1.プロローグ
突然、テーブルの上のタブレットが光り、呼び出し音が鳴り響いた。
「もしもし?イナちゃん?あたし、ウカよ。お久しぶり~。元気してた?」
「あら、ウカちゃん?ご無沙汰ね、元気よ。」
「そう、それは良かったわ。」
「で、どうしたの?突然。」
「うんあのさあ、例の件だけどさ。ちょうどいい子がみつかったから、そっちへ送ろうかと思って。」
「え?ああ、あの件ね。そう、みつかったの。良かったわ、もうカレコレ探し始めて1600年くらいになるかしらね?」
「そうね、タケちゃんが亡くなってからだから、そのくらいかしらね。」
「そうかあ・・・。あの子も、結構長い間、頑張ってくれたんだけどね。そんななるかあ・・・。」
「じゃあ、準備ができたら、そっちに現れるから、よろしくね。」
「オッケー、わかった。色々悪いわね、この埋め合わせは、あとで精神的にお返しするわ。」
「別に気にしなくていいわよ。こっちこそ、昔は色々とお世話になったんだから。」
「まあね。そんなこともあったわね。」
「じゃ、要件はそれだけだから。またね~。」
「相変わらず、タンパクねえ。バーイ。」
タブレットの通話中の表示が消える。
「ふう・・・それに、にぎやかな子ね。いつも・・・。」
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「おはよう。」
「おう、おはよう!」
「なあ、大晦日の『笑ってはいけない』見た?」
「ああ、見たぜ。」
冬休み明けの学校で、久しぶりに顔を合わせたクラスメートたちと、休みの間の話で盛り上がる。
「ところで、今年の初詣はどこ行った?」
「俺んとこは、塩釜神社。」
「わざわざ行ったんだー。俺のうちは近場で、大崎八幡だな。聖也のとこは?」
「ん?えっと、竹駒さんだよ。うちは毎年あそこさ。」
「へー、そうなんだ~。」
俺は大伴聖也、高校2年生。
うちの高校は、仙台市内でも有数の進学校だ。
キャンパスは、市街地と広瀬川をはさんだ対岸にあって、周りはいわゆる文教地区で、緑もたくさん残ってる。
キ~ン コ~ン カ~ン コ~ン~~~~
始業式的なものと、簡単なホームルーム、休み明けのテストの話が終わると、解散となった。
「終わった、おわった~。」
「帰って、ゲームしよ~。」
「なんか食っていかね~?」
「んじゃあな~。」
初日の学校は早めに終わるので、みんなさっさと帰り始める。
俺も、自転車にまたがり、家へと向かった。
いつもの坂道を軽快に下っていく。
緩いカーブに差し掛かった時、横の小さな茂みから、茶色い小さな物体が飛び出してきた。
『キキキィー!』
慌てて、ハンドルを切りながら、ブレーキをかける。
間一髪、衝突は免れた。
しかし、その小さな物体は、道路の真中で竦んだまま、固まっている。
そこへ、向こうから対向車が迫ってくるのが視界に入った。
「危ない!」
俺はとっさに、自転車を脇に放り出して、その小さな物体にダッシュで駆け寄ると、そのまま覆いかぶさるように懐に抱えて、向かってくる車を避けようとした。
『ガツッ。』
だが、道幅が狭く、完全には避けきれなかったため、車が俺に接触する。
その瞬間、俺は背中に大きな衝撃を感じた。
『い、痛てえ!』
ぶつかった衝撃で、吹き飛ばされた俺は、空中を飛びながら、何故か冷静に懐に抱いたその小さな物体を観察していた。
『茶色くて・・・ん、きつね色?モフモフしてて、とっても柔らかく肌触りがいい。子犬?耳が大きいな。シッポもふさふさ。・・・きつね?・・なんでこんな街なかに、キツネが?ん?狐?マジで?』
次の瞬間、地面に叩きつけられた。
信じられない痛みの中、薄れゆく意識。
最後に俺の目に映ったのは、子ぎつねのつぶらな瞳と、ヒクヒクさせる小さくて黒い、艶やかな鼻だった。