第二話 異世界へ
コップに入ったいちごオレを、ストローで一口啜った後、私は軽くため息を吐いた。
私が現在いるカフェのガラス窓の向こうは、大型スーパーがあり、夜だが沢山の人が歩いている。
私もさっきまで、そのスーパー付近の映画館で今流行の映画を見ていた。
勿論一人ではなく、現在対面座席に座っている彼氏と一緒だ。
「大丈夫?」
溜息を吐いた私を心配していたらしく、私は彼に何でもないよと慌てて返す。
こう見えても彼は、心配性な所がある為、私が機嫌を損ねるような出来事があると、かなり心配し、すぐに謝ってくる。
私は彼のそんな所が好きなのだが。
実は彼氏には、過去に二度程胃に穴をあけるような心配をさせている。
そのどちらとも、デスゲームに巻き込まれた事件だ。
この彼氏の性格を考えれば、会えないことは寂しいと思っていただろうし、再会できた時は嬉しいと思ってくれていた筈だ。
故に私は、以後彼氏を過剰に心配させるような事に巻き込まれないよう注意している。
ふと時計を見る。既に午後六時。
対面座席の彼が立ち上がる。
「アサミ、僕は門限だからそろそろ・・・・・・」
「あ、うん。今日も楽しかったよ。
またね?」
私が微笑みながらそう言い返すと、彼は笑って店から立ち去った。
伝票は彼が持って行ってくれた。どうやら奢ってくれるらしい。
彼が完全に店から出ると同時に、私は再び溜息を吐いた。
私が溜息を吐く理由。
それは別に、先の彼氏との関係に不満があるからではない。
まだ性的なことはお互いしたことなく、童貞処女のままだが、少なくとも私は彼氏の事が大好きだ。
私が溜息を吐いた理由は、とある事から一年が過ぎた日だからである。
高校一年生になって半年後くらいに、その出来事は起きた。
私が家で、ゲームをしていた時の事――――。
『助けて、下さい・・・・・・』
その時だ。
知らない誰かの声の後、私の視界を白い光が塞ぐ。
白い光が視界から消え去った後、そこにカフェは無かった。
あったのは、真っ暗な世界とステンドグラスのような床、そして。
女神のような女性だ。
「ここは・・・・・・?」
勿論知らない空間、知らない人間だ。
先の白い光に包まれ、別の空間に移動するという出来事。
その現象を、私は何度か経験している。
勿論現実で、ではない。
VRゲームでだ。
VRゲームの転移に似ているのだ。
だが先までいたのはVRのカフェでは無く、私が住む栃木県佐野市のカフェである。
転移など出来る筈もない。
「ねえ、君は誰?」
私は女神らしき女性に質問した。
「私は女神。勇者が住まう世界を護る者です」
どうやら本当に女神だったらしい。
「その勇者の世界を護る女神さんが、何で私なんかに用があるの?」
女神は右手を翳して、何か映像らしきものを見せた。
「な、なにコレ?」
そこに映っているのは、ファンタジー風の世界が異形に荒らされている様子だ。
そして空には無数の戦艦。
その異形を排除しようとしているのは。
少年だ。髪は黒いが、一部分が金髪の。黒い衣服を身に纏い、光なのか雷なのかよく分からない装飾がされた剣を振るっている。
「コレが私の世界の現状です」
まさかこんなゲームみたいな世界が本当にあったことに、内心驚きを隠せないが、何とか質問する。
「それで、私はその話を聞かされて、何をすればいいのかな・・・・・・?」
「二度死の遊戯から生き残り、滅亡した国の少女を救った英雄。
そんな貴女にして欲しいことは一つです。
この世界で戦う勇者の、手助けをしてほしいのです」
え?
「と言われても、現実世界の私を転移させた所で意味はないよ?
VRでしか戦闘経験無いわけだし」
「大丈夫です。転移時に、貴女のデスゲーム時のステータスをそのまま貴女に上書きします。
勿論、ログイン/ログアウト機能も付けておきますから某ネトゲみたいになりませんよ」
「私の世界に詳しいね」
因みに私もその小説は好きだ。
「それでは、転移させますね。
勿論、休みたい時は気軽にログアウトして下さい」
「というかファンタジー世界の住民なのにログアウトとかそういう単語知ってるのか・・・・・・」
◇◇◇
とそんな会話の後、私は異世界に転移した。
そこは、見渡す限り緑が広がったフィールドだ。
何というか、RPGの最初の森みたいな奴。
おっと忘れていた。きちんと女神が言っていた機能が動作するか確認しなければ。
何も無い空間をタッチすると、そこに仮想ウィンドウのようなものが出現し、ログアウトしますか?という旨の文章と、『はい/いいえ』の選択肢。
取り敢えず『いいえ』をタッチし、次は視界左上を見る。
自分の名前と、HPのバー。
勿論ダメージを受けていない為、まだ一ドットたりとも減少していない。
次に装備。
自分の身なりを確認すると、一回目のデスゲームと同様の服装だった。
胸に黄色のラインが入った紫のシャツに、シャツと同色のスカート。
両手には、籠手も装着されている。
「さて、これから勇者に会えば良いのかな?」
あれ、てか女神さん。
勇者の手助けをしろとは言ってたけど、勇者がいる街に転生させてくれないのね?
「もしかして色々ドジなのかな・・・・・・?」
とか言っていると、何も無い空間から人型の異形が出現した。
殺意に満ちた目つきをこちらに向けて、口を開く。
「お前、人間。殺すッ!」
腰に差していた剣を抜き、機械の如くそう言い放つ。
私も目つきを変えて、異形に言った。
「最初にしては、かなり強そうな敵だね。
でも、簡単に死ぬわけにはいかないッ!」
私は地を蹴った。
そのまま、炎の拳技では一番弱い《手刀・兜割》の体勢に入る。
右腕を空に掲げ、右手で手刀を作り接近した。
一方異形も、腰に差していた剣で単発の突き技の体勢に入っていた。
このまま異形の突き技が成功すれば、私の心臓を貫通するだろうが、私はそれを予測していた。
左手の籠手を使って突き技を逸らし、異形に接近。
右の手刀は、異形の脳天にクリーンヒットした。
「き、貴様ァ・・・・・・」
怯んで後退する異形。
私はそのまま追撃を開始した。
敵の突き技と同じく、とどめの一撃として最適な技《奪命拳》。
右ストレートの構えのまま、氷の上を滑るように異形に接近する。
距離を詰めた後、私は右拳をそのまま突き出した。
激しく燃え盛る炎の拳が、異形の心臓を貫く。
異形は黒い影へと変じ、爆散した。
その後敵が持っていたらしいアイテムが、先程敵がいた所に出現し、それを拾う。
私は息を吐きだしてから、辺りを見回した。
「さて、勇者を探さなければならないけど、どうすれば良いのかな?」
◇◇◇
一方その頃。
彼は、その様子を遠くから見ていた。
「あれが、貴様の姉なのか?」
スクリーンに映されている少女を指差し、天夜に問う。
「うん。あれが、僕の姉さん――――北条朝美だよ」
確かに雰囲気が似ている。
弟の天夜とは違い、紫の短髪と、全体的に紫の衣服だが。
あの青い瞳の、非の打ちどころのない美人顔は、天夜にそっくりだ。