32.寝床の確保
「ここにも宿泊施設はあるけど、必要最低限な部屋よ。その子と一緒ならキツイかもね。あたしの泊まっている宿屋でいいなら、紹介するけど?」
「そうだな、お願いしようかな。」
「わかった。」
最低限のところが、妙に強調されていた気がしたが、この世界のことをよく知らない俺は、エルに紹介してもらうことにした。
それにしても、相変わらず表情には乏しいが、親切だよな。
「そうと決まれば、早速行きましょ。支払いお願いね。」
エルが椅子から立ち上がる。
「まっへ!」
コリンも、何かをつかんで、椅子からおりた。
・・・お前、まだ喰ってたのか。
「ああ、任せとけ。お金は手に入ったか--あ、エル、借りたお金返しておくよ。さっきの登録料と、夕飯代。」
「ご飯代はいいわ。奢ったげる。お近づきのしるしよ。」
「あ、ありがとう。」
ほんと、クールなんだか、優しんだか・・。
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『月のらくだ館』
看板には、そう書いてあった。
ラクダもいるんだね。
「「エルお姉ちゃん、おかえり~!!」」
「ただいま。」
エルが扉を開けて中に入ると、元気な声をかけられた。
エルに続いて中に入ってみると、そこにはそっくりな顔をした、犬の獣人の子が2人いた。
歳は、コリンよりはちょっと上だろうか?
「今日は、ちょっと遅かったわね。」
エルが2人に挨拶を返して、頭を撫でてやっていると、その向こうから別な声がした。
「夕飯は食べてきたんだろうね。」
エプロンで手を拭きながら、近づいてきたのは、やはり犬人の女性だった。
30代くらいだろうか。
「ごめんなさい、食べてきたわ。」
「いいのよ。」
女性は、ニコニコ笑っている。
「そちらは?」
女性が、俺とコリンの方を見て聞いてきた。
「旅の人。泊まるところが無いって言うから、連れてきた。お部屋空いてる?」
「そう、エルちゃんが他人の世話を焼くなんて珍しいわね。ちょうど、今日一つ空いたところよ。」
よかった、とりあえず寝床は確保できそうだ。
「あの、セイヤです。こっちは、コリン。今晩から、よろしくお願いします。」
「おねがいします!」
コリンと二人で、頭を下げた。
「まあまあ、ご丁寧に。ウチは宿屋だから、泊めるのが商売よ。好きなだけ泊まっていってね。」
「「はい!」」
「それから、あたしはサリー。この子たちは、サムとサニーよ。あとついでに、厨房にいる旦那はサルク。よろしくね。」
みんなサがつくのか・・ややこしいな。
まあ、みんな細身で(サリーさんは、スレンダー美人だ)、サルーキーそっくりだけど。
「宿代は、一日一部屋朝晩二食付きで、6000シケルだけど、エルのお友達ということで、5000シケルでいいわ。部屋は、2人部屋だけど3人までならなんとか泊まれるわ。それから、このロビーの奥が食堂だから、食事はそこでとってね。朝は6時から8時まで、夜は5時から7時までよ。」
「わかりました。」
「それから、洗濯物は部屋の前のカゴに入れておいてくれれば、やっておくわ。洗顔は、部屋の中の水瓶の水を使って。飲水は、必要なときに厨房に声をかけてね。」
「え~と、宿代は前金ですか?」
「そうよ、何泊する?」
どうしよう、もっと大きな町にも行ってみたいけど、この世界に慣れるまでは、ここにいたほうが良さそうだしな。
「じゃあ、1ヶ月でお願いします。」
「そう、なら今月は小の月だから、29日分で14万5000シケルね。」
俺は、金貨を15枚渡してお釣りをもらった。
エルに返した登録料と、パブの飲み代を引いて、残りは34万3000シケルだ。(コリンの肉代は貰い物なので、勘定に入ってない)
んー、一人で民宿とか泊まったことなかったし、ビジネスホテルとかだと、CMで3~6000くらいって言ってたような・・・これは安いところの場合か?
まーでも、なんとなく1シケル=1円くらいの価値のような感じなのかなあ。
だとしたら、50万シケル(50万円)って、俺が今まで手にしたことのない大金だ!
もしかして、冒険者って儲かる商売なのか?
そういえば、エルは1日で10万シケル(10万円)稼いだことになるのか!
・・・すげえな。
「「コリンちゃんて言うんだ。明日から一緒に遊べるね!!」」
コリンは、もうサム&サニーと仲良しになっているみたいだ。
「じゃあ、あたしは部屋に行くわね。」
エルが、俺たちのやり取りが一段落したのを見届けて、そう言ってきた。
「エル、今日はいろいろありがとな。ほんとに助かったよ。」
俺は、エルの手を取ってお礼を言った。
「べ、別に、大したことしてないわよ。こ、コリンのためよ。」
エルが顔を真赤にして、俺から視線をそらして言った。
「ああ、だから、ありがとな。」
なんか可愛すぎて、あえてそう言ってみた。
「じゃ、じゃあ、おやすみ。」
エルは、手を離し二階への階段へ向かった。
「あ、エル。申し訳ないんだけど、明日もし大丈夫だったら、村を案内してくれないかな?」
階段を登りかけたエルに、慌てて聞いてみた。
「ん~・・いいわ、案内するわ。」
「ありがとう!よろくな。じゃあ、引き止めて悪かった。おやすみ!」
「「「エルお姉ちゃん、おやすみなさい!」」」
俺がそう言うと、コリンとサム&サニーも、元気に挨拶をした。
「うん、おやすみ。」
エルは、右手を小さく振って、二階へ上がっていった。




