111.ベン、ベベン、ベンベン
扉を開けたらすぐに広い部屋・・な訳はなく、小部屋があって机が一つある。
その机には、スザンヌさんの声に反応して顔を上げた女性が一人。
薄い目のブロンドの髪で、スラリとしたナイスプロポーションの、エルフの女性だ。
「あ、あの・・アポイントメントは?」
目の前を素通りするスザンヌさんに、慌てて立ち上がって声をかける。
「そんなの無いわ。」
スザンヌさんは、そのまま奥の扉に手をかけて、思いっきり開け放った。
俺たちはどうしていいか分からずに、とりあえず愛想笑いでその女性にヘコヘコ頭を下げている。
「こ、困ります!」
「おひさー、ベンちゃん!元気してたあ?」
おねえさんの抗議の声に、一切取り合わず、扉の奥の人物に声をかけた。
「だから前々から言っているだろう、ノックくらいしろと。」
メガネを外しながら(メガネあるんだ)、窓際の馬鹿でかい机の向こうに座っていた男の人が、立ち上がった。
えらい渋い声だなあ。
立ち上がってみると、結構デカイ。
スザンヌさんよりかは、ちょっとだけ低いかな?
筋骨隆々の身体に、わずかに白髪の混じったブラウンの短髪髭面の精悍な顔立ち。
今でこそ渋いおじさんだが、若い頃は相当のイケメンだったんだろう。
「あら、あたしとあなたの仲だもの、そんな他人行儀なことはいらないでしょう?」
そう言って、スザンヌさんはズカズカと部屋の中を移動して、机の横にあったソファーセットの内の1つに、どかりと腰を下ろした。
「まったく・・・相変わらずだな。だいたい、誤解を生むような言い回しはやめてくれんか?スザンヌ。」
そのひとは肩をすくめると、苦笑を洩らした。
笑うと、ちょっとだけ下がった目尻のシワがかわいい。
「君たちも適当に座ってくれたまえ。」
俺たちの方を見て、言ってくれる。
「あ、ありがとうございます。」
二人のやり取りを、ホケーと見ていた俺たちは、これまた恐縮しながら部屋を横断し、スザンヌさんの周りのソファーに腰を下ろす。
ライアンはなぜか、俺の膝の上だ。
「・・それで?あの『剛力の牆壁』が、こんな可愛い子たちを引き連れて押しかけて来るなんて、どういうことですかな?」
スザンヌさんの隣の、一人がけソファーに腰を下ろしながら、そのベンちゃん?さんは言った。
「『剛力の乙女』よ。大体、その呼び方はやめてって言ってるでしょう?・・・なんかのどが乾いたわね?」
スザンヌさんが、俺たちを見回したので、みんな一斉に首をカクカクと縦に振る。
「わかった、わかった。あー、ミレリ君!みなさんに飲み物を。」
さっきのおねえさんに、指示をしてくれた。
「あら、催促したみたいでごめんなさいね。」
「別に構わん。・・で?」
「随分せかすわね、久しぶりなんだから、一息ついてからでもいいでしょう?」
「まったく・・。これでもギルド長兼本部長だからな、そこそこ忙しい身なんだぞ?」
「それは、ベンちゃんが自分で引き受けてしまったんだから、しょうがないでしょう?・・あ、エリリンに頼まれたんだっけ?」
「古い話だ・・・それより、そっちこそ職員の前で『ベンちゃん』呼ばわりはやめてくれないか?」
「あら、どうして?親近感が増していいじゃない。」
「示しがつかんだろ。」
「お待たせしました。」
よくわからない二人のやり取りを、唖然として聞いていたら、ミレリさんが飲み物を持って戻ってきた。
「「「「ありがとうございます。」」」
ミレリさんは、俺たちの声の揃ったお礼に、ニッコリ微笑むと、一礼して部屋を出ていった。
「そう言えば、紹介がまだだったわね。」
スザンヌさんは、いい香りのする紅茶を一口飲んだあと、おもむろに言った。
「この男の子は、セイヤくん。Bランクの冒険者よ。膝に乗っているのが、使役獣のライアンちゃんね。」
「ほう、この若さでBランクかね。」
「ま、まあ。たまたまです。」
俺は、頭を掻きながらヘコヘコする。(ちょっと!ヘコヘコしない)
エルに、陰で肘打ちされた。
ライアンは、アクビをしている。
「で、この子は妹さんのコリンちゃん。」
「どもです~~!」
「それから、この子は知ってるわよね。Aランク冒険者のエルちゃんよ。」
「ああ、もちろん知っているとも。久しぶりだね。」
「ども。」
「最後に、この子はアイリスちゃんよ。ヒタト国出身よ。」
「アイリスです。よろしくお願いします。」
「なに!ドワーフ族だからもしやと思っていたが、やはりそうなのか?!」
「は、はい。」
なにやら、めちゃくちゃ喰いついてくる。
「ああ、その話はそのうちにね。で、こっちのシブメンが、冒険者ギルド王都本部のギルドマスター兼本部長の、ベンちゃん。通称ベンジャミンよ。」
「逆だ!あ~、ベンジャミンだ。よろしくな。」
ベンジャミンさんは、そう言って俺達の方を向き、ニッコリ笑った。
目尻にシワができる。
「で、こんなに大勢若いのを引き連れて、なにしに来た?」
「ん?ああ、あたしギルマスやめたから。一応その報告に?みたいな。」
「なんだってぇーーー!!!」
ベンジャミンさんが、バンとテーブルを叩いて立ち上がった。