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兄と妹の物語

作者: 真大(まひろ)

『光里・・・・・・』

赤沢光里あかざわあかりは真っ白な病院の個室にいた。

ベッドには、お母さんらしき人物が死ぬ間際の様子で苦しそうに光里に話しかけていた。

『おかあ・・・さん・・・・・・?』

『光里・・・涼介を・・・・・・よろしくね・・・?』

『お母さん・・・?お母さんっ!お母さんっ!!』

返事が返ってくることは、無かった。



ガチャ!

「おにーちゃーん、ご飯持ってきたよー」

光里はいつものように兄 赤沢涼介あかざわりょうすけの部屋を開け、朝食を持ってきた。

「光里、おはよう。いつもありがとな」

兄は眩しい笑顔で光里にそう言った。


兄は昔から病弱で、中学は、一ヶ月に五回程度通っていたが、高校入学と同時に症状が悪化して、学校には通えていなかった。


両親は、三年前、つまりわたしが中学二年生の時に他界した。

その時に母から、『涼介をよろしく』と頼まれてから、わたしがお兄ちゃんの世話をしている。普通の妹なら、兄の面倒なんて真っ平ごめんだろうが、わたしはお兄ちゃんの面倒をみるのが、意外と好きである。


なんでかというと、わたしはお兄ちゃんの笑顔が大好きだから。


お兄ちゃんはいつも、わたしに優しい声で、キラキラした笑顔で、『ありがとう』と、言ってくれる。

その笑顔を見ると、自然ともっと、お兄ちゃんを助けたくなる。


あと、わたしとお兄ちゃんは血が繋がっていない←ここ重要


「光里ー、そろそろ学校行かなきゃやばいんじゃないの?」

「あっ!ほんとだ!やばいよー!!」

わたしは急いで部屋から出ようとすると、

「光里」

後ろからお兄ちゃんに声をかけられた。

「行ってらっしゃい」

お兄ちゃんは笑顔でそう言った

「行ってきます」

わたしもお兄ちゃんに負けないような笑顔をつくった。


キーンコーンカーンコーン

「んーっ、疲れたー。光里、今日遊びに行かない?」

「まぁ六時くらいまでなら、大丈夫だけど」

「ほんとっ!?じゃあすぐ行こ!」

親友の菱元美里ひしもとみさとはわたしの腕を強く引っ張って、駆け足で玄関に向かった。

「美里、痛いよ」

「あっ!ごめん、久しぶりに光里と遊べるから嬉しくなっちゃって・・・」

「別にいいよ」

「ほんとにごめんね?」

美里は申し訳なさそうに言った。

見た目は少しギャルっぽいがこう見えて成績優秀で、とても真面目な子なのだ。

「だからいいって、それよりも、どこ行くの?」

「うーん・・・・・・じゃあ、カラオケ行こ」

そう言うと同時に美里は、歌う時のポーズをとった。

「ほんと、好きだよね、カラオケ」

「だって、光里の歌が聴きたいんだもんっ」

「はいはい」

そうしてわたしたちはカラオケ店へ向かって歩き出した。




「じゃあまた明日ね、光里」

「うん、また明日」

わたしたちは別れて、自分の家へと歩いて行った。


ガチャッ

「お兄ちゃん、ただいまぁー」

わたしは少し大きな声で、お兄ちゃんに聞こえるように言った。

「・・・・・・・・・・・・」

(あれ・・・・・・?)

いつもならすぐに『おかえり、光里』と返ってくるのに、今日だけは、返ってこなかった。

わたしは疑問に思い、お兄ちゃんの部屋へと向かった。

トントンッ

「お兄ちゃん開けるよー」

しかし返事はない。

ガチャッ

「お兄ちゃ・・・・・・お兄ちゃんっ!?」

そこには、苦しそうに息を切らせて倒れている兄の姿があった。

「ハァ・・・ハァ・・・・・・・・・ハッ・・・・・・」

とても苦しそうだった。

「お兄ちゃんっ!!お兄ちゃん大丈夫っ!?」

わたしは急いで、救急車を呼んだ。



「赤沢光里さんですね?」

うずくまっていた顔を上げると、そこにはお兄ちゃんの担当の医師が立っていた。

「お兄ちゃんは大丈夫なんですか!?」

わたしは勢いよく立ち上がり、病院に響き渡る声で言った。

「一命は取り留めました、しかし・・・・・・」

そのしかしという言葉が光里の胸をきつく締め付ける。

「記憶障害が起こってしまいました・・・・・・」

それを聞いた瞬間、光里は深い絶望感を味わった。

「そんなっ・・・・・・」

痛い・・・胸がとてつもなく痛い・・・・・・

(わたしが・・・・・・もっと早く家に帰っていれば・・・・・・・・・)

わたしは強く後悔した。



そうしてわたしは、お兄ちゃんがいる病室へと向かった。

ガラガラガラ

「お兄ちゃん・・・・・・」

そこには、見たことも無い兄の顔があった。

髪はボサボサになり、顔はどこを見ているのかわからない状態で、わたしはさらに胸が締め付けられた。

「お兄ちゃん・・・・・・わたしのこと・・・分かる・・・・・・?」

おそるおそる聞いてみた。

「・・・・・・・・・・・・」

沈黙が流れる。

「君は・・・・・・誰・・・・・・・・・?」

それを聞いた時わたしは涙をこらえることが出来なかった。

「どうして・・・泣いてるの・・・・・・?」

その質問にわたしは答えることが出来なかった。



それから数週間経った。

「お兄ちゃん・・・・・・元気・・・・・・?」

「うん、元気だよ、光里ちゃん」

その言葉で、光里はいつも苦しくなっていた。

「光里・・・ちゃん・・・・・・か・・・・・・」

記憶障害を起こしてから、医師から『あの子は、君の義理の妹で、光里ちゃんって言うんだよ』と説明してくれていたらしい。

しかし、昔のような明るい笑顔は見せてくれないし、光里、と呼び捨てでも呼んでくれなくなった。たったそれだけなのに、そのことがとても光里には悲しいことだった。

「お兄ちゃん・・・・・・リンゴ剥いてあげるね・・・・・・」

そしてわたしは果物ナイフで、リンゴの皮を綺麗に剥いていった。

「はい、お兄ちゃん」

剥き終えたリンゴをお兄ちゃんの目の前に置いた。

「ありがとう、光里ちゃん」

その後の会話は無かった。



「光里ー、今日遊べる?」

学校が終わって、美里が聞いてきた。

「ごめん、今日もお兄ちゃんのとこ行くから・・・・・・」

わたしは悲しさを隠せなかった。

「光里・・・・・・よしっ!」

すると美里が何かをひらめいたように、人差し指を立て、天井に向け言った。

「あたしも一緒に行くよ、光里のお兄さんには世話になったこともあるしね」

「えっ?」

わたしは呆然と美里を見つめていた。

「そんなに見つめられると・・・・・・照れるよー」

美里は顔を赤らめ、そう言った。

「・・・・・・・・・・・・」

「あたしもさ、お兄さんには礼を言いたいんだよ。あの時お兄さんに助けてもらわなかったら、あたし、変な男達に誘拐されてたからね」


実は美里は、お兄ちゃんがまだ外で自由に歩き回れる頃に、男達に連れ去られそうになった時があった。

その時たまたまそこにいたお兄ちゃんが『おいお前らっ!美里ちゃんから離れろ!!』と言って美里を連れ去ろうとした男達を倒したのだ。


「あの時のお兄さん、かっこよかったなぁ・・・」

美里は、頬を赤らめ思い更けていた。

「あの時のお兄ちゃんは結構喧嘩強かったもんね」

「病弱なのにね」

本当に強かった。小学三年生の時にはもうお父さんを投げ飛ばすくらいの力を持っていた。

「そろそろ行こっか、美里」

「連れて行ってくれるの?」

「うん」



ガラガラッ

「あっ!光里ちゃん!」

「お兄ちゃん、元気?」

「うん、元気だよ」

しかしお兄ちゃんの顔は少し青ざめていた。

こういう人に心配をかけようとしないところは変わらない。

「お兄ちゃんに紹介したい人がいるの」

「?」

「私の親友だよ」

そう言うと、美里は光里の隣に立った。

「お久しぶりです、お兄さん」

美里は頭を下げてそう言った。

「君は・・・・・・み・・・みさと・・・ちゃん?」

「えっ!?」

わたしと美里は驚いた。

お兄ちゃんが美里の名前を覚えていたのだ。

「やっぱり美里ちゃんだよね!?いやー大きくなったね、綺麗になって」

そう言われた美里は顔を真っ赤にしていた。

わたしはお兄ちゃんが全部の記憶を忘れたわけじゃないということの喜びと、なぜわたしは覚えていなかったのに、美里のことだけ覚えているのかという美里への嫉妬感を覚えてしまった。

「お兄さん・・・・・・覚えててくれてたんですね!嬉しい・・・・・・」

美里は涙を流していた。

「どっ!?どうしたの!?美里ちゃん!!」

お兄ちゃんは立ち上がり、持っていたハンカチで、美里の涙を拭いた。

「えへへっ、お兄さん、優しいですね」

「そっ、そうかな?」

「そうですよっ」

いつの間にか、お兄ちゃんと美里は楽しく話していた。わたしはその中に入ることが出来なかった・・・・・・


「お兄さん、また来てもいいですか?」

美里がお兄ちゃんに向かってそう聞いた。

「うん!是非来てよ!」

お兄ちゃんはとても嬉しそうに答えた。

(あんな顔、記憶障害になってから一度も見たことない・・・・・・)

わたしはとても胸が苦しくなった。

(なんでだろう・・・・・・お兄ちゃんが笑って嬉しいはずなのに・・・・・・美里とお兄ちゃんが仲良くするたびに胸が苦しくなる・・・・・・・・・・・・)

「光里、あたしもしばらく、お兄さんに会いに来ていいかな?」

美里はわたしに聞いてきた。

「うっ・・・うん・・・・・・いい・・・よ・・・・・・・・・」

わたしはそう答えた。

「光里?どしたの?」

美里が疑問に思い、問いかけてきた。

「ん?なんでもないよ?」

わたしは平然を装い、そう言った。



その日から毎日、美里はお兄ちゃんに会いに行っていた。

わたしが用事で行けない時も、『じゃあ、あたしが代わりにお兄さんの面倒を見るよ』と言って病院に向かっていった。

わたしはいつの間にか、お兄ちゃんに会いに行くのが、辛くなっていた。

いつも、病室に行くと美里がお兄ちゃんと楽しく喋りながら、リンゴを剥いて、二人で食べていた。

その光景を見るのがとても辛かった。


ある日、美里が『ごめん光里、今日用事あってお兄さんに会いに行けないんだ。お兄さんにも伝えといて』と言ってきた。わたしはとても『そっか、それは残念だわ』と答えたが、内心はとても嬉しかった。




「そうなんだ・・・・・・今日美里、来れないんだ・・・・・・」

お兄ちゃんはとても悲しそうな顔をしていた。

「美里・・・・・・?」

わたしは今の言葉を聞き逃さなかった。

「なにか僕、変な事言った?」

お兄ちゃんは何がおかしいのかわからない様子で聞いてきた。

「今、呼び捨てで・・・・・・」

「あー、美里ちゃんが『あたしのことは呼び捨てで呼んでください』って言ってきたからそう呼んでるんだ」

ドンッ!!

わたしは勢いよく机を叩きつけた。

「なんで?なんで?どうして?どうしてわたしじゃないの!?」

「えっ?」

わたしは抑えていた気持ちが爆発した。

「いつもはわたしにだけあの笑顔を見せてくれたのに・・・いつもわたしだけ呼び捨てで呼んでくれてたのに・・・・・・なのにっなのにっ!どうして!?」

バンっ!バンッ!バンッ!と何度も何度もわたしは机を叩いていた。

「光里ちゃん!?どうしたの!?」

お兄ちゃんが慌てた様子でわたしを心配する。

「お兄ちゃんは・・・お兄ちゃんは・・・・・・わたしが世話をするはずだったのに・・・・・・ずっと・・・ずっと一緒にいて・・・二人で暮らしていくはずだったのに・・・・・・」

わたしは大量の涙を流していた。

そして最後にこう言った。


「わたしが、世界で一番、お兄ちゃんのことが好きなのに・・・・・・」


「光里・・・ちゃん・・・・・・」

そして、お兄ちゃんは服の袖でわたしの涙を拭いてくれた。



「光里・・・そんなこと・・・思ってたんだ・・・・・・」

ハッと我に返り、わたしは

「お兄ちゃん!ごめん!変なこと言って」

深く頭を下げ泣きながら謝った。

「謝ることないよ、光里・・・」

「えっ?」

(今・・・・・・光里って・・・・・・・・・)

「僕、不安だったんだ・・・光里、元気無かったから、もしかしたら僕、嫌われてたのかなって思ってた。そしたらさ、美里が『そんな訳ないじゃないですか!光里はお兄さんが大好きで、いつもお兄ちゃんお兄ちゃんって言って嬉しそうにしてましたよ』って言ってたんだ。」

「えっ!?」

(わたし・・・・・・馬鹿だ・・・・・・大切な親友に嫉妬なんてして・・・・・・)

「さっきの言葉、めっちゃ嬉しかった!それに光里・・・ありがとう・・・・・・僕のこと・・・好きって言ってくれて・・・・・・」

「はっ!」

わたしはさっきの発言を思い出し、カッと顔が熱くなった。

「美里・・・・・・美里ちゃんに言われたんだけど『光里の気持ちに答えてあげてください』っていう言葉の意味、分かった気がするよ」

「えぇっ!?」

(美里は気付いていたんだ・・・・・・わたしが気づくずっと前から・・・・・・・・・)

そして、お兄ちゃんはわたしの目を見て、こう言った。


「僕も世界で一番、光里のことが好きだ」


ドキンッ!!

わたしの胸がキューッと締め付けられた。しかしこの締め付けは苦しいものではなく、とても嬉しかった。

「たぶん、記憶障害になる前の僕も、光里のことが大好きだったと思うよ」

「お兄ちゃん・・・・・・」

わたしはその後、大泣きした。




しばらくたって、

「光里、おめでとう!!」

「えっ?何が?」

美里が急にそんなことを言ってきたので、わたしは戸惑いながら聞いた。

「何がって、お兄さんのことよ」

「えぇっ!?なななんでそれをっ!?」

わたしは驚きを隠せなかった。わたしは美里にお兄ちゃんとの関係を黙っていたし、お兄ちゃんも言っていないと言っていたはずだ。

「お兄さんに、光里と進展あったらあたしのことをちゃん付けに呼び直して下さいって言ってあったんだー」

「お兄ちゃん、美里にはまだ秘密にしておこうって約束したのにぃー!」

「でも、お兄さんに言われなくても絶対分かってたよ、あんたたち、分かりやすいもん」

(あーそーなんだ・・・わたしたちって分かりやすいんだー・・・・・・)

「そんなガッカリしないで、さっはやく行っておいで」

「うん、そうするよ。じゃあまた明日ね、美里」

「うん、またね」

そう言ってわたしは、病院へ向かった。

病院の玄関前に着くと、そこには私服を着た、お兄ちゃんの姿があった。


「おかえり、お兄ちゃん」


「ただいま、光里」


そう言って二人は手を繋ぎ、歩きだした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 米本城初音と申します。 光里と書いてアカリって可愛い名前ですね! 一発では読めなさそうですけど…笑 名前つけるの苦手なので、可愛い名前をつけることが出来て羨ましいです! そ…
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