第1話 『不愉快な一応貴族』
「あー…不愉快だ…」
こう考え、口にしたのは16年という、まだ短い人生の中で3万回目だ。
けれど、こう思っているのは俺だけではないはずだ。
だって今の世の中は不公平過ぎるしね。
属性能力の優劣によって定められる身分。
この制度のせいで、本来は古くからの由緒正しい貴族だったはずなのに…今では平民以下の扱いを受けている。
という感じに今日もこの俺、ヴァレンティス・ユークリッドは不平を心の中で漏らすのだ。
だが、ずっとこんな負の感情を胸に抱いていても気持ちのいいものではない。
故に気分転換のつもりで公園に来ているのだが…
「あいっかわらず…きったねぇ広場だなぁ…」
というのも、俺が毎日過ごしているのはアルファルト王国の王都であるアルファシアの東端。
ここは所謂『スラム街』というのに値する場だ。
属性能力の劣等者達で形成されるこの廃れた区域は、当然の如く政府からも見放されている。
つまりここらはろくに整地や道路の舗装などはされていない。
ということで錆び付いた遊具、ゴミや塵が舞う砂場……これが当たり前の『旧アルファシア自然公園』の光景なのだ。
ちなみに、『旧』という文字でお察しかもしれないが、中心部には『新アルファシア自然公園』が存在する。
といっても、旧とか新とかは俺たちが勝手に呼称しているだけで、東端以外に住む国民は新アルファシア自然公園しか、ないものだと思い込んでいる。
でも、まぁ……公園なんてちっぽけなもん……俺にとってはどうでもいいがな。
そんな想いと共に空を見上げると、目に刺さる鋭い陽光。
そういえば今日は朝から晴天だったな。
……いや、最近はこんなのばかりだ。
2週間前から馬鹿みたいに青空が広がり、雨の一滴も降りやしない。
ホームレスのおっさんの壊れかけのラジオからこの天候が『属性能力の暴走』によるものだという報道が聞こえたが、果たしてそうなのだろうか?
生憎、属性能力に恵まれなくしてこの世に生を持った俺には酷く現実味のないように聞こえる。
「つーか、あっつい!」
不愉快だと呟いてから一体何分経ったのだろうか。
冬だというのに季節外れすぎる38℃という気温に嫌気が差し、寝転がっていたベンチから跳ね起きる。
汗ばむ肌に張り付く所々穴が空いた、すっかりボロ布のように成り果てた洋服が余計に邪魔に感じて仕方がない。
募る苛立ちを隠すことなく足取り荒く公園から出る俺。
「さて……どこに行こうか。いや……どこで今日は夜を過ごそうか……」
ホームレスというものは、毎日大変なんだ。寝床を血眼で探らないとね。
え?食事はって?そんなん後回しだ。
だが、見渡す限り良い場所は発見できないし、例え発見出来たとしてもそこには既におっさんがスタンバってる。
だからこそ何ヶ所か回った挙句、俺は面識のある1人の爺さんに今、額と膝を地面に擦り付けて、土下座しながらまるで乞食のように場所を譲ってくれることを頼み飲んでいる。
まぁ、乞食っつーのもあながち間違いじゃねぇけど……
「でぇ?またワシんとこ来たんか?え?ヴァレン?」
「そーいうこと、で……譲れよ」
「うん却下」
「いや、ある程度そういう返答が来るだろうと予測はしてたけどぉ!いくらなんでも体感時間2秒で返してくんのはねぇだろぉがよ!」
「あのな?そろそろお前も自分でいい穴場を見つけれるようになった方がいいぞ?」
「わかってるわ!だから、今そこを見つけたんだよ!それで譲ってもらおうとしてんだよ!」
「まず、譲ってもらうにしても態度がなってないのぉ…?仮にもお前貴族(笑)だろ?」
「おい、今笑ったなジジィ?おん?笑いやがったなぁぁ!!?」
激昂した俺は、右手で何か棒状のものを空中で掴む素振りをした。
「おいおい…ヴァレン…?まさか属性能力使うんか?」
「あったりまえだクソジジィ!今日という今日はもう我慢ならねぇ!!」
そして、努めて冷静に脳内をリセットする。
イメージするのは剣。
力の集中箇所は右手…!!
「いっくぜ!『ファイア・スパーダ』!!」
途端に出現する異質の力によって生成された武器。
揺らめく炎は漆黒。
普通は真紅の色らしいのだが、何故か俺の炎は黒色なのだ。
「うっそぉ……あ、お前一応貴族だから属性能力の扱い方は習ってんのな」
「そうそう。今やって見せたことを『詠唱』っつーんだよ」
「いや、ワシ知ってるし。てかさぁ?落ちこぼれのワシ達が属性能力を自由自在に操れるわけないじゃん?現にお前の剣……消えかかってるじゃん」
「あっそうだなぁ………ってことでくたばれやぁぁぁ!!」
「ちょっ!老人には優しくしなさい!てか、話聞けッ!」
今日も今日とて、このスラム街には賑やかな破砕音が響き渡るのだった。