73.モグラだったら良かったのにね
急な階段は、結構奥まで続いていた。
入り口から遠ざかるに従って、だんだんと暗くなり、やがて真っ暗闇になってしまう。
「ライトボール。」
ガイヤさんが、小さなライトボールを作り出した。
あたりが照らされて、明るくなる。
「ようやく階段は終わりね。」
エルの言葉に、足元ばかりを見ていた目線を前方へと移すと、確かに延々と続くかに思えた階段が途切れて、平らな床が見えた。
階段の上にも瓦礫が積もっていたが、その床の上にも大量の瓦礫が積み重なっているのが見える。
「天井も半分崩れていますね。」
ガイヤさんが、そう言って頭上を照らした。
地下室の天井までの高さは、6キュピ(3m)ほどもあるが、大きな亀裂が入り、上から押しつぶされたように崩落しているため、背の高いガイヤさんが、身をかがめて通るほどの空間しか無かった。
地下室は、干しレンガではなく、四角く整形された石灰岩で出来ているらしく、ライトボールに照らされて、壁や天井は白く光を反射している。
時おり、パラパラと崩れてくる岩片に、緊張しながら少しずつ進んていった。
しばらくすると、行く手を阻むように天井が大きくずれているのが見えてきた。
空いている隙間は、1キュピ(50cm)四方と、這って進むしか無いほどだ。
「気をつけてついてきてください。」
ガイヤさんはそう言うと、四つん這いになってその穴に入っていった。
エルが続き、俺が最後尾になる。
目の前に、エルのカワイイお尻が左右に揺れている。
「いま、変なコト考えてた!」
エルがうしろを振り返って、睨みつけてきた。
「べ、べつに何もやましいことはゴザイマセン!」
「ウソばっかり!」
俺が、ブンブンと首を左右に振ると、エルはプイと前を向いてスピードを上げた。
「ようやく抜けれそうです。」
そうして10キュピ(5m)ほど進むと、ガイヤさんが言った。
そこは、大きな空間だった。
40キュピ(20m)四方の広さで、天井までは10キュピ(5m)程もある。
床には磨かれた石灰岩の大きなタイルが敷き詰められていた。
「あそこ!」
エルが、反対側の壁際を指差した。
薄明かりの中に、小さな人影が倒れていた。
エルが駆け出すのと、ガイヤさんがライトボールの光量を上げるのが同時だった。
横たわっている人は、ショートスカートをはいて、肩当てなど各所を保護する革製の防具を身に着けている。
かなり小柄だ。
「すごい血!」
駆け寄ったエルが、声を上げた。
俺と、ガイヤさんも、そばへ急いで近づく。
全身傷だらけで、黒くすすけ、右脚が変な方向へ曲がっている。
「これは!骨も折れているみたいですね、ヤケドもひどい。『ヒール!』」
状態を見たガイヤさんが、すぐさま治癒魔法をかけた。
その人の身体が淡い光りに包まれると、切り傷やかすり傷、ヤケドの跡が消えた。
「駄目です、わたしの力では軽傷程度なら治りますが、深い傷や重度のヤケド、ましてや骨折は無理です。」
ガイヤさんが首を振る。
「どうすすればいいの!?」
エルが、エメラルドグリーンの大きな瞳に、涙をいっぱいに溜めて叫んだ。
「俺がやる!」
俺は、右手を前にかざして、目一杯のヒールをかけた。
すると、今度は全身が眩しいくらいの強い光に包まれる。
「・・ん・・・ん。」
光がおさまると、その人の肩がわずかに動き、声を小さくもらした。
「セイヤさん!きみは、いま何をやった?」
ガイヤさんが、目を見開いて俺とその人を交互に見ている。
全身にあった傷やヤケドが全て無くなっており、曲がっていた脚が元通りに真っ直ぐになっていた。
「べつに、ただの『ヒール』をかけただけですけど?」
俺は、とぼけて首をすくめた。
「シッ!気がついたようだわ。」
エルが、俺たちのやり取りをさえぎって、その人の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫?助けに来たわよ。・・あ、待って。」
その人が、ゆっくりと半身を起こそうとしたのを見て、支えてやる。
「・・こ、ここは?・・・あれ?ボク生きてる!?」
クリっとした、コバルトブルーの瞳を瞬いて、その娘は小首をかしげた。




