104.宣告
今度は、一斉にアイリスのことをみんなが見る。
「あの・・・ボク、ヒタトにいた時に神殿に仕えていたって言いましたですよね?」
うつむいたまま、ぽつりぽつりとアイリスが話しだした。
「王都キシャルの、キシャル神殿に居たんです。」
「そうなんだ、そういえば神官だったっけ?」
俺は、王都に入る時に交わした言葉を思い出して聞いた。
「ま、まあ・・・そんな感じです。で、ある日・・・そうですね、ちょうどヒタト国にあいつらがやって来る、ひと月前のことでした。」
アイリスは、うつむいていた顔を上げ、胸の前で両手を組んで静かに目を閉じながら言った。
「いつもの様に、キシャル神さまにお祈りを捧げていたときでした。とつぜん、周りの音が聞こえなくなって、意識がフッと軽くなったような気がしました。」
「あの時とおんなじ。」
エルが小さな声で独りごちる。
「そして、誰かが呼びかける声が聞こえたんです。いえ、聞こえたんじゃなくて、頭のなかに直接響くみたいな感じでした。」
「・・・その声は、ご自分を、キシャル神さまだとおっしゃいました。ボクはすごく驚いて、慌てて目を開けようとしたけど、どうしてもそれは出来ませんでした。」
その時と同じように、アイリスは目を閉じたまま話し続ける。
「その声はとても温かくて慈愛に満ち溢れていて、すごく安心できるものだったから、ボクは自然とキシャル神さまだということを信じていました。」
「---そして、キシャル神さまは、こうおっしゃったんです。『間もなくこの国は暗黒に落ちて、ドワーフたちは安住の地を追われるでしょう。』と。」
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「エッ!」
ボクは、キシャル神さまの言葉に絶句した。
だって、愛する祖国が大変なことになるなんておっしゃるんだもの。
でも、絶句なんてしていられない。
ボクは数瞬ののち、キシャル神さまにお聞きした。
「暗黒に落ちるって、どういうことですか?ヒタトはどうなるのですか?みんなは?お父様やお母様、お兄様やお姉様は?」
「・・・ヒタトは、邪神の手の者に奪われるのです。魔物たちに蹂躙されて・・。多くの者が、命を奪われるでしょう。」
邪神?魔物たちって・・・もしかして!?
「邪神とは、アプスのことですか?魔物というのは、有翼の牡牛クサリク?・・でも、あいつらは数年前にエア神さまたちが・・・。」
「アプスの妻、ティアマトが邪神となって息子キングウに命じ、『11の魔物』を復活させようとしています。そして、エアをはじめ私達神々に復讐するため、この世界を滅ぼしに来るのです。」
「そんな!・・・では、この国を奪いに来るというのは、そのキングウと『11の魔物』のことでしょうか?」
ボクはまだ小さかったから、よくは覚えていないけれど。
たった1体のクサリクにさえ、めちゃめちゃにされて、特に隣のハルバト国の被害は壊滅的なものだったと聞いている・・・。
そんなのが、11体も復活したら・・・。
「今は”邪神の手の者”としか言えませんが、少なくとも『11の魔物』ではありません。あのモノたちは、まだ復活を果たしていないのです。」
良かった・・・と言っていいのかな?
でも、祖国が奪われて魔物たちに襲われることには変わりがない・・。
「キシャル神さま!いったいどうすれば良いのですか?ボクはどうすれば?!」
「お聞きなさいアイリス。そなたはその時がきたら、南へ・・ハルバトへと向かうことになるでしょう。そしてある場所で、使命を授かります。」
「そうじゃなくて、この国を救うにはどうすれば?!」
「・・・・残念ながら、それは避けることができないでしょう。ただ、希望の光はあります。その光とともに在れば、この地を取り戻し、再興することも可能となるでしょう。」
避けることができない?!
そんな!!
・・・そうだ!
このことをみんなに言えば・・・。
「みんなに言ってみます。よろしいですよね?」
「構いません。・・・ですが、恐らく信じる者はいないでしょう。」
「それでも言ってみます!」
そうしないと、ボク・・・耐えられそうにないもの・・。
「そのかわり、そなたには特別な加護を授けます。この能力はいずれ、必要となるでしょうから。」
キシャル神さまのその言葉と共に、全身が温かい力で包まれるのを感じた。
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「キシャル神さまはそして、『邪神ティアマトが、息子キングウに命じて『11の魔物』を復活させる。』とも教えてくださったんです。」
「そうだったのか、だからさっき・・・。」
俺が思い出して言いかけると、アイリスは黙って頷いた。
その顔は、どこか寂しげで、そして悲しげだった。
祖国を無くしたんだもんな、当たり前か・・。
思い出させて、悪いことしたかな?
しばらく沈黙が続いた。
「そういえば神託は2度って言ってなかったっけ?」
俺は、重い雰囲気を切り替えようと、話を振ってみた。