差出人不明の手紙
福田礼二、二十四歳、大学を卒業し社会人二年目である。長い顔と小さめの目からお人よしと言う言葉は彼に当てはまるがそれだけでない、真摯さ、誠実さ、柔和さ、自制などの言葉もついてくる。
福田が朝起き、アパートの自室の郵便受けを見ると、いつも入っている不動産やカルチャーセンターのチラシと共に不可思議な郵便が入っていた。
差出人の名前はなく茶封筒を開けると便箋が入っており、こう書いてあった
「悪い人に苦しめられています。僕を助けて下さい。今週の日曜十四時に慶団公園の噴水口で待っています。」
宛名がない。不気味さと切実さ、同時に場所や時間を指定する無礼さも感じられた。
誰かのいたずらか?そうだろう。ふつうはそう思う。ごみ箱にいれようとしたが。近所の子供のいたずらか?それとも友人?真面目に考え追及していた。その時電話がかかってきた。
「はい。」
「ああ、おれ泰治だけど。」
故郷で仕事をしている兄とは久しく会っていない。電話も2か月ぶりほどだ。聞きなれた声に福田は安堵感を感じた。
「ああ兄貴。」
「元気か?仕事はどうだ。」
「ああ、問題ないよ。」
「そうだろうな、お前は〇大出だもんな。ところでおふくろが送った梨もう着いたか?」
「まだだけど・・」
福田はその先を言うのをためらった。
「まだだけど?」
「代わりに変な郵便が来た。」
「はあ?どんな?」
「悪い人に苦しめられて困っています。僕を助けて下さい。4月12日の日曜日に慶団公園の噴水で待っています。っていう・・」
「何だそれ?悪質ないたずらだろ。そんなの捨てればいいだろ。」
予想どうりの答えが返ってきた。当然である。
「それが・・」
「それがどうした。」
「とにかく助けてほしいって書いてあってなんとなく本当っぽくて捨てられないんだ。」
「はーっ、昔からお前はそうだったよな。絵に書いたようなお人好しで。もう二十四だし。いい加減に気を引き締めないと本当に大きな事件に会うぞ。」
泰治は完全に呆れため息をついた。
「ああ、でもこの手紙に書かれてることが本当なのか気になって。」
「本当かどうかより自分に関係してるかどうかってことだろ。お前の家族が病気だとかいてあったら家族だから真偽を確めるわけだろう。」
5W1Hの形を成していない。悪い人に追い詰められています、である。「誰が」「誰に」もない。
「4月12日慶応公園で待っています。」どこか正直さが感じられた。そう言うと、自分に都合よく解釈してると受け取られるかもしれない。根拠はなかった。
「悪い癖だけど、昔はよく人にだまされたなあ。」
「兄貴の言うように自殺のSOSだったとしたら。人の命を知っていて救えなかったとしたら。」
日曜日まで後3日。
「しかしもし、差出人が命の危機におちいちっていて、死んだりしたら僕のせいだ。」
「そんな事きにしてたのか返す返すもとんだお人好しだな。ただもしかすると近所の子供がいじめや虐待のSOSとしてポストに投函した可能性もある。」
朝会社に行く前にアパートの管理室にいこうと階段を下りると清掃している五十代の管理人がいた。
「管理人さん。」
「はい。」
「ちょっと子供みたいな文体で変な郵便が入ってたんですけど、このアパートの住人さんじゃないですかね?」
「ここは独身の人多いですからねえ。ほとんどお子さんはいないですよ。」
「近所の子供がやったって事は。」
「そんな手の込んだ事恨みでもなければねえ。調べておきますが。」
「さて、会社に行くか」。
福田と同じアパートに住む柏田孝は同じく郵便受けを見た。年は福田と同じ二十四である。
一流大学を卒業、就職も一流企業である。福田とは違い、毅然とした端正な顔立ち、さわやかで理知的ではあるが、お人よしと言う印象は受けない、はっきり断りそうに見える。
「なんだこの手紙」
「私は悪い人に苦しめられています。今度会って下さい。」と書かれている。福田の家にあったものと同じもののようだ。
「何だ差出人も住所も書いてないけど、誰かのいたずらか。ああ、ばかばかしい。これから会社だっていうのに。」
柏田は即座に破りすてようとしたが、
「念の為、警察に届けるため保管しておこう。」
そして身支度を整え家をでて会社へ向かった。
福田とばったり会った。
「おはようございます。と天気はいいですが、実は朝からおかしないたずらに会いましてね。」
「いたずら?」
「ええ、何か私を助けてくれとかおかしな手紙が郵便受けに入ってたんですよ。」
「えっ?」
「近所の子供ですかね。変ないたずらですよ。」
「助けてくれって書いてあるんですか?」
「まあ嘘でしょう。それが常識的判断です。良くていたずら最悪犯罪である可能性もあります。僕は一日にやる事を朝起きてから管理を徹底しているのであまり予測不能な事が起きるといらっとしてしまうんです。」
「そ、そうですよね。関わらないのが一番ですか。ところで管理の徹底か、きちんとした人は休みの日もトレーニングしたり有効に使ってだれない人っていますよね。」
「ええ、体力づくりはします。また1週間良く過ごせるよう気持ちよくゆとりある休みを送りたいと思っています。」
「だから健康なんですね。」
二人は駅まで共にした。
(手紙の事、信じないのが常識的な考えか、俺、ずれてるのかな。)
柏原が言った。
「あのアパートも結構広告郵便物多いですが、時々変なのが混じりますね。おっと僕はもうすぐ引越しなのでこのアパートからも去ります。」
後ろから声が聞こえた。セミロングの髪形がにあう、バイタリティーも感じさせる雰囲気を漂わせる女性で肩を落とした福田とは対照的である同期の岡田洋子だった
「おはよう、木曜だけど、休みまであと少しね。ところで昨日の新聞見た?ちょっと怖いニュースだけど。」
「えっ?」
「差出人不明の手紙に会ってくださいと言われ行った人殺される。」
「えっ?見てなかった。」
福田の背筋が寒くなった。
「なんで差出人不明の手紙なんて信じるのかしら。だからこんな事にあっごめん。朝から暗い話して。あれ。」
福田は顔が青かった。
「どうしたの?」
「あと三日か・・」
「どうした?」
「折木さん。」
折木と呼ばれた男は福田の隣に座る2つ年上の先輩である。
「今少しペンが止まってなかったか?」
「すみません、ちょっとだけ悩みがあって。」
「何だ。」
「ちょっとした事なんですが。」
「わかった。今日は大事な〇コーポに見せるためのプレゼンの予行演習だ。大丈夫か。」
「はい大丈夫です。」
プレゼンは同じ階の会議室1でやる事になった。福田や後輩たちは上司が座れるよう机を並び替え椅子やスクリーン等を整え、さながら客が迎えられるような雰囲気に準備している。プロジェクターの映りミスがないか確認が行われた。
そこへ課長と折木もいたが、そこへ副部長が入ってきた。社員は噂した。
「部長が来ないのに副部長が来る機会ってあまりないよな。」
先輩社員は
「副部長を客に見立てるんだ。」
と福田に指示した。
そして会場が整い、十三時十五分にプレゼンが始まった。
モニターには社の製品についての簡単な図面から説明が入り、さらに部位にスポットを当てて拡大して見せた。
モニターのBコアに当たる部分を棒で指した福田は
「このデータベースの中心となるのがわが社の開発したBコアです。」
そこに上司が口を挟んだ。
「そこはCコアじゃないか?」
「えっ・・」
福田は資料を見直し間違いに気づいた。あたふたした姿に場が重くなった。折木と洋子が不安そうに彼を見た。
「す、すみません、すぐ!」
直そうとしたがそのボタンも押し間違えそうだった。
副部長と呼ばれる男が課長に進言した。
「これはかなり大事なプレゼンだ。あえて部長は席を外して代わりといったらなんだが私が見る事になった。緊張感をコントロールするためにな。で、福田君は緊張で失敗したのか。」
「いえ、彼は意外とこういう場には強いんですが。」
「何故間違ったのか君から聞いておいてくれ。最も基本的な知識すぎて気が緩んだというのもある。それは最も恥ずべき事だ。本番まであと4日、くれぐれも失敗が無いように。」
その日の昼休み課長が声をかけてきた。
「今日は昼食に行こう。」
「お食事を一緒にしていただきありがとうございます。」
「いやいや、ところで悩みがあるのか。」
「実は・」
課長は話を聞き呆れた。
「はーっ、きみな、そんなのいたずらか詐欺に決まってるだろうが。」
「しかしなんとなく本当っぽく」
「根拠はあるのか?そんな事でなやんでいたのかそんなに不安なら警察にいえ。仕事に支障をきたさないでくれ。」
そんな時、福田に一歳上の先輩、長井が話しかけてきた。細い目をした本音を隠していそうな男である。
「それは誰かが君を頼ってきたんだ。ぜひ助けてあげるべきだよ。それこそ君の人徳というものだ。」
「人徳」
「ああ、課長の意見とは違うかもしれないが、僕は君の手紙の送り主を信じる気持ちに共鳴する。」
しかし長井は仲間と陰口を言った。
「福田と何を話してたんだ?」
「ああ、いつもの事でからかってやっただけさ。」
その日は飲み会であった。上司はこず福田と同世代の社員ばかりだった。しかし福田は例の手紙の噂が流れ一人離れた場所に座っていた。
「変わってる人」
「前からあいつすごいお人好しっぽかったよな。前弁当を間違えて買った時すごい謝ったし。」
「学歴は結構高いけど。」
皆と離れている福田を気にした岡田洋子が話し掛けてきた。
洋子は福田に話しかけた。
「大丈夫?」
「えっ?」
「いたずら手紙みたいなのがポストに入っててそれを気にしてるんでしょ?聞いたわよ。」「うん、何か気になって。」
「普通会社行くまえの朝にそんなの入ってたら、無視して破り捨てるわよ。大半、日本人の九十七%は。」
「う、うん。」
「しかも仕事中にまで。」
「だけど、気になるんだ。その手紙を出した人が本当に苦しんでたらって。」
「で、助けてほしいって言ってるの?」
「日曜日に公園に来てほしいって。」
「いくの?」
「まだ迷ってる。」
そこへ洋子の友人か声をかけてきた。
「洋子、ちょっと向こうの席でいい?」
二人は移動し陰口を言いはじめた。
「ねえ、あんな人あまり話さないほうがいいわ。ちょっとおかしいって言うか。」
洋子は二面性のある陰口を言った。
「今回の件ではっきりした。相当浮世離れしてるわ。」
「彼大学どこだっけ?何を学ぶとああなるのかしら。とにかくアドバイスなんてしない方がいいわ。勘違いされると困るし。」
また洋子が福田の近くに来た。興味と変わったものを見るような、それでいてそれを隠すようなまなざしである。
「ちょっと手紙の添削してあげるわ。まず主語がないし、住所がどこか、年齢、性別もない。なんの事でだれに苦しめられてるのか具体的記述もない。はっきりいって、信憑性ゼロよ。こんなの信じる人いないわ。でも一つ言えるのは文面に必死さがあること。わらをもつかむって言うか。でも場所を指定するのが妙にごうまんね。もしかして文が不自由な人が焦って書いたととれなくもないけど。ねえ、福田君、よく考えたけど、日曜日あたしついてくわ。」
「えっ?でももし何かあったら。」
「何気に人の事心配できるのね。」
「いや。」
「ねえ、みんな、福田君の事変人扱いしてるよ。これからはもっとそう見られると思う。だからあたしが証人になってあげるわ。」
「いいの?本当に。」
「じゃあ、日曜日ね。」
それを他の社員が噂した。
「洋子、また福田君と話してる。」
「何か二人だけの秘密の話とかあるんじゃないの。」
洋子は陰ではこう話していた。
「いまどき、あれほどのお人好しが、いるとはね。もうここにいるひとたちだけでもバカにされてるのに、明日はもっと噂が広まって、本当あわれな人。哀れすぎる。」
洋子は福田に聞いた。
「ねえ、何でそうすぐ人を信じちゃうわけ?」
「すぐ、じゃないよ。」
「じゃないって。」
「その、手紙の主が僕に助けを切実に求めてるって文からつたわるんだ。」
また友人が洋子を連れ出した。
「本当にあいつとデートみたいな事する気?」
「デートなわけないでしょ。病院につれていくのよ。日曜日にやってるところへ。多分疲れとストレスだと思うけど、とりあえず手紙が嘘やいたずらだってわかったら目を覚ますでしょ。」
「なんで洋子さんはさっきから長く話してるんだ。気になってしょうがない。」
「えっ!今度の休み福田君と二人であう?」
「はい、病院へ連れていきます。」
「いや、別に彼は病気じゃ、付き添う必要はないんじゃないか?」
長井は見えないところで激しく嫉妬し歯ぎしりをした。
飲み会が終わり、電車に乗った。洋子が日曜日一緒に来ると言う申し出は福田にとって意外だった。しかし彼は鈍く、特別な感情を感じるまでには至らなかった。酔った足で電車をおりアパートにつくと彼は真っ先に郵便受けを見た。
「あと2日それまでに決めよう」
そして金曜日の仕事が終わり、二十一時に福田はアパートに帰宅した。
「何か疲れたな。今週はそんなに残業なかったけど。妙に体がだるい。明後日日曜日か。」
福田はごろんとした。
「だけど彼女が一緒に来ることになるとはな。」
しかし、福田は洋子と明日二人で会う事について特別な感情はほとんどといってなく、ただ体の疲れと明日果たして手紙の主が来るのか、いたずらや犯罪でないのか、それが気がかりだった。
「念のため、前もって警察に連絡しておこうかな、でも・・」
一方、洋子は自分の家で電話をかけようとしていた。福田を連れて行く病院を探すためである。
「慶団公園の近くで精神科、ここか。」
「もしもし。」
「あの、人のはなしをすぐ信じる変わった人がいまして、病気かどうか確めてほしいのですが」
「ご家族の方ですか。」
「いえ、会社の者です。」
「そうですか、その場合ご本人に納得の上きていただくか、会社からご本人に指示を出していただくと言った形になります。」
そうこうする内に夜はふけた。結局土曜日も食事の買い出し以外にはどこも出かけず日曜日が来た。
日曜日、少し早めに家を出た福田は十二時三十分に慶団公園がある国営豊町駅で降りた。洋子との待ち合わせのホームへと不安いっぱいに向かった。
慶団公園はよく待ち合わせ場所として使われるが、あえてその前で洋子と待ち合わせる事にしていた。普通女性と待ち合わせる時の心情に不安と言う言葉はにつかわしくない。あるとすれば相手が来ない不安だ。しかし福田は差出人が来るかと言う不安が心を占めていた。