殺人衝動
夜、繁華街の裏路地に、一人の少年が立っていた。黒い髪。青いシャツと黒いズボンには赤い斑点がついている。そして、その手には包丁。目の前にあるのはかつてヒトであった肉の残骸。顔面、腕、腹、背中、足。いたるところに傷がついている。だが、死因は心臓を深く刺されたことだ。
「つまんないな・・・こんなにあっけなく死ぬなんて」
生き物とは何て脆く、弱く、儚い生物なのだろうと、少年は思う。包丁から滴る血を丁寧にふき取り、死体を黒い袋に詰めてその場を去る。
そして、川岸に着いた少年は、それを袋ごと川に投げ捨てる。
しっかりと沈んだのを見届け、再び獲物を求めて夜の繁華街を彷徨い始めた。
◇◇◇◇◇
次の日、少年は気だるそうにその布団から体を起こした。結局、昨日殺せたのはあの1人だけだった。
もっと殺せと、全身の血が騒ぐ。それを無視し、少年は学校へ行く準備を始めた。
「おはよっ! 尊君」
家を出たところで一人の女子に話しかけられた。身長は少年――月島 尊より小さく、160cmあるかないか程度。陸上競技で長距離走をやっていてすらっとした体に、普通女子高生と比べると豊満な胸。短く切ってある綺麗な髪。やや釣り目で、小顔な彼女の名前は吉川波音という。
尊とはクラスメイトという関係だ。彼女はクラス・・・いや、学校のアイドル。尊はただ影の薄いクラスメイトという立場だが、彼女は何かと彼に話しかけてくる。彼女に密かに恋をしている彼にとって、それは嬉しくもあり、鬱陶しくもあった。
「・・・おはよう、吉川さん」
低いテンションで返事を返す。今日はいつもより寝るのが遅かったため、眠いのだ。
その雰囲気を読み取ったのか、波音はやたら質問をしてくる。
「ねえ、何で眠そうなの? 大丈夫なの? 夜、いつも何してるの?」
少しだけ鬱陶しく思いながら、彼は冷淡に答えていく。
「散歩をしていたんだ。夜遅くに散歩をするのが趣味なんだよ。気がついたらもう日が昇り始めてたんだ」
心の中で、人を殺しながらね、と付け加えておく。
波音はその答えに納得し、再び無言の空間が作られる。
暫く歩くと高校に着き、それぞれの席に座った。
今日もいつもと変わりなく学校生活を送る。楽しい夜を待ちながら。
◆◆◆◆◆
夜、今日も彼は繁華街に来ていた。
そのポケットに刃を隠せるナイフを3本入れ、獲物を求めて彷徨う。
何故彼が夜にこんなことをしているのか。それは、彼の本質にあった。
『ダレカ、ヒトヲコロシタイ』
そう思ってしまう、“殺人衝動”と呼ばれる物。
それが、彼の中に渦巻いているものだった。
初めてそれが出てきたのは小学校低学年のとき。ふとその症状が出て、気付いたらクラスの友達を殺していた。そのときは、2階の窓から突き落とし、転落死させたのだ。
最初こそ1年に1度、半年に1度だったが、歳を重ねるに連れて、その間隔が短くなってきていた。
今は不定期に襲ってくる。今日みたいに2日連続で来ることもあれば、1ヶ月こないときもある。最近では、多少コントロールする方法を身につけてきた。
今日の最初のターゲットは、女性だった。20代後半の、平凡な女性だ。その顔は仕事の疲れからかやつれていた。化粧をはがせば恐らく隈もあるだろう。
こっそり後をつけながら、人が少ない場所に行くのを待つ。その女がタクシーを呼ぼうと人のいないところに入った。これはチャンスだった。
急いで携帯電話を取り上げて壊す。続いて、口を利けないようにするために、口の中にタオルを突っ込んだ。
女性も抵抗して口からタオルを出して助けを呼ぼうと試みたが、その前に両腕を切りつけられる。パッと、鮮血が数的飛び散った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
声にならない叫びを上げる。腕が痛すぎて、感覚が無くなっていく。もはや腕を上げることができず、抵抗する余裕も無かった。
続けて、足、顔、背中と、何度も切りつける。だが、それは決して致命傷にはならなかった。
女性が倒れている場所には、血でできた水たまりがいくつもできていた。このまま放っておいても出血多量で死ぬだろうが、最近彼の中では心臓を一刺しするのが流行しているのだ。これをやらないはずが無い。
狙いを定め、集中する。痛みを感じるのに精一杯で苦痛に身を悶えさせている体に、容赦なくナイフを突き刺した。
目を大きく見開き、心臓にナイフが刺されたのを一瞬だけ認識してから、女性は息絶えた。
いつものように袋に入れ、川に投げ捨てる。この袋は防水・防臭という素晴らしい袋だ。
死体が沈んだのを確認し、その場を去る。
結局、この夜は2人の人を殺した。
◇◇◇◇◇
数日後、今日もやがて先生が来て、いつものようにHRが開始される。だが、先生の雰囲気が少しだけ違った。
「先日、殺人事件が起きた。この近くの川の土手だ。まだ犯人は捕まっていないので、皆も気をつけるように」
土手。そういった。この前尊が殺したのは繁華街の裏路地だ。違うはずなのに、何故か妙な胸騒ぎがした。
ふと、誰かの視線に気付く。その視線の方向を向いてみると、波音だった。
「先生、その人はどういう風に殺されたんですか?」
生徒の1人が質問をする。その質問を聞いて、先生は顔を顰めながら言った。
「全身をずたずたに切られてた状態だったそうだ。死因は出血多量ではなくて、心臓を深く刺されたことによるショック死だそうだ」
全身ずたずた。
心臓を深く刺された。
殺したヒトはまさにそんな状態だった。死体が勝手に動いたのだろうかと、想像してみた。
だが、そんな想像はすぐにやめる。ありえないからだ。
だが、何故かその死体のことが気になり、今日の授業は、殆ど内容を聞かずに、ぼうっとしながらノートを写すだけで終わってしまった。
◇◇◇◇◇
放課後になり、部活に入っていない尊は一度家に帰ってから、自転車に乗って昨日死体を捨てた川に向かった。
川を見渡してみる。この川は大きく、深い。浅いところでも2mあるらしい。深いところだと、8メートルを超える。普通なら、死体なんて見つかりっこないはずなのだ。
確かに、過去に何回かはあった。だが、それらはいずれも大雨が降っていて川が増水していたときの話だ。そのときは橋の上から突き落としただけだったし、偶然岸に上がっただけだった。
だが、今回は違う。あの日は星が綺麗に見えるほど晴れていたし、川も増水していなかった。しかも、突き落としたわけでない。刺殺だ。こんなことは、初めてだった。
仕方無しに家に帰ろうとする。だが、それを、1人の手によって、できなくなった。
「尊・・・くん・・・?」
波音だった。確か、彼女は、今日も部活だったはずだ。
だが、今はもう私服に着替えており、学校に持っていっている鞄も持っていない。
「どうしてここにいるの?吉川さん。部活は?」
なるべく冷静に問う。少ししてから、返事が返ってくる。
「顧問の先生が今日はもう帰れって、部活の全員に言ったの。それより、尊君こそどうしてここにいるの?」
自分が殺した死体を見に来ました。
そんなことは、絶対にいえない。
だから、ただの散歩だよと、言い訳をしようとした。そのとき――――――
「きゃああああああああ!!」
波音が、黒いワゴンに、連れ去られた。ものすごい勢いで遠ざかっていく。
「吉川さん!? くそっ!!」
急いで自転車に乗って全速力で追いかける。だが、車には敵わない。あっという間に、見えなくなってしまった。
「畜生!」
川沿いにある大きな橋の下で、コンクリートに拳をぶつける。その手に感じる痛みで冷静になりながら、ふと人の気配があるのに気付いた。
「あの、ここを黒いワゴンが通り過ぎませんでしたか!?」
「ん?さっきのワゴンに乗っていた攫われた少女を助けにいくのかい?青春だねぇ」
そこに立っていたのは青年。目の色が青いのが特徴的だった。恐らく尊より少し年上だろう。18くらいに感じられた。だが、その口調や雰囲気は、10代・・・20代・・・いや、それよりも更に大人びた、なんともいえない独特な感じを持っていた。
「何で・・・?」
さっきの現場は自分しか見ていなかったはずだ。なのに、目の前の成年は知っている。見ていたのだろうか?
「俺はちょっとだけ占いができるんだ。どれ、何所にいるかを占ってあげよう」
結構あたるんだぞ。
そういいながら、なにやら目を瞑ってぶつぶついい始める。あまりに小さい声だったので、尊は聞き取ることができなかった。
「ふむ・・・この川沿いをまっすぐ行ったところに3つ倉庫があるだろう? そこの一番右奥に入ってごらん。きっといるから」
青い目の青年はにこりと笑って、そう言った。波音がどこにいるかがもう分からない尊は、その言葉を信じて、再び道を走り出した。
◆◆◆◆◆
時刻は夜。空には満月が輝いていた。
息を切らしながら、右の奥にある倉庫の扉を開ける。
そこには、いくつかのグループがあった。1つのグループに男が4,5人。男の人数は全部で20人以上いる。中心には、尊と同じくらいの年の女子が、犯されていた。
その光景を見て、昼間には珍しく殺人衝動が湧き上がる。
その中の1つに、見覚えのある顔があった。やはり、全裸にされて犯されている、吉川波音の姿があった。
足元には、破り捨てられた服が無残に散っていた。
「お前ら・・・オマエラァ!!」
殺人衝動が急激に膨れ上がる。その手にナイフを持ち、片っ端から、殺していく。
切って、刺して、裂いて、また刺して。
狂ったかのようにナイフを振り続け、皆殺しにしていく。
その姿は、殺人鬼そのものだった。
男達は暫く呆然としていたが、何もしないわけが無い。
すぐに近くにあった鉄パイプをその手に持って、反撃に出ようとする。
だが、それらは全て無駄だった。
本来、人間の筋肉の働きは3割程度に抑えられている。10割の力を使って身体を破壊させないためだ。
ただ、火事場の馬鹿力ということわざの様に、生命の危険にさらされた時、稀にその制限が解除されることがある。
そうなったときのヒトは、本当に強い。
今の彼も、それだった。だが、これは生命の危機があるわけではない。精神が、制限をかけている脳がイカれてしまっているのだ。
それ故、彼には正常な思考が働いていない。ただ、ここにいるヒト・・・いや、ケモノを殺し尽くす。それだけを考えていた。
ヒトならざる速さで移動し、ヒトならざる力を使って一撃でケモノを殺す。
だが、そんな彼にも隙ができるときがあった。それは、殺した直後だった。
その隙を突かれて、鉄パイプでわき腹を強打される。だが、それによるダメージなど無かったかのように、殺し続ける。
「何だよ・・・これ・・・」
波音を捕らえている男が、そう呟く。そこに佇んでいるのは、尊。そのほかのヒトは、全て殺されていた。
「く、来るな! これ以上近づいたらこいつがどうなるか分かっているのか!?」
混乱しながらも、波音を使って脅そうとする。だが、尊は1歩ずつ、しかし止まることなく近づいていった。
「ひいっ! 来るな!! 来るなぁ!!」
男は後ろに下がる。だが、すぐに壁に背中がついてしまった。しりもちをつき、もう動くこともできないらしい。
「死ネ・・・」
尊は、男の頭にナイフを突きたてようとした。だが・・・
「あ・・・」
尊でも、男の声でもない声が、小さく響いた。
その声を出したのは、波音だった。尊の持っているナイフは、彼女の左わき腹に、深く突き刺さっていた。
そして、その身体は、力なく地面に倒れた。
「あ・・・ア・・・・・・ああアアアぁァァあああァァァァあアぁぁァ!!!!!」
自らのナイフで、愛していた女を刺してしまった。その逃げたくても逃げられない現実が、彼の精神を完全に崩壊させた。
「ひっ・・・ひぃぃぃぃ!!」
最後に生き残っていた男の身体という身体を切り、両目を抉り、口を裂き、鼻と耳を削ぎ、指を全て切断し、脳天に深く突き刺し、心臓に関しては貫通して後ろの壁にナイフの刃先が届くまで刺した。
男は絶命し、それでもまだ、血が流れている、そこらの壁中に、血がこびり付いていた。
尊は、傷ついた身体を引きずりながら、波音の傍に寄り、彼女の髪を撫でた。
「ごめん・・・ごめんね・・・ゴメン・・・・・・」
ただ、ひたすらに、謝罪をする。今、心が壊れた彼にできる、唯一のことといっても良かった。
「泣かない・・・で・・・?」
声が、聞こえた。
「え・・・?」
波音を見る。その顔にはもう殆ど生気が無かったが、まだ浅く呼吸をしており、目もうっすらと開いている。だが、すぐにでも終わってしまいそうだった。
「泣か・・・ないで? 尊く・・・ん。助けに来・・・てくれ・・・て、ありが・・・とう」
途切れ途切れにお礼の言葉を言う。彼女は、もう自分が助からないことを自覚していた。
だが、それでもまだ少しだけ生きていたかった。最後に、どうしても伝えたいことがあったから。
「あなたが、殺・・・人事件の・・・犯人だ・・・たんだね・・・?」
「うん。黙っててごめん」
壊れた心であっても、彼女となら話すことができた。それは、彼にとって本当に幸せなことだった。
「でも・・・そんなのはどうでもいいの・・・尊くん。わたしは・・・あなたが・・・ずっと、好き・・・でした。愛して・・・いました」
今もずっと愛していますよ、と静かに付け加える。
「俺も・・・ずっと、ずっと、君の事が好きだよ」
「じゃあ、両思い・・・だね」
少し恥ずかしそうな素振りを見せる尊。
「最後に・・・お願いして・・・いい?」
「いいよ?なにがいい?」
「キス、して?」
「吉川さん・・・」
「波音って、呼ん・・・で? それ・・・とも、汚れちゃった・・・私なんかじゃ・・・いや?」
そんなこと無い。即座に彼女の考えを否定する。
彼女は、いつでも美しかった。勉強をしているとき、部活に励んでいるとき。
いま、見知らぬ誰かに犯されて、汚された後でさえも、その美しさに変わりは無かった。
「ありがとう・・・こふっ! ごふっ!!」
「波音!?」
彼女の口から血が吐き出される。もう、彼女の限界も近かった。
「早く・・・お願い・・・」
そう言って波音は目を閉じる。待っているのだ。
「波音・・・」
尊も目を閉じ、彼女の唇と自分の唇を合わせる。
柔らかい彼女の唇と交わした最初で最後の口付けは、血の味がした。
「ありがと・・・それ、私の、ファースト・・・キス・・・なんだよ?」
弱弱しい呼吸を吐きながら、頬を赤く染める波音。それ以上に、尊も赤面していた。
「もうちょっと・・・早く・・・私が勇・・・気を出してたら、こんな結果に・・・ならずに済ん・・・だのかな? ゴメン・・・ね? 尊。ゴメンね・・・ゴメ・・・・・・」
「波音!? 波音!!」
彼女はゆっくりと目を閉じ、そして、二度と開ける事は無かった。
「波音・・・波音・・・はのんーーーー!!」
少年の声が木霊する。そして、その声に反応するかのように、あの青年が現れた。
「月島尊。お前は、どれだけのヒトを殺してきた」
「・・・・・・」
尊は、青年の問いに答えない。ただ、もう殆ど冷たくなってしまった波音の身体を抱きしめていた。
「もはや話を聞けないほど心が壊れたか。よほど大事だったらしいな、吉川波音とやらが」
「!!」
その一言に反応し、一瞬で4mという距離を詰め、青年を殺そうとする。だが、それは右手1本で止められた。どう足掻いても動けない。
「もう1度問う。月島尊。お前は、どれだけのヒトを殺してきた」
「分からない・・・でも、たくさんのヒトを殺してきた」
手からナイフが落ち、膝からゆっくりと崩れ落ちる。かろうじて完全に倒れずにいたが、膝をついている状態で今にも倒れそうだった。
「その罪を認め、後悔し、懺悔する心は残っているか?」
「はい。その罪を死で償えというならば、俺は今すぐにでも自らを殺します。ただ―――」
「ただ?」
「ただ、1つだけ、心残りがあります。彼女と・・・波音と、もっと一緒に時を過ごしたかった。ただ、それだけです」
今の自分の気持ちを正直に伝える。そうすることが、1番いい気がした。
「それが、お前の願いか?」
「え・・・?」
唐突なその質問に、尊は呆気を取られる。
「お前の願いは、それなのかと聞いている」
「はい。俺の願いは、唯一つの願いは、波音といっしょに時を過ごしたい。それだけです」
それ以外は、なにもいらない。ただ、波音と時を共に過ごせればいい。それしか考えていなかった。
「そうか・・・そのくらいの願いなら、絶対叶うぞ。安心しろ」
「え?」
「まぁ、次の転生先の話になるんだが・・・それまで待ってろよ。最後に俺の名前を教えておこう。俺だけ教えないのも不公平だからな。俺の名前は空井志苑。じゃあな」
そう言ってから、志苑の姿が一瞬で消えた。続いて、背中に激痛が走る。後ろを振り向いてみると、殺したはずの男が立っていた。殺し損ねたらしい。
「お、お前がいけないんだ・・・! 勝手に、勝手にこんなことをするから!!」
男は震えながら逃げていく。
尊の意識が薄くなっていく。そんな中で、自分の死因は出血多量だろうな、と冷静に分析している自分がいた。
もう殆ど残っていない意識の中で、一つだけ願う。
願わくば、何の障害もなく、再び波音と会い、幸せにならんことを・・・・・・
そう最後に願い、尊の意識は、起きることの無い、深い闇に沈んでいった。
こうして、大量殺人事件の幕は降りた。唯、その後、彼らが平和に過ごせているかは、分からない。
どうも、闇桜です。
初めてダークな物に挑戦してみました。これって、ダークって言いますかね?
これについて連載は考えておりません。というか、考えらんないです。(汗)
できたら感想のほうも宜しくお願いします。m(_ _)m
ではでは、失礼いたします。