は初めてかしら?」
「すいません、反省します」
締められることをわかってていらんことをいう栄子。Mなのか。まぁ少なくともSではないだろう。
「そういうことでもなくて、私の立ち位置の問題……」
ガチャン。
今度は静かにドアが開く。
「会長よ。今日はこのあとサッカー部と野球部の試合の助っ人の予定ではなかったか? この俺に子のような足労をかけさせるとは本来であれば許されないが、会長であれば目的達成のための致し方ない犠牲だ」
「か・い・ち・ょ・うはあんたでしょうが!」
彼の名前は、金山颯斗。腕につけた腕章が示す通り、彼がこの学校の生徒会長であり、この会長グループの仲間の1人である。会長グループに属す前から自分とは付き合いがある。栄子とは従兄妹の関係に当たる。
ものすごく痛々しい発言や奇っ怪な行動が目立つ本来であれば爪弾きものにされるようなタイプだが、それを補って余りあるイケメンな見た目、高スペック、そして、生徒会長に選ばれるくらいの人望に、会長グループに属すこともあり非常にしたわれている。いちいちポーズがあるのがうざいが。
彼と会長が同時にいるときに会長と呼ばれた場合彼は反応しない。
我が道を行く彼にとって、会長は数少ない彼より上と認める存在なのだと思っている。
「颯斗!」
「何だ。ついに俺に協力をし、共に世界を掌握しようと考えたのか」
「んなわけ無いでしょ! 今日の約束事、全部断ってきなさい!」
「なんだと。なぜ俺がそんなことをしなければならない。断るのであれば会長が自ら行くのが当然ではないのか」
「そこは、颯斗の高い交渉能力を期待してるのよ。今後のためにも役に立つと思うの」
「ふっふっふ。それもそうか。俺の『高い』スペックを生かし、『今後』のために役立てるというのであれば、仕方ない。俺が行ってこよう」
そういうと、颯斗は屋上から離れる。
「あいつはあいつで不安よね……」
実は彼のスペックは会長よりも高い。彼の家は、日本でもトップクラスの企業で彼は俗に言うおぼっちゃまなのである。小さい頃からレベルの高い教育を受けてきた彼は、17歳にして、1代で今の会社を築き上げた父を超えていると言われるほどである。
テストは100点以外なし。スポーツは何をさせてもトップクラス。勉強によって得られる知識で彼が知らないものはない。
しかし、やや常識が足りない。さっきのように「高い」とか「将来役に立つ」とか言われると引っかかってしまう。会長が颯斗を自分のグループに引き入れたのは、小さい頃からそれを利用されていた彼を助けるためである。彼のスペックは非常に高く、グループに非常に利益をもたらしたが、はじめは会長の善意で加入している。
そのことを知ってか知らずか、颯斗は会長に頭が上がらないのである。
「もう少し常識が付けば大丈夫ですよ。彼ほどの知性ある人間はそうはいません。単純に知識があるだけじゃなく、考え方も一流です。常識なんていくらでも学べますし」
「そうだといいんだけど……」
「そういえば会長はなんで今日は助っ人にいかないんですか?」
「はっ、そうだった。そうよ、これよ」
「どれです?」
「どこの世界に高校3年生の女子生徒をサッカーや野球にさそう男子生徒がいるのよ!」
ものすごい剣幕で自分に会長が迫ってくる。近すぎてピントが合わない。
「『一緒に買い物に行こ~』とか、『一緒に映画に行こ~』とかならわからなくもないわ。でもなに? サッカーって野球って。そりゃ女の子でもやってる子はいるから一概に否定はできないけど、一般的には女性を誘うものではないでしょう」
「それは会長がそこらの男子生徒よりも強いからいけないんじゃないですか」
「栄子……、ごめん3回目確定ね」
「事実を言ってるだけですよ」
「事実でも言っていいことと悪いことがあるの!」
~粛清中 しばらくお待ちください~
「…………」
「とうとう喋らなくなりましたよ」
「いいわよ、栄子といい、颯斗といい、この子達がいると全然話が前に進まないんだもん」
「で、何の話でしたっけ?」
「恋人役の話よ!」
本当に忘れていた。このメンバーが全員揃っていると、話が前に進まないことこの上ない。きかんしゃに顔があります的なアニメより脱線事故が起こりやすい。じこはおこるさ。
「はい、まぁいいですよ。でも納得してもらえますかね」
「作戦は考えてあるわ、そろそろ時間でしょ、委員会にいってらっしゃい」
「じゃあまた」
俺は屋上を後にした。




