第十一話「心の錬金術師 過去編」
自分の配下だった天夜を倒した少女に睨みつけられ、彼は長らく閉ざしていた口を開く。
「素晴らしい。よく天夜を倒したな、炎の双拳」
その声の後、アサミは顔色を変えずにいたが、アサミの近くにいた魔法使い――マリーは不思議そうな顔をしていた。
当然だ、と彼は思う。
マリーと彼は、遠い昔に会っているのだから。
椅子から立ち上がり、長い間外さなかったフードを外す。
露わになった顔面を見たマリーの顔は、驚きに変わる。
そして、彼に対して口を開く。
「が、ガブリエルくん・・・・・・?」
「久しぶりだね、マリー。
まさかこんな形で、会うことになるなんて」
◇◇◇
この世界では、一般の魔法とは異なる、錬金術というものも存在する。
魔法が自分の肉体に存在する、精霊と呼ばれるものを様々な力に変換して使用するものなのに対し、錬金術は様々な物質、時には他人の身体や精神を素材として様々なものを作り出すことの出来る力である。
共通している点と言えば、どちらも等価交換の世界ということだ。
魔法も使う魔法に対して、体内の精霊という代価を払うことで初めて発動出きるように、錬金術も作りたいものと等価の素材が無ければ作製することは出来ない。
そしてある村には、こんな二人がいた。
生まれつき多彩な魔法を使う才能を持った少女と、生まれつき上手く錬金術を行う才能が無かった少年だ。
◇◇◇
錬金素材を置く。
式句を唱えながら、作りたいものを想像する。
集中する。
言葉だけなら単純なのに、これが中々難しい。
今回は、ただの銀のインゴットで、前から欲しいと思っていた置物と同じものを作ろうとしていた。
だが。
「・・・・・・出来ない」
練成に必要な式句も、想像したものも間違っていない筈。
だが出来たのは、とても置物とは呼べないぐちゃぐちゃの物体だ。
「畜生・・・・・・畜生ッ!」
作るのに失敗したのは、これで何回目だろうか。
少なくとも、千回くらい失敗している。
それは、自分しか知らない。
理由は単純だ。
知られたくない相手が、近くに二人もいるのだから。
だがやはり、友人の前でも失敗ばかりしている。
そしてそれは、今回もだ。
「ガブリエル。また失敗したみたいだな」
嘲笑と共に、現れたのはツーブロックの、ガブリエルと同い年の少年だ。
「リロイ・・・・・・。何の用だよ」
「嗤いに来たんだよ。てめえみたいなクズ錬金術師をよ」
「何だとッ!」
クズ錬金術師なのは、認めざるを得なかった。
この歳になるまでに千の錬金を行い、成功した回数は数えられる程度だ。
対してリロイは、性格も悪く、素行不良だが中々の腕を持つ錬金術師である。
ガブリエルとは、わざわざは比べるまでもない。
「せいぜいそんなゴミを大量生産でもしてろよ、クズ錬金術師くん」
今度は大きな声で笑うリロイ。
そろそろガブリエルの怒りは、頂点に達し。
拳を握った。
「何だよ、やる気かてめえ」
リロイも同じく拳を握り、顔をしかめた。
元々怖い顔をしたリロイが顔をしかめると、怖がらない者などいない。
だが、ガブリエルは恐怖すら忘れて、怒りのまま突撃した。
「うっ、うわあああああああああッ!」
ガブリエルの突き出した拳は、リロイの顔に当たらず、真横を貫いた。
反対にリロイの拳が、ガブリエルの顔に突き刺さり、そのまま後ろに吹き飛ばされる。
「ぐぅわッ!」
「ははは、バーカ!」
ガブリエルは立ち上がる。
だがその頃には、リロイは距離を詰めていた。
このままじゃ――。
と思ったその時だ。
「うわっち! 誰がこんなこ――ってああッ!」
リロイが背中で燃える炎を手で鎮火しながら向いた方向にいたのは。
「こら! リロイ君!
ガブリエル君をいじめちゃダメでしょ!」
「ちっ、マリーか。
命拾いしたなてめえ。だが今度はそうはいかねえぞ!」
リロイは背中をさすりながら、何処かへと去っていく。
「リロイ君も、昔は良い子だったのにな・・・・・・。
大丈夫? ガブリエル君」
「あ、うん大丈夫だよマリー」
ガブリエルがマリーと呼ぶ少女が、失敗ばかりしていることを知られたくない相手の一人だ。
背は低めで、桃色のツインテールが特徴的の可愛い容姿をしている子で、ガブリエルが密かに恋心を抱いているのだが。
中々言い出せずにいるし、そもそも魔法の天才である彼女と、クズ錬金術師の自分では釣り合わないだろう。
マリーには、自分と釣り合う相手を選んで欲しいと心から思っている。
「ところで、そこに練成陣があるようだけど、何か錬金しようとしてたの?」
「うん。家にある置物と同じものを作ろうとしてたんだけど、やっぱり上手くいかなくて。
それをリロイにバカにされて」
いつもこうだ。
本当は、マリーやもう一人の為にも、凄い事が出来るようになりたいと思っているのに。
なんで、なんで上手くいかないんだろう。
「やっぱり、俺には才能なんて無いのかな・・・・・・」
「才能だけが全てじゃないよ。
地道に努力して、私に見せてくれるって言ってたでしょ。
錬金術で作った公園」
そうだ。
それが、五歳の頃に初めてマリーと会った頃約束したことだ。
まだこの村にない子供の遊び場を、村の子供達の為に作りたいと、ガブリエルは思っている。
その為に、千を超える錬金を今までしてきた。
「出来るかな、俺に」
「大丈夫だよ! そうだ、今度姉さんと妹を連れて見に来ても良い?」
「え・・・・・・」
それじゃ失敗し続けたのバレちゃいそうだし、でもマリーの顔見ると断れないんだよなあ。
それでもガブリエルは意を決し、頭を縦に振って言う。
「うん、良いよ!」
「ありがとう!」
◇◇◇
日時を二週間後に設定し、それまでに何か良い作品を作らねば、と練成を繰り返すガブリエル。
だがそんなある日。
マリーと約束をした一週間後に、恐ろしい事件が起きた。
ゼロブラスヘイム襲撃だ。
「ゼロブラスヘイムかッ!」
ガブリエルも何度か聞いたことがある。
何百年も前から、この世界に侵略を続けている者達だと。
「ここでもし戦えば、マリーにも褒めてもらえるかな・・・・・・」
マリーの父親は、この村一の魔法使いだ。
故に侵略者が来た時は、大体最前線で戦っている。
ガブリエルもその戦いを補佐すれば、あるいは。
そう思ったガブリエルは、錬金術の本を片手に、一目散に家から飛び出した。
その時には、既に戦いは始まっていた。
マリーの父親が、杖を片手に魔物と戦っている。
「まとめて掛かってこようとは無駄な事を。ワイド・ハイサンダー!」
杖を振りかざすと、マリーの父親の正面に魔法陣が出現し、広範囲に雷の波が拡散する。
波は魔物の身体を蝕み、たちまち体を焼き尽くされ。
黒い光と化し、魔物は爆散する。
ガブリエルはその様子を見てから、別の場所へと移動した。
まだ別の場所で戦う兵士を見つけ、そこで式句を唱える。
すると、ガブリエルの持つスプーンがナイフに変化した。
錬金術の基本、形状変化の術式である。
複雑な術を使えないガブリエルでも、このようにスプーンをナイフに変えたり、石畳を使って小さな武器を作ることが出来る。
この前のように精巧なものを作ろうとするには、高等テクニックが必要ではあるが。
スプーンを変形させて作ったナイフを片手に、ガブリエルはゼロブラスヘイムの異形に立ち向かう。
「先から魔導士が俺達を圧倒しているようだが、まさかそうではない奴も戦いに参加しているとはな。
貴様、何者だ?」
待っていた。この瞬間を。
「俺はガブリエル。錬金術師だ」
「錬金術師だと?
こんなガキが。しかも、武器はナイフ一本とはな」
「お前を倒すくらい、ナイフ一本でも足りそうだ」
大丈夫、と自分に言い聞かせていた。
リロイに負けないように、自分自身の身体も鍛えている。
それに、ナイフの先端が突き刺されば、敵はどうせ死ぬ。
だから、ガブリエルにもやれる。
「そうか。俺はウィリアム。
同じく錬金術師だ」
そう言った瞬間、ウィリアムは片手を高く掲げた。
手が紅く光り、石畳が弾丸と化してガブリエルを襲う。
「ぐあッ!」
後ろに大きく吹き飛ばされるが、何とか持ちこたえる。
だが既にこのダメージで、ナイフが破損してしまった。
「しかもそんなナイフしか作れない上に、脆いとはな。
がっかりだよ、錬金術師」
その言葉で、再びガブリエルの怒りは頂点へ達した。
何も持たずに、そのままウィリアムへ襲い掛かる。
「ぐおおおおおおおおおおおッ!」
だが途中で躓き、ウィリアムをそのまま押し倒した。
それに気付かないガブリエル。
そこで無意識に、再度武器を練成する式句を唱えてしまう。
「ぐ、ぐァァァァァッ!」
ウィリアムは叫び出す。
ガブリエルは、その時手応えを感じていた。
ウィリアムの中にある何かを、練成する手応えを。
そしてそれは。
一つの剣と化した。
ウィリアムの身体から抜け出し、ガブリエルはそれを手にとった。
ウィリアムは目をあけたまま、彼の時間だけが止まったように倒れる。
叫んでいる時のままの状態で倒れるウィリアムを、ガブリエルはただ見つめ。
そこで、自分が何をしたのかを悟った。
「俺は、禁忌の術を扱えるのか・・・・・・」