94.しゅっぱーつ!
王都イシュタルへ向かう街道は、大河エンキドゥ沿いに下流へと南下している。
かつては、エンキドゥを行き来する定期船があったそうだが、水性の魔物が多く出現するようになり、いつしか交通手段としての水上交通は途絶えていた。
したがって、街道には商人や冒険者の姿を多く見かけるのだった。
****
王都イシュタルを過ぎると、大河エンキドゥはやがて、国境を越え隣国の大国バロニア国を縦断し、王都エヌルタに至り、紅の海へと注ぐ。
ちなみに、エンキドゥは、水路と運河の主であり、農耕神である。
また、この世界(地域)に流れるもう一つの大河トトは、古の巨大国家シュメルの都、旧都アンシャルと現代の中央国家アリア国の王都アシュルに挟まれながら南下し、同じ様にバロニア国を縦断して、紅の海に達している。
トトもまた、農作の神であり、平野を灌漑する地下の水源を開き、飢饉や災害を未然に防ぐ神でもあった。
さらに言えば、2つの大河は共に、北方の水の国、ウルト国を源としていた。
ハルバト国を含むこれらの4国は、古代国家シュメルの遺産を引き継ぐ、同じ文化圏に属しており、おおむねその習俗は共通していた。
****
「意外と安全なものだな。エア村に着くまでに、結構魔物に出会ってたから、街道って言っても、もう少し緊張感があるものだと思っていたよ。」
俺は、馬車の中から外の景色を眺めながら、エルに言った。
俺たちは、エア村でチャーターした、6人乗りの馬車に、5人で乗り込んで王都イシュタルへと向かっていた。
「当たり前じゃない、この道はハルバト国のメインストリートなのよ。王都までそんなに距離は無いし、常に正規兵が魔物は討伐してるわよ。」
「そうなんだ。近いって、あとどれくらいで王都につくんだろ?」
俺は、誰ともなしに尋ねた。
「エア村から王都までは、だいたい20万キュピ(100キロメートル)あるわ。馬車だと、1日半てところね。」
すると、乗り込む時に問答無用で俺の隣の席を確保した、スザンヌ(本名ローリー)さんが、耳元で答えた。
わざわざ、耳元で言わんでもいいのに!
「じゃあ、途中どこかの村とかで一泊するんですか?」
「村なんて無いわよ。野宿よ。の、じゅ、く。」
そう言って、スザンヌさんがウインクをしてくる。
なんで、そんなに嬉しそうなわけ?
「別に一緒に寝たりとかしませんからね。交代で見張りとかするんですよね?だったら、スザンヌさんが寝てる時に、俺が見張りをしますから。」
「いいわよぉ。セイヤくんの寝顔を、タップリ堪能させていただくから。」
「ゔっ!エル~、なんか言ってやってくれよ~。」
「減るもんじゃないし、放っておけば?」
逃げ道ねぇーー!




