114.ふり返ればヤツがいる
「あの時、この国は存亡の危機にあった・・・いや、この世界そのものが、滅亡の縁に立たされていたと言っても過言ではなかった。」
話し始めたベンジャミンさんの言葉に、みなうつむいている。
とりわけ、エルの表情は強張っていた。
「当然、各国も軍や冒険者ギルドを総動員して、迫り来る魔物たちを迎え撃った。」
「でも、その抵抗も虚しく、ハルバトでは、軍を率いていた第1王子は戦死して、王宮は壊滅。第2王子を含む、王様以下殆どの王族や貴族が亡くなってしまったの。」
ベンジャミンさんとスザンヌさんが、交互に話してくれる。
「俺たちはSランクパーティーとして、ウルト国との国境付近で、他の冒険者をまとめて戦闘中だったんだが、王宮の危機の報せを受けて、急いで戻った時には、惨憺たる状況だった・・。」
「つまり、戦争が終結して、生き残った王位継承権を持つ王族は、エリリンただひとりだったという訳。」
「それで、冒険者から足を洗って、王様になったということですか?」
「「そういう事だ(よ)」」
なるほどなあ・・。
「俺たちはパーティーを解散し、エリムは王位に就きサーシャと結婚した。テレーゼは、宮廷魔道士長として新生王宮を支え、俺はギルド本部長に任命され組織の再建を託された。そして・・・。」
「なによ!」
ベンジャミンさんが、スザンヌさんのことをチラ見する。
「最も戦闘の激しかった、ヒタト国との国境に近いエア村のギルド長に、エリムはスザンヌを任命したんだ。みんなでこの国を復興し、再生するために。それなのに・・・。」
「大丈夫よ、ガイちゃんなら。それに、あたしにもちょっと、思うところがあるのよ。」
そう言って、今度はスザンヌさんが、ちらっとこちらを見た。
ぞわぞわ~っと、背中に悪寒が走る。
「あの、いまSランクパーティーって言いました?」
「ああ、俺たちはみなSランク冒険者だからな・・・あっ、ひとりだけ違ったか?」
「悪かったわね!あたしは、認証式とか、〇〇式とか式の付くものは、苦手なの!!」
ええ!それだけの理由すか?!
コンコン。
「本部長、イナンナの町へ向かった討伐隊から知らせが届きました。」
ミレリさんがノックをして、扉を開けて言った。
俺たちに遠慮したのか、ベンジャミンさんの顔を見て、指示を待っている。
「随分と早かったな。構わん、続けてくれ。」
「はい。やはり、イナンナの町の手前の森に到達する前に、街道上で魔物に遭遇し、戦闘となったとのことです。魔物の種類は、グールが50体にスケルトンが50体、そしてヴァンパイアが20体だったそうです。」
この間の約倍だな・・。
「それで結果は?」
「グールとスケルトンの掃討は問題ありませんでしたが、ヴァンパイアを討伐中に・・・。」
「どうした?」
嫌な予感がする。
「正体不明の魔物が出現し、討伐隊はほぼ壊滅したと・・。」
「なに?!」
やっぱり・・・あいつだな。
「そいつは、黒いローブを着ていませんでしたか?」
「どうしてそれを?!」
俺の問に、ミレリさんが驚いている。
「セイヤくん、どういうことかな?」
ベンジャミンさんが真剣な眼差しで、俺の顔を見る。
「あたしたちも会ったのよ、そいつに。」
俺が答えようとした時、スザンヌさんが横から答えた。
「そうか。さっき、王都に来る途中で遭遇したと言っていたな。」
「そう、そのときにもそいつが現れたのよ。黒いローブを着たヤツが。」
「だが、討伐隊はBランク以上の選りすぐりの冒険者たちだぞ?そうそう簡単に、やられるはずは・・・。」
ベンジャミンさんが、首をひねる。
「もし俺たちが会った魔物と同じヤツだとすれば、Aランク冒険者でも太刀打ち出来ないかもしれません。」
「なんだと!?じゃあ、相手はSランク以上だというのか?」
「おそらくは・・。」
肯定する俺に、他のみんなも異議を唱えなかった。
「ううむ・・・。」
ベンジャミンさんが、腕を組んで唸ってしまった。
「・・・すまんが、これから王宮に上がって、エリムに報告しなければならん。君たちは・・・。」
「分かったわ。あたしたちは、神殿へ行かなきゃだから、お構いなく。」
言いかけるベンジャミンさんを遮って、スザンヌさんが立ちあがりながら言った。
「そうか・・・もしかしたら、詳しい話を聞かせてもらう必要がでてくるかもしれんので、なるべく連絡がつくようにしていてほしいのだが?」
「あまり面倒事に巻き込まれたくないのだけれど・・しかたないわね。あたしたちは、例のホテルに泊まっているから。」
「ああ、了解した。」
俺たちも立ち上がって、スザンヌさんのあとに続く。
「じゃあ、お暇するわ。お紅茶とクッキー、ごちそうさま。」
「「「「ごちそうさまーーーー!」」」」
俺たちは、ミレリさんにお礼を言って部屋を出た。
開け放たれた扉の向こうを振り返ると、ベンジャミンさんは、見送りもそこそこに、書類か何かを急いで整えているようだった。
コリンがミレリさんに手を振ると、ニッコリ笑って小さく手を振り返してくれた。