選択するEtto
私、江藤江梨子は昔から
何事も決めるまでに時間のかかってしまう子だった。
「エリちゃんは何を頼むか決めた?」
「えっとね、うーん…あ、ハンバーグ、いいなぁ。
ああでもパスタも美味しそうだし、チーズ熱々のグラタンも捨てがたいし…」
「はぁ…もういいわ、こっちで決めちゃうわよ」
万事がこんな感じで、選択肢を与えられるとすぐに迷ってしまう。
だってしょうがないじゃない?もし自分が決めた事で失敗してしまったら、
もしかしたらもっと良い選択があるかもって…
そうやって色んな可能性を考えてたらどんどん浮かんできてしまうんだもの。
なんで皆がそんなに迷わずにあっさり決めれてしまうのかが
むしろ不思議でしょうがない。
一度その事を友達に聞いてみたら、「考えすぎ」の一言でばっさり斬って捨てられた。
考えすぎ、なのかなぁ…何気ない選択でも、失ったり得たりする事って沢山あると思うんだけど…
そんな訳で毎回毎回懲りずに悩んでいるうちに、いつしか私の苗字と口癖から、
友人達からは「エット」という不名誉なあだ名で呼ばれるようになってしまった。
まあ言葉の響きだけ聞いたら可愛いから良いんだけどさ…
そんな優柔不断な私が今、重要な選択をせまられている。
この選択は必ずどちらかを選ばなければならない。
何故なら…なぜか今、私の頭上に選択肢が表示されているからだ。
『彼を突き飛ばしますか YES NO 』
…意味がわからない。いやたぶん彼とは私の目の前を歩いている瀬川悠斗君の事で、
その瀬川君を突き飛ばすかどうかの選択なのだろうって事はわかるけど…
いやなんで彼を突き飛ばすかどうかを選ばされてるの私?
学園のアイドルだよ彼?いやアイドルじゃなくても突き飛ばすとかありえないけども。
えなに私って実は心に闇を抱える危ない子だったの?他人の背中を見ると
思わず突き飛ばすかどうか選ばずにはいられない子になっちゃったの…?
などと相変わらず選択できずにうだうだしていたら気付く、
その下のほうにちっちゃく表示されている「ヒント」のボタン。
…うん、選ぶよ、ヒント。いくら優柔不断な私でも迷わず押すよヒント。プリーズヒント。
『ヒントを表示します』『今回の選択の結果として、ありえるかもしれない未来を映しだします』
次の瞬間、私の脳内に映像が流れて行く…
『隣の友人と楽しそうにおしゃべりをしながら、私の前を歩いている瀬川君。
次の瞬間、曲がり角からブレーキもかけずに飛び出してきたスクーター。
避ける間もなくスクーターとまともにぶつかってしまう瀬川君。
まるでゴムボールのようにはげしく飛ばされ、地面に何度も打ち付けられる。
道路に横たわったままピクリとも動かない瀬川君に、友人が何事かを叫びながら走り寄っていく…』
重っ!えぐっ!!
これってつまり、今私が瀬川君を突き飛ばさなかったらこうなる、って事じゃないの!?
いやもう悩むまでも無く突き飛ばすよ!力の限り瀬川君を飛ばすよ!!
「YES!イエスです!!」
『選択が確認されました』
私は決めた。瀬川君を私の全力を持って突き飛ばす事を。
…呼吸を浅くし、半眼で全体を見つめ、意識を静めていく。
一歩目で瀬川君の背後へとぴったり近づき、地面を深く踏みしめる。大地に根を張るイメージで。
半身の姿勢から下半身、背中、肩、そして右腕全体へと移していった力を、瀬川君目掛けて解き放つ。
「ずえぇああっ!!」
「え?て、うわあああああぁぁぁ!!!」
叫び声をあげながら、まるでゴムボールのようにはげしく飛ばされ、
道端の生垣に頭から突っ込む学園のアイドル瀬川君。
生垣から下半身だけがにょっきりと伸びている様は八○墓村ちっくでかなりアレだが、
もぞもぞ動いているからとりあえずは生きているんだろう。
直後、唖然とする瀬川君の友人と私の目の前をスクーターが勢い良く通り過ぎて行く。
「ふう…ギリギリセーフね」
「え?あ…もしかしてユートが轢かれそうだったから、突き飛ばした…ですか?」
なぜかひどく怯えた目でこちらを見ながら、おそるおそる尋ねて来る瀬川君の友人君。
どうして途中から敬語になったのかは聞かないでおく。
「あ、うんそうなの!あぶない!って思って咄嗟にね。
でもちょっとだけ勢い良く飛ばしすぎちゃったかも、えへっ」
なぜか「ひ…」と息を呑む友人君。なぜに。
精一杯語尾を可愛くして、殺意があった訳じゃないよアピールもしたのに。
「あ、あああそうだユート!!ユート大丈夫か!?」
ハッとして駆け出す友人君。下半身だけでもがき続けている瀬川君を必死に引っ張りだす。
ずぼっと抜ける瀬川君。うん、呆然とはしてるけど
目立った外傷もなさそうだし大丈夫でしょ、きっと、たぶん。
よし、瀬川君の無事?も確認出来たし、逃げ…じゃない、さっさと行こう。
それにしても、さっきの選択肢はいったいなんだったんだろう…
まあ私にしては珍しくちゃんと決断できたし、瀬川君も無事だったし良かったのかなあ。
そんな風に結論の出そうにない問題をうだうだと考えながらも、とりあえず学校に向かう事にする。
これが、選択肢に振り回され、悩まされ続ける運命への始まりとも知らず…