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義民の末裔 その三  作者: 三坂淳一
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義民の末裔 その三

「佐藤、君がこの一揆の首謀者の子孫であると知ったのはいつだった?」

私たちは佐藤の部屋を出て、近くのラーメン屋で遅い夕食を摂った。このラーメン屋は佐藤のお気に入りの店で、中華丼が美味かった。肉、いか、海老、白菜、葱と、具もたっぷりと入っており、少し辛口ではあったものの、飯の量も具と比例してたっぷりと盛られており、私たち学生にとっては、値段の安さも然ることながら、満腹になるありがたい店であった。また、私と違って、佐藤はよく女の子にもてた。その店でも、女の子とは言えない年齢の女が働いていたが、佐藤を気に入っていたらしく、頼みもしないのに、瓶ビールの大瓶を一本、私たちのテーブルに置いて行った。サービスよ、と囁きながら、置いて行くのであった。佐藤はそのビールを私のグラスに注ぎながら、言った。

「農家だから、居間には囲炉裏がある。そこで、爺っちゃんがゆっくりとお茶を飲みながら、俺たち孫に話をするんだよ。爺っちゃんは、話の前に必ず言うんだ。この話は、俺がおめえたちと同じ、ちっちゃい子供だった頃に、うちの年寄りから聞いた話だ、と」

「じゃ、佐藤は小さい頃から、何と言うか、一揆の話を聞きながら育ったというわけか」

「うん、そういうわけだ。こうした一揆の話は、俺の家ばかりじゃなく、一揆で打首になった者の家では必ず子孫代々に、内々に伝えられてきた話だと思うよ。昔の囲炉裏は一家団欒の場所であり、こういった昔話には最適の場、だったんだ。好間から来ていた高校同級の猪狩も俺と同じ一揆頭取の子孫だよ」

「あの猪狩もそうだったのか」

私は猪狩の風貌を思い出した。

おとなしい風貌であったが、そう言われてみれば、どこか芯の強さを感じさせていた。

「猪狩もやはり俺と同じように、年寄りから小さい頃、聞いたという話だったよ」

「今でこそ、義民の先祖は誇りと思っているだろうけれど、昔はどうだったんだろうか」

「戦争前までは、ひどかったらしいよ。何と言っても、お上に逆らって、打首・獄門晒し首となった者の子孫だもの。今で言えば、殺人強盗犯みたいなもので完璧な極悪人さ」

「肩をすぼめて生きていた、ということかい」

「そうさ。迫害に耐え切れず、村を出て、知らない土地に流れて行った者も相当いたという話も聞いたよ。苗字を変えた者もいたとか」

憎む相手が違うのにもかかわらず、あの者の先祖の不始末のせいで、俺たちはこのように村役人からいじめられているのだ、と思い込む村人は多かったのであろう。

「佐藤の先祖は、中神谷村の武左衛門さんかい」

「おっ、さすがは秀才の武藤君。よく、読んできたね」

「からかうなよ。佐藤、と言えば、武左衛門さんのことよ。昔々は、一国一城の主を先祖としている旧家中の旧家の佐藤武左衛門さま、だろ」

「そう、言われると、何か照れるな」

「武左衛門さんは、柴原村の長次兵衛さんと同じで、二十代の若者だったんだろう」

「同じ、打首・獄門七日晒しとなった吉田長次兵衛さんと同じくらいの年の若者だったらしいよ。あの頃は、今と違って家柄がものを言う時代で、武士同様、百姓もそうだったと云う話さ。例えば、磐城平城に籠もった三百人ほどの侍も、家柄で、城のどこを防御するのか、前もって決められていたという話だし、一揆勢の中でも、頭取となる者は家柄で決まっていたという話だよ。うちの先祖の武左衛門さんも、吉田の長次兵衛さんも若者ながら家柄の良さということで最高責任者に祭り上げられたという面は確かにあるかも」

「しかし、一揆の頭取ともなれば、たとえ、一揆が成功して請願が全て認められ、全面的に百姓側が勝ったとしても、封建制度の掟により、一揆の首謀者は打首か、磔になる運命なんだろう。確実な死が見えている役目を引き受けるという心情は、凡人の僕には到底理解出来ない」

佐藤は、グラスに入ったビールを一息で飲み干しながら、私に言った。

「今の人間には到底理解出来ないし、そんな役目を引き受ける気持ちには到底なれやしないさ。これは、殉教の世界、だよ」

私は、ビールを佐藤のグラスに注ぎながら、佐藤の言葉を繰り返した。

「殉教の世界、と言ったのかい」

「そうさ、キリスト教とか、いろいろな宗教で言うところの殉教さ。いわば、一粒の麦、さ。一粒の麦、死なずんば一粒にてありなん、死なば、多くの実を結ぶべし。自分が死ぬことによって、大勢の人を救い、自分もまた、あの世で神に祝福される、という信念」

「現世の小さな幸福より、あの世の大きな幸福、か。そう言えば、日本で起こった最初の組織的殉教、ほら、あの日本二十六聖人の殉教さ。その時も、ルドビコ茨木という十二歳の少年が、長崎奉行の弟だった奉行代理に、十二歳で磔にかかり死んでいくのはいかにも不憫である、もしお前がキリシタンの教えを棄てるならば、命を助けようと言われた時、キリシタンとして生きることが許されるならば、ありがたい話とは思いますが、そうでないならば、束の間の生命と永遠の生命を交換するのは意味のないことです、と少年ながらきっぱりと答えたということだよ。・・・。何となく、思い出したよ」

店の女がビールの大瓶を持って、こちらに歩いて来た。

いつの間にか、私たちのテーブルのビールは空となっていた。

「ねえ、佐藤君。もう、閉店なの。このビール一本空けたら、もうお開きにしてね」

少しハスキーな声で女が言い、ビールを置いて行った。私たちは腰を揺らして戻る女のセクシーな後姿を見送りながら、視線を合わせ、お互い苦笑した。

ふと、店の壁時計を見たら、十二時はとっくに過ぎていた。


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