105.使節
「そうです。御神託は、もう一度ありました。」
アイリスは、俺の顔を見て頷いた。
「それはキシャル神さまの?」
「いえ、ニンフルサグ神さまです。」
「そうか!だからあの時、あそこに居たんだ。」
「ええ、まあ・・・。」
アイリスは、曖昧にうなずく。
「ん?でもどうしてヒタト国の王都キシャルに住んでいたのに、ニンフルサグ村にいたの?」
エルが、首をかしげる。
「キシャル神殿からニンフルサグ神殿へ、修行に来ていたそうよ。」
スザンヌさんが、言い淀むアイリスの代わりに答える。
「そういうことは、よくあることなのかい?」
俺は、少し疑問に思って聞いてみた。
「そうですね。神殿同士、敵対しているわけではないですし、キシャル神様は地母神であり、ニンフルサグ神様は大地の女神、豊穣を司る神ですから、お互いに学ぶことも多いのです。・・それに、キシャル神様はニンフルサグ神様のお母様でもありますから。」
この世界の神様の人間関係・・神間関係というのか?・・は、なかなか複雑だなあ・・・。
「で、御神託というのは?」
「そうですね、あれはワイバーンたちが村を襲ってきて、礼拝堂に逃げ込んだときでした。」
***************
ある日、シア国からの使者が海を渡ってやってきた。
王都の側にある大湖ラハムから流れ出た、ヒタト国最大の河川、ラフムの河口の村に上陸した使者一行は、使者と数名の護衛のみで陸路王都へ向かった。
そして、王都入りした使者は、国王様に謁見をはたし、両国の親交と交易の発展を提案した。
国王様をはじめ重臣たちはとても喜んで、使者一行を歓迎した。
いにしえの巨大国家シュメルの流れをくむ、アリア、バロニア、ハルバトの3国は、現在でも親密な関係にあるけれど、ヒタト国を含むその他の国々は独自の文化や習俗を持ち、あまり関係が深いとは言えなかったから。
歓迎の宴の席で、シア国の使者は国王様に、更にこう進言した。
「国王陛下に献上するため、多少の品を乗ってきた船にて運んで参りました。つきましては、王都の港に接岸することをお許し頂きたい。」
国王様はすぐにお許しになり、船が到着するまでの間、使節一行を盛大に饗し続けた。
やがて、大河ラフムを遡り、シア国の巨大な船が王都の港に入港した。
船からは、大量の奴隷と物産が降ろされ、国王様と重臣たち貴族に献上された。
特に、シア国の南方にあるというエト国産の黄金製品は、貴族たちを大いに喜ばせた。
なぜなら、ヒタト国は鉄を始め多くの鉱石類を産出し、金属加工に秀でた国であったけれど、唯一黄金だけが得られなかったから。
金属製品に目がない国民性から、その希少性も含めて、絶大な人気があったのだ。
シア国の使者一行は、護衛を含めて全部で10人だった。
使者の名前は正使がナタル、副使がベセリといい、事務官のネルという人が随行していた。
それら3人の使者に、護衛が7人付いていた。
ドワーフ族は少し閉鎖的で、そのため世情に疎いところがある。
それに、ものづくり以外のことには、どうしても大雑把なところもある。
正使のナタルはシア国の首相を務める大臣であり、副使のベセリは筆頭書記官、事務官のネルはその補佐という立場であることを、最初の自己紹介で知らされた国王様を始め重臣たち(女王様や婦人たちも含めて)は、その理知的で物腰の柔らかさから、いつしか、すっかり3人の魅力の虜になっていた。
さらには、護衛の7人も屈強さと精悍さを併せ持つ姿に、女性たちの絶大な人気を得るようになっていたのだけれど、宴席の余興として開かれた武闘会において、近衛騎士団を打ち負かしたのを受けて、武力信仰の強い男性たちの心をも鷲掴みにしたのだった。
ヒタト国全体が、シア国の使者一行に、ある種の熱狂状態に陥っていた。
使者一行の滞在は、いつしか半年にも渡っていた。
国王様を始め重臣たちが引き止めたというのもあるが、今から考えれば異常なことだった。
使者たちがいることが当たり前になり、連日連夜の宴のため、王都中の人々がぐっすりと寝入っていたある夜に、それは起きた。
港に接岸していたシア国の巨船から魔物が溢れ出し、殺戮と破壊を始めたのだった。
王都は混乱の極致となり、逃げ惑う人々の叫び声が街中に充満した。
あまりの突然の事態に、国軍は為す術なく壊滅し、魔物たちは王城へと迫った。
当然、神殿へも魔の手が届くのは時間の問題だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やっぱり長くなってしまいました(汗)
なるべく2000文字は越えないようにしたいと思っていますので、ここで一旦切ります。
中途半端ですいません(m(_ _)m