116.ゴルトレーヴェ(金獅子の憂鬱)
※本節は主人公視点ではありません。
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窓辺に佇み、眼下に見えるイシュタルの美しい街並みを見つめる横顔は、白亜に輝き、さながら彫像のように整った顔立ちをしていた。
窓から差し込む午後の陽射しが、豪奢な黄金色の長い髪に纏わりついて、綺羅々と燦めかせている。
白を基調とし、黄金で装飾された豪華な部屋の造りも、彼の存在そのものが発する気品と気高さに、色褪せて見えていた。
『エリム・フェローズ・イシュタリア』・・・4大国の一つ、ハルバト国の現国王にして、元Sランク冒険者。
一見すると華奢な体躯のように見えて、豹のように靭やかな筋肉で造られた強靭な身体が、その豪華な衣装の下に隠されていた。
一方で見る者の誰しもが、はっと息を呑み込む様な顔立ちも、右目の下の泣きぼくろが、その鋭い眼光からくる冷たい印象を、和らげている。
「国王陛下、イナンナの町の件、いかが致しましょう?」
エリムの背後には、直径10キュピ(5メートル)の円卓が、部屋の中央に置かれており、2人の人物が座っている。
今しがた、現地へ派遣した第2陣の冒険者たちの状況を報告したベンジャミンが、彼の主君にして古い友人でもある、エリムに伺いを立てた。
「フム・・・単なる魔物の大量発生か、あるいは最悪でもスタンピード程度かと思っていたが、どうやら少し様子が違ったようだな。」
目線だけを室内へと向け、なぜか口元に微かに笑みを浮かべながらエリムが言った。
「陛下。スタンピード程度という物言いは、国王としては些か不適切なご発言かと。仮に一度発生してしまえば、その脅威は我が国の広範囲に降りかかることになり、被害を被るのは我が国民になります。」
ベンジャミンの向かい側に座っている、貝紫~別名皇帝紫~色のローブを纏った女性が、静かな声で窘める。
彼女もまた、最上級の大理石のような真っ白な肌をしており、まるでミスリルを極限まで細くしたような、腰まで届く輝く銀色の長い髪が、美しくローブの上を流れていた。
手足はスラリと長く、折れそうなほど細く長い指も、造り物のように繊細である。
瞳の色は、透き通っていながら深い碧色し、切れ長の目は優しげで、いつも静かに見守っているかのようだった。
『テレーゼ・シュヴァーロフ・スィニア』・・・ハルバト国の宮廷魔道士長にして、他の2人同様、元Sランク冒険者である。
「そうだな、漸く平穏を取り戻しつつあったこの国に、再び災厄を呼び込むかのような発言は慎むべきであった。許せ。」
エリムは衣装の裾を翻し、円卓に腰をかける。
「ご自分が狩ることを前提に話されるから、そのようなご発言になるのです。くれぐれもご自重ください。」
テレーゼが、嫋やかに一礼する。
清楚な印象とは裏腹に、左の口元にある小さなホクロが色っぽい。
「まったくだ。もはや『閃光の金獅子』と呼ばれた、冒険者ではないのですぞ、陛下。」
ベンジャミンが頷く。
「それで、本部長殿。その冒険者の言う、黒いローブの魔物の強さがAランク以上という情報は、信用できるのですか?」
腕を組むベンジャミンに、小首をかしげテレーゼが尋ねる。
「肩書で呼ぶのはやめてくれ、テレーゼ。ここには我らしかいないのだ。」
「それなら、俺のこともエリムと呼んだらどうだ?」
「いや、それとこれとはまた違うというか・・・。」
ベンジャミンの言葉に、エリムが突っ込む。
「いつ如何なる時も、へいかは、陛下です。・・で?ベンジャミン。」
テレーゼは一言のもとにエリムの提案を却下し、ベンジャミンを即す。
「もちろん、一緒にいたスザンヌも同意していたのだから、間違いはなかろう。」
「だとすれば、取るべき方策はそれほど多くはありませんね。」
テレーゼが、エリムの方を見て言った。
「フム・・・言ってみてくれ。」
「かの『神々の戦い』の結果、引退したSランク冒険者しかいなくなった我がハルバト国のとれる方策として・・・一つには、Aランク冒険者達による討伐隊の派遣があるでしょう。ただし、仮にスザンヌ達の言うことが正しければ、大きな損害・・最悪は多くの優秀な冒険者達を失う可能性もございます。」
造形の神が腕をふるって創り上げたかのような美しい顔は、特徴的な先の尖った耳の形から、彼女がエルフ族・・それもハイエルフ族であることを物語っていた。
「二つ目は、国軍を動かしイナンナまでの道を確保する。いかな強力な魔物であろうとも、軍隊という数の力に抗するのはそう安きものではないでしょう。ただし・・これもまた、大きな損害を被る可能性は残ります。」
名前に『スィニア』が入ることから推察できるように、彼女は隣国・・4大国の一つ、ウルト国の王族であった。
ウルトは、エルフの国であり、王族は全てハイエルフ族である。
エルフ族は元々、他の種族よりも大きな魔力を有しており、魔法に長けていた。
特に上位種であるハイエルフ族は、より多くの魔力を潜在的に有し、強力な魔法を駆使することができた。
中でもテレーゼは、幼いころより非凡な才能を示し、故あって故国を離れ、エリム達と出会い、やがて『深淵の魔道士』の称号で呼ばれるようになったのだった。
「最後に三つ目は、今しばらくは様子を見る。不幸中の幸いではありますが、今のところ事態の範囲は、イナンナの町とその周辺に限られています。監視の目を増やしつつ、今後の状況を見守り、他国との協力も視野に入れて、対応を模索していくという方策もございます。ただしこれは、他国との力関係への影響等、外交について十分留意する必要がありますし、また何か起きたときには、後手に回る可能性が高いことも考慮すべきでしょう。」
話し終えたテレーゼが、静かにエリムを見つめる。
美しい2人が見つめ合うその空間は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「もう一つ手があると思うが?」
組んだ両手の甲の上に顎を載せて聞いていたエリムは、光の加減で金色にも見える茶色の瞳を一旦伏せたあと、テレーゼを見返した。